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フードキュレーター大橋直誉の独立開業myルールvol.4 ボクの人生の転換点とっさの一言が独立への歯車に


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独立開業までの軌跡

独立へ舵を切ったのは単なる思いつき!?

どうして「カンテサンス」の移転の際に、残るのではなく独立に踏み切ったのだと思いますか? ボクの中では今でも「カンテサンス」が最高のフランス料理店です。働くにあたり、最初はもちろん恐れ多く感じていました。ただ、修業の定義はさまざまですが、ボクは「カンテサンス」で修業したとは思っておらず、労働力を提供したと考えています。

そもそもお金をもらって教えてもらおうなんておこがましい。教えてほしい人に頭を下げ、お金を払ってでも教えてもらえばいいとボクは思います。「〇〇のセクションを何年やって」「〇〇のお店で何年働いて」なんて意味がない。自分がそんな考えなので、スタッフに「辞めようと思います」と言われたら、「オッケー!いつ?」と例外なく答えています。

「カンテサンス」を辞める際、実は次の仕事は決まっていませんでした。辞める直前のある朝、岸田周三シェフとエスプレッソを飲んでいるときに、「ここをボクに譲ってもらえませんか?」と言ったのも、実は思いつき。でも「本当?いいよ」と即答してもらい、人生が急転しました。

でも、結果的に居抜きでやれたのはよかったです。というのも、当時29歳のボクでは、物件を探して、内装・人材を整えてオープンさせる力量はなかったと思うからです。お店の構想といっても、ボクは料理ができないので、「発想」で勝負するしかありません。さまざまな企画を連続的に仕掛けることで、人に覚えてもらうことをつねに心掛けていました。

経営者としてはマズイ!?

画期的な仕掛けの裏に実は失敗も多くあった

「ティルプス」ではこれまでにいろんな仕掛けをしてきましたが、経営的にいえば失敗も多くありました。店のランチタイムを閉めて、パティシエの中村樹里子さんによる「デザートのみで構成するコース」の企画を一年間限定でやりました。一年を通して席はすべて埋まりましたが、ランチの値段は通常の約半分、ワインも出ない。経営的にはうまくいかないことも出てきました。それでもやると決めていたので、同時進行で彼女のレシピ本も作りました。

 この企画を通して、パティシエの新しい価値作りのために少しは貢献できた気がします。もちろん経営者として間違っているのはわかるのですが、ボクは店に学費を払っている気持ちでもいます。「シェフを選ぶ」「イベントを企画する」も、すべてのリスクは自分が取り、成果・評価は彼らに取ってほしい。

 いろいろな体験が、今後の自分につながっていく。さまざまな業態の飲食店やケータリングサービスが増え続けるなか、レストランで利益を出すのは、今後ますます大変になっていくとボクは思います。

 また、「お茶・日本酒のペアリングコースのみで営業する」という企画もやりました。2カ月間ワインを一切提供しなかったため、店のオープン以来、最も売り上げが低い月に。経営が傾き、銀行に借り入れもしました。それでも、世界料理学会で「お茶と料理のペアリング」を発表したり、今でもシェフたちからお茶のペアリングを考えてほしいと依頼を受けたりすることもあります。

 成功するかではなく「おもしろそう!」が基準だから、ダメなものはダメだし、未来につながるものもあります。それこそ、独立の際には誰もが失敗すると思って店を始めません。かなり高い学費ではありますが、この5年で体験したことを60歳までの残り25年に生かせれば、支払った甲斐があるとボクは思っています。

独立開業にまつわるQ&A

Q. 「独立開業にいいタイミングはありますか?」

修業に終わりはなく、独立してからのほうが責任重大です。だから、全員が独立を目指すマインドであることが正しいとは思いません。ただ、独立を本気で考えているのなら、自己資金だけでは難しいので、お金が集まるということが独立のタイミングを計る一要素だと思います。失敗によって、成功以上の学びと経験が手に入ります。挑戦しないであとで後悔すると思うならやるべきです。

大橋直誉
フードキュレーター&「ティルプス」オーナー

1983年北海道生まれ。調理師学校卒業後、東京の「レストランひらまつ」に入社。退社後は、フランス・ボルドー二ツ星 「コルディアン・バージュ」のソムリエに。帰国後、白金台の三ツ星レストラン「カンテサンス」で働いたのち、「ティルプス」を開業。世界最速でミシュラン一ツ星を獲得。 現在は、店舗にてサービスを務めながら、フードキュレーターとしても活躍する。

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本記事は雑誌料理王国292号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は292号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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