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【特別対談】「アビス」目黒浩太郎さん×「カンテサンス」岸田周三さん

【特別対談】「アビス」目黒浩太郎さん×「カンテサンス」岸田周三さん

──岸田さんの「カンテサンス」は、これまで何人もミシュランの星付き店のシェフたちを輩出してきたお店でもあります。今回はその中のひとり、目黒さんのお店「アビス」へお越しいただきました。岸田さんは日頃、弟子の方たちの独立について、どのような考えをお持ちなのですか?


岸田(以下:岸):
現在店にいるメンバーも、ほとんどが将来独立して自分の店を持ちたいと考えています。そういうハングリーな人材には目をかけますし、3年くらいうちで働いて、滞りなく引き継ぎを終えて、よい関係で辞めてくれる人に関しては応援すると決めているんです。もちろん目黒くんもそのひとりです。

「この人のもとで働きたい」二度目の応募で採用へ

──目黒さんはどのような経緯で、岸田さんのもとで修業することになったのですか?


目黒(以下:目)
:5年前、27歳でフランスから帰ってきましたが、フランスへ行く前に研修させていただいたのが川手寛康シェフの「フロリレージュ」でした。川手さんは「カンテサンス」でスーシェフを務めてから独立されていたで、僕を岸田シェフへ紹介してくださったんです。
面接で初めて岸田シェフと直接お話をさせていただきましたが、凛としていて、僕のような若造にも敬語を使ってくれて、素晴らしい人だと思いました。実は、23歳の時に、「カンテサンス」で働きたくて履歴書を送ったことがあったんですよ。

面接の場ではいつも、将来どうなりたいかを聞きます(岸田)


岸:そうだ。一度応募してくれていたんだよね。


目:履歴書を送っただけの僕に、シェフはわざわざ電話をくださって。その時に「今の君のスキルだと、先にフランスへ行くなり、ほかのレストランでもう少し能力を磨いてからうちに来ても遅くないはずだ」というようなことを言われて……。


岸:なんとなく覚えているよ。


目:その言葉に納得して、ほかで頑張ってから機会があれば岸田シェフの元で働けたらいいなと思いました。フランスから戻って「フロリレージュ」でお世話になったのも、川手シェフが「カンテサンス」出身だと聞いたから。やはり岸田シェフの存在は僕にとって大きかったんです。


岸:面接ではいつも「将来どうなりたいのか」を聞くんです。そのために今どんなことをしているのか尋ねると、案外何もできていない子もいます。そんな場合は、デッドラインを決めて「いつまでにこうなりたい」と、目標設定することの大切さを伝えるんです。今の自分に足りないものがわかると、何をすべきかがはっきりしますよね。

たとえばフランスで3年間修業したい、そして30歳までに料理長になりたいなら、遅くとも27歳までにフランスへ行って修業していなきゃならない。その前に1年間フランス語を勉強をしたいなら26歳で始めなきゃいけない……。そうやって逆算していくと、「あと何年もある」と思っていたことも全然時間がないことに初めて気がつくわけです。その点、面接で会った時の目黒くんは、しっかりしていたと思います。

ケンサキイカ 花オクラ ピスタチオ
ケンサキイカ 花オクラ ピスタチオ
目黒さんが師匠である岸田さんのために用意したひと皿。軽く火を入れて甘さを引き出したケンサキイカと花オクラの粘り気に、ピスタチオなどナッツの風味をパウダー状にして合わせた意欲作。

──二度目の応募で無事採用が決まったんですね?


目:
はい。


岸:そうだった、そうだった。


目:でも正直こわかったです。やはり「カンテサンス」はすでに勢いがあったし、憧れでもありましたから。僕は30歳までに独立しよう、魚介を強みにした店にしようと決めていましたが、初めて「カンテサンス」で食事をした時に、魚がめちゃくちゃおいしかったことが強烈に印象に残っていました。それまで味わった日本のフランス料理の中で、岸田シェフの料理は別格に感じられて。


火入れの概念を変えてしまったかのような魚料理。だから、岸田シェフの元で魚料理を覚えたいという思いがあって、最初に履歴書を送ったんです。二度目の応募で実際にお会いして、その人柄に惚れ、「ここでがんばりたい」と心を決めました。

一番知りたかったのは魚の火入れ。魚以外も奥が深いことを学ぶ

「アビス」目黒浩太郎さん
Kotaro Meguro
1985年神奈川県生まれ。服部栄養専門学校を卒業後、都内で修業ののち渡仏。マルセイユの三ツ星店「ル・プティ・ニース」での修業を経て帰国。2012年に「カンテサンス」へ入社し、岸田周三さんのもとで腕を磨く。2015年に独立し、魚介類に特化したフランス料理店「アビス」をオープン。

──今回の対談では、目黒さんから師匠である岸田さんのために料理をひと品ご用意いただいています。早速召し上がっていただきましょうか。 

岸:いただきます。これはイカ?


目:はい。ケンサキ(イカ)です。


岸:うんおいしい。温度感がいいね。


目:黄色いのは花オクラです。オクラのネバっとしたところと、イカのねっとり感は相性がいいかなと。


岸:そうだね。


目:さらに、相性のよいナッツとピスタチオをローストしたものをピューレにして、さらにパウダーにして使っています。ソテーしたキノコも合わせています。イカはシェフに教わったように、さっとソテーして一番甘味のある半生の状態にしています。僕なりの工夫として、レモンでデグラッセしてフライパンについたイカの旨味をソース代わりにして仕上げています。


岸:なるほど、いいね!


目:ありがとうございます。


──今回この料理を選んだ理由は?


目:
最初は魚を使ったものがいいかなと思いましたが、魚以外の火入れも奥が深いとシェフから教わっているので、あえてイカにしてみました。それと、僕の今のメニューの中で、きっとシェフが一番好きなのはこれだと思ったからです。


岸:確かに、これは好きだね。「カンテサンス」にいた頃も、目黒くんの作る賄いはクオリティが高かったんですよ。


──賄いですか。当時の思い出やエピソードを教えていただけますか?


目:当時一緒に働いていた人の多くが、今はシェフだったり独立したりしています。賄い作りは、やはり仲間には負けられないという思いがありましたね。

岸:週に1回の持ち回りなんですよ。

目:全員に作るチャンスがあって、シェフや周りのスタッフに自分の料理をアピールできる貴重な機会。仕事はもちろんのこと、賄い作りにも全力で取り組んでいました。

岸:いろいろあって楽しかったよね。

目:週に1回の当番のために、1週間かけて準備するんです。メニューを考えて、前々日から仕込みを始めたりして……。

岸:賄い帳に何を作るのかメニューを書いていくんです。1週間のメニュー構成をみんなで話し合いながら決めていく。それもいい経験になると思うんです。どの賄いにも、彼らなりのアイデアというものが必ず込められていますね。

目:僕がシェフに言われて嬉しかったのが、ブーダン・ブランという白いソーセージを出した時に……。

岸:おお、あったねぇ。

目:シェフが「おいしい」と褒めてくれたことがありました。

岸:レモンが入っていたよね、確か。

目:そうです。柑橘の香りで爽やかに仕上げたものでした。シェフは日頃、味についてどうこう言わない代わりに、褒めてくれることも少ない。でもその時に「おいしかった」と言ってもらえたのがうれしかったです。

料理だけで経営がうまくいくとは絶対にないと思う。(岸田)


──あっという間に完食ですね。


岸:食べるのがとても早いんですよ。やはり、おいしさが損なわれる前に食べたいという思いが強くありますので。

目:しゃべるのも早いですよ。

岸:絶対に早口になるよね。時間は限られているし、少しでも無駄を省きたいから。しゃべる時間を半分にすれば、もっとできることが増えるんじゃないかという考えですよ。

目:シェフはよく「食べるのと着替えるのが遅い奴はダメだ」っておっしゃっていました。

岸:着替えることに時間をかけるメリットは何ひとつないじゃないですか。自分の仕事をオーガナイズできる人は、着替えたりするのも早い。自分がこれからどういう行動をして、どうすれば早く終わるかということを常に考えている人は、料理を作る以外のことにもテンポよく取り組むものです。

独立すればオーナー同士。相談相手としても繋がり合える。

「カンテサンス」岸田周三さん
Shuzo Kishida
1974年愛知県生まれ。専門学校卒業後、三重県志摩観光ホテル「ラ・メール」、都内レストランを経て渡仏。パリの三ツ星「アストランス」でパスカル・バルボ氏に師事し、スーシェフを務め上げ2006年帰国。その後「カンテサンス」を開店し、2007年以来ミシュラン三ツ星を守り続ける。

──岸田さんは目黒さんの独立にあたり、どのようなバックアップをされたのですか?

岸:お客さまを紹介したり、業者を紹介したりというのももちろんありますし、マネージャーを探していると聞けば紹介して。何もかもしてあげられるとは思っていませんが、僕にできることはしてあげたいという気持ちは誰に対してもありますね。

目:実際に28歳で独立すると決めて、29歳で店を出しました。当時いろんな人に相談しましたが、「まだ早い」と反対されることも多かったんです。でも岸田シェフは反対なさらなかった数少ないひとりですね。

岸:最初からしっかりと目標を持っていたし、独立すると聞いてもほとんど心配ありませんでしたね。

オーナーシェフになるなら、オーナーシェフの店で働くべき(目黒)

──目黒さんは「アビス」を開店して間もなくミシュランで星を獲得されるなど、スタートダッシュに成功したよい例と言えます。その理由としてどんなことが考えられますか?

目:「カンテサンス」のように2カ月先まで予約が埋まっている店は、そうそうないですよね。なぜお客さまにリピートしていただけるのか、そのためにどんな努力をしているのか、そのすべてを身をもって実践できたことが大きいと思います。


岸:最初の3カ月はレセプションを担当してもらったんですよ。人気のある店、予約の取れない店は何が違うのかを理解するには、店の全部を見る必要がある。もちろん彼自身が努力したことで今の結果があると思いますが、最終的に成功して、独立後もよい関係が続いていくのが正しいレストランのあり方だと思っているので、すべてを見てもらいたかった。

目:斬新な料理を出しているだけでは席は埋まらないと思うし、ちゃんとおいしいこと、リピートしてもらうための細かな気配りも不可欠。それらを学べたと思います。

岸:そうそう。料理がおいしければお客さんが来てくれるというのは、料理人の思い上がりだと思うんです。そのことを「カンテサンス」に入ったからには、みんなに感じてもらいたい。1軒の店をやるっていうのが最終的な目標なら、当然全部のことをやれなきゃいけないわけです。


目:どうやって店を回しているのか、どうやって顧客情報を管理しているのか、予約システムの仕組みなど、レセプションを担当させていただけたことは今になってすごく役立っています。それともうひとつ、お店の規模もよかったと思います。「カンテサンス」は30席程度。個人でやるとしたらこれくらいがベストだと思うんです。やはり、オーナーシェフになりたいならオーナーシェフの店
で、シェフの話をじかに聞ける環境で働くのが一番だと思いますね。


岸:最短ルートだよね。自分が目指すのと同じもので成功している人元で働くというのが。全部聞けばいいわけだから。


──最後に、おふたりがこれからどうありたいと考えているかをお聞かせいただけますか。

目:それはぜひ、僕もシェフにうかがいたいです。今どこを目指していて、どんな景色を見ているのか。


岸:そう?


目:目標はクリアするごとにアップデートされていくものだと思いますが、岸田シェフはミシュランの授賞式であの壇上に立ち、何を見ているのかなと。自分が40歳を超えて今のシェフと同じ年齢になった時に、こんなにクリエイティブに働けているのかな、と思うんです。


岸:ミシュランにおいては三ツ星をいただいていますけれど、かといって自分の日々の仕事に、もっと反省点や改善点がないかといえば、山のようにあるんですよ。だから浮足立たないようにしようというのは常に思っていて、どこでどんな評価をいただいたとしても、今の仕事は改善の繰り返しで成り立っているものなので、それはこれからも変わらないと思いますね。

【特別対談】「アビス」目黒浩太郎さん×「カンテサンス」岸田周三さん2

アビス
Abysse

〒150-0021 東京都渋谷区恵比寿西1丁目30−12 ebisu-hills 1F
☎03-6804-3846
●12:00~13:30LO(ランチは日曜日・祝日のみ)、18:30~20:30LO
●定休日:水
http://abysse.jp


田中英代=取材、文 宇都木 章=撮影

本記事は雑誌料理王国第280号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第280号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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