「やまなしの美食」食材体験ツアーに首都圏の料理人等が参加


「美酒・美食王国やまなし」ブランドの確立を図る山梨県が、県外からの店舗誘致を目指す取り組みの第一歩として県産の食材や酒について理解を深めてもらおうと『「やまなしの美食」食材体験ツアー』を実施。首都圏の料理人等10名が参加し、県内で有機農業を行う農家やワイナリーを訪ねたほか、韮崎市穂坂町の「キュイエット」では県産食材を使ったコース料理と県産酒のペアリングを体験しながら、移住やUターンを果たして現在山梨で活躍するシェフたちと意見交換が行われた。

2023年11月、首都圏から10名のシェフや飲食チェーンを統括する仕入れ責任者らが山梨県北杜市に集った。目的は現地の食材やワインの生産者を訪ね歩き、それらについての理解を深めてもらうこと。しかしこうした産地ツアーは、最終的に「参加者の店での使用量が増えること」や「アイコンとなるシェフが使うことで、他の店からも興味を持ってもらうこと」を期待して行われることが多いが、この『「やまなしの美食」食材体験ツアー』は食材としてだけでなく、産地としてであったり周辺環境まで見てもらうことで、山梨県内での出店や開業につなげることを目指している、というのが特徴だ。

参加したのは、山梨出身の手島純也さん(シェ・イノ)をはじめ、秋山直宏さん(DEAN & DELUCA)、高橋伴樹さん(DEAN & DELUCA)、中島拓郎さん(カフェカンパニー)、佐藤光さん(ルーチェグループ)、伊藤 翔さん(ドミニク・ブシェ トーキョー)、太田 明さん(パレスホテル東京)、泉 槙悟さん(パレスホテル東京 日本料理『和田倉』)、入江 誠さん(PLUS IRIE)、松田美穂さんの10名だ。

最初に訪れたのは、北杜市高根町にある畑山農場だ。開場以来、農薬や化学肥料を使わず、米ぬかや落ち葉などの植物性肥料・堆肥を中心に使用。約20種の野菜で自家採種に取り組み、在来種や固定種も積極的に扱っている。農場主の畑山貴宏さんも実は移住者で、出身は北海道だ。高校生までを札幌で過ごし茨城の大学に進学。在学中に有機農業のアルバイトをしたことがきっかけで「自然の中で心豊かに暮らしたい」という想いが強くなり、大学院卒業後にそのまま山梨に移住したという。

畑山農場には、北杜市小淵沢町からカーリーケールやビーツなど西洋野菜に特に力を入れている、Crazy farm代表の石毛康高さんも駆けつけた。石毛さんも神奈川県出身で2006年に就農を果たした移住者だ。

また、畑山さんも石毛さんも「のらごころ」という共同出荷グループに所属している。2人を含め、メンバーはいずれも無農薬・無化学肥料(果樹だけは最低限の農薬を使用)で作物を育てており、地元の昔からの農家も移住した新規就農者も、栽培方法や品目、経営方法など様々な形で互いに協力し合っている。こうしたグループ、コミュニティが形成されているのは、この地で店を開こうとする料理人にとっても、食材調達の面で大きなメリットだ。

カブを手に畑を案内する畑山さん。

韮崎市穂坂町の「キュイエット」に移動してのランチでは、オーナーシェフの山田真治さんによる、山梨の食材をふんだんに使った特別コースがふるまわれた。

アミューズ
清里低温殺菌ミルクフロマージュブランムースと穂坂町甘柿タルトレット セミドライフルーツとナッツのソシソン
アントレ
甲斐市産馬肉マリネ 洋梨 矢崎屋ファームライム 前田屋オリーブオイル
魚料理
八ヶ岳湧水鱒ミキュイ 南部和紅茶の燻煙 春菊 卵 ブラッドオレンジ
メイン
八ヶ岳山麓鹿ロース肉ロースト
鹿と白州産リンゴのパテアンクルート 穂坂町産セミドライ葡萄と赤ワインソース
デザート
韮崎産和栗クリーム 渋皮煮 ビターチョコグラス オレンジとバニラグラス カシスソース
山梨のワインに加え、「アラン・デュカス スパークリングサケ」という日本酒もペアリングに登場。

静岡出身で各地のリゾートホテルで腕を振るった後、山梨で独立開業を果たした「TOYOSHIMA」の豊島雅也さん、子供が小学生に上がるタイミングで自然豊かな環境で子育てを、と東京・三軒茶屋から北杜市に移住し「テロワール愛と胃袋」として移転・オープンの鈴木信作さん、山梨出身で東京のレストランやホテルを経て現在は富士吉田、山中湖、忍野のちょうど中間の辺りで開業準備中、つまりUターンで山梨に戻ることになる堀内浩平さん、そして先の畑山農場・畑山貴宏さんとCrazy farm・石毛康高さんの5名の料理人や生産者が合流し、山梨への移住や出店について活発な意見交換が交わされた。

午後は中央葡萄酒にて、山梨のワインについて理解を深めた。中央葡萄酒は1923年に勝沼町で創業、96年に鳥居平地区に自社管理農園を開くなど勝沼でワイン造りを行い、さらに2002年には勝沼から北西に約40kmほどの北杜市明野町に三澤農場を開場。隣接地にはワイナリーも備え、現在は勝沼と明野の二拠点でブドウ栽培から醸造までそれぞれを行っている。

今回訪ねたのは明野町の三澤農場。標高700mほどのところに位置し高地ならではの冷涼な気候と、南アルプス、八ヶ岳、茅ヶ岳に囲まれて雲が遮られることによる日本有数の日照時間の長さを兼ね備える土地で、これによりブドウがじっくりと、そしてしっかりと熟す。ワインの骨格をなす酸と凝縮した果実味との類まれなバランスという中央葡萄酒のワインの特長は、こうしたテロワールに由来するのだ。

畑を案内してくれたのは中央葡萄酒の五代目で栽培醸造責任者の三澤彩奈さん。

最後は畑からワイナリーに移動し、2015年に落成した地下カーヴを見学しながら試飲を行った。樽95基、ワインボトル6万本が蔵置可能な施設で、庫内温度15度、湿度70%というワインの保管、熟成に最適な環境が保たれている。長期熟成のポテンシャルを備えた三澤農場産のブドウから造られたワインを樽で熟成させてから瓶詰めし、それをさらに飲み頃まで寝かせてから出荷するという取組だ。

通常のワインの流通においては、抜栓のタイミングは一般の消費者やレストランならソムリエに委ねられ、そのワインが本当の飲み頃を迎える前に開けられてしまうことも多い。しかしミサワワイナリーの蔵出しワインなら、その時が飲み頃であるという、ある種の保証が付いているということだ。

このように瓶詰からその先の、実際にグラスに注がれる際の美味しさにまでこだわるワイナリーが近くにあるとしたら、それはワインを提供するレストランのシェフやソムリエにとっては、そのワインへの信頼や安心と最後の注ぎ手としての責任の両面で、非常に刺激的な環境だと言える。

参加者からは「山梨の魅力をたくさん知ることができた」「東京に隣接しながら自然豊かで、食材も大変勉強になった」などの感想が寄せられた『「やまなしの美食」食材体験ツアー』。まずは現地の視察により地元の食材やその生産環境などを知るところからスタートしたこの取組は、24年2月に開催予定の『「やまなしの美食」誘致セミナー』へと続く。今回は中北地域に属する北杜市・韮崎市を1日かけて回ったが、このセミナーでは県全体の網羅的なプレゼンテーションや事例紹介による座学と、料理と酒のペアリングを通じた体験とで、山梨の魅力をさらに理解する機会になるだろう。

text:小林乙彦(料理王国編集部)

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