レストランで起きることが好き、という大橋さん。「キッチンもいいものが出せて、お客さまも楽しめていて、温度、音楽、動線が適切にきれいに回っていく状態を見るのが好きなんです。それが今、仕事になっています」。
2013年9月のオープンからわずか2カ月でミシュラン一ツ星を獲得し、その後数々の挑戦的営業手法やイベントで話題を作ってきた白金台「ティルプス」。その「ティルプス」が2018年12月に閉店し、5年4カ月にわたるレストラン劇場の幕を閉じた。オーナーの大橋直誉さんは現在店舗を持たず、フードキュレーターとして活動。「カンテサンス」移転後の地で「ティルプス」のオーナーとしてサービスマンの道を追い求め、今その箱を手放した大橋さん。その目には、現在の飲食業界と働き方がどのように映っているのだろうか。
2019年に入ってから、大橋さんは主にレストランなどのアドバイザーを行っている。現在手がけている案件は約10件。フランス・ボルドーの二ツ星「シャトー・コルディアン・バージュ」の元ソムリエとしてドリンクメニューを担当するほか、店で使用する食器を仕入れたり、生産者と料理人をつなげたりと、その仕事内容は幅広い。今年2月21日にオープンした中目黒「宇田津 鮨」でも、その仕事ぶりが十分に伺える。カウンターに並ぶ備前焼は、岡山の窯まで訪ねて作家さんに思いを語りつくしたあとに 、意見交換をして譲ってもらったもの。「ティルプス」でオリジナルの器を手がけるなどして目を養ってきた大橋さんだからこそ店に置くことができた逸品だ。
「お客さまに触れるものを自分で選ぶのが好きなんです」と言う大橋さん。ワインや日本酒などの知識を極めてきたのはもちろん、食器や店の設えにもただならぬこだわりがある。各地の生産者の元を訪れ、古い文献を読み漁り、時には茶の湯の「見立て」のおもしろさまでレストランで演出してみせる。自らの思う道を追い求め、誰も届かない高みを目指す姿に、自身の店という箱に縛られなくなった今、多くの声がかかっているのだろう。
また、表に立ってお客さまにサービスをすることよりも、レストラン全体が美しくスムーズに回るように裏でオペレーションを管理するのが好きだという大橋さん。「カンテサンス」時代から培ってきたその手腕も評価され、現在も「DININGOUT」ほか多数のイベントで活躍している。
そんな大橋さんは今の飲食業界に対して、「僕はみんなもっと働いたほうがいいと思っています」と言う。「働きまくったから見えることもあると思うんですよ。たしかに今は、働きすぎなくてもスキルを手に入れられる環境は揃っている。インターネット、SNS、動画。モバイルひとつで、実際に働かなくても、本を読まなくても、料理を作ることはできる。でもね、やりすぎた先でわかること、得られることがあるはずなんです」。自らも「カンテサンス」勤務時代に「レカン」へ研修に行き、「ティルプス」のオーナーになっても他店へ研修に行き、さらにその間を縫って各地の生産者の元を訪れ、本も読んできた。
「これからは労働時間を減らしていくのが当たり前になっていく。だったら、他店の料理人の労働時間削減を助けるくらいの気持ちで、自分がそこへ研修に行ってもいいじゃないですか。外で働くことで得られる発見は大きいです。そうやってスキルを磨くのもひとつの働き方だと思います。そして本も読んでほしいですね。辻静雄さんなんかは写真なしで言葉だけで料理を表 現する。素晴らしいですよ」。サービス マンからフードキュレーターへ。まだ前例のない働き方ながら、大橋さんはこ れまで積み重ねてきたものに自信を持 ち、目を輝かせ前を向いている。
河﨑志乃=取材・文 林 輝彦=撮影
本記事は雑誌料理王国第298号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第298号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。