圧倒的なトップレストランとしての地位を守りながら、近年は意外にもレストラン以外の仕事も複数手がける「カンテサンス」の岸田周三さん。オリジナルケーキの通販、テレビドラマの料理監修、そして今年の秋以降には名古屋にて自身が手掛けるレストランのオープンを控える。どのような目的でこれらの仕事に取り組んでいるのか、話を聞いた。
── 「現場至上主義」というイメージが強い岸田さんが、店の外での仕事に次々と着手されたことは驚きでした。
「カンテサンス」は来年20周年を迎えますが、自分は一貫して現場至上主義です。若いスタッフ達と仕込みをし、自分不在で店を営業した事は一度もありませんし、毎晩一番後に店を出るのも自分です。これは僕が現役である間は変わる事はないと思います。
なので店以外の仕事には、私個人の時間をあてています。個人の時間は、2019年にランチ営業をやめたことである程度確保できるようになりました。若い頃は睡眠時間を削りながら仕事に没頭するような働き方をしていましたが、40歳を過ぎた頃から体力の衰えを感じるように。放っておくとパフォーマンスに影響するので、休息やトレーニングの時間を確保するためにランチ営業を終わらせることにしたのです。
結果、1日に約3時間の余剰ができました。予定通りトレーニングして体力低下に抗うべく努力していたのですが、身体を知れば知るほど、この先現役でいられる時間がどれだけ限られているかも徐々にクリアになってきました。この問題を見えないフリして放置するのは、経営者として問題です。健康なうちに余暇を使って新しいことに取り組まなくては。料理人歴も30余年。自分の中に貯まっているさまざまな知見も使えそうです。
そんな背景から物販のお菓子、ドラマの監修や機内食のコンサルティングに取り組んできました。自分が今まで得た知見を使い、新しい可能性を模索した結果です。
コロナによる営業停止期間に開発し、岸田さんが納得する質に作りあげた通販の冷凍ケーキ。チーズケーキ「ガトー オー コンテ」は、既存のチーズケーキの問題点から着想。単調さ、チーズ自体の存在感の薄さ、卵の匂い、濃厚さからくる重い食後感、食感の悪さ、タルト生地の状態を改善して仕上げた。今は営業の合い間に月1000個ペースで製造。地方在住、子育てや介護を理由に「食事に行きたくても、叶わなかった」という人達からも喜びの声が届く。



── 外部からの依頼は何を基準に受け、どのように対応するのでしょうか。
私の絶対的なプライオリティは常にカンテサンスなので、その営業を疎かにしてまでやるべき事は何もないというのが前提です。この事はとても大事なので、依頼を頂く会社の方には最初にお伝えしています。
また、私が担当することで、すでにある物と圧倒的な違いを生み出せる勝算がなければ引き受ける事はできません。やるからにはそのジャンルに革命を起こせるくらいの物を作り出したい。あと一つ加えるなら、業界や社会の改善に貢献できるような物であればよいなと思っています。
19年にTBS系日曜劇場『グランメゾン東京』の料理監修をお受けしたのは、ちょうどランチを辞めたタイミングで時間が生まれたことと、業界に貢献したいという気持ちによるものでした。フランス料理は長らく低迷期にあると思いますし、慢性的な人手不足でもある。そんななか、若者達がフランス料理を志すきっかけ作りに、また、普段レストランに行かない層にもフランス料理に興味を持っていただくために、この仕事はぜひ引き受けなくてはならないと思ったのです。
料理や調理シーンは、リアリティとオリジナリティを妥協なく追及しました。撮影スタッフの方々の熱意のおかげもあり、なんとか乗り越える事ができましたが、僕自身とても貴重な経験をさせていただきましたし、学ぶ事も多かったです。
「店と自分の知名度が役に立つのなら」と、社会的な活動、業界の向上に役立つ活動に取り組む。水産資源を考える料理人達の団体「Chefs for the Blue」では理事を務める。テレビドラマの監修は、フランス料理への理解向上と人材育成を視野に。





── JALのファーストクラスの機内食の監修もなさっています。
はい、20年9月から提供し始めています。この仕事も、機内食のあり方を劇的に変えられると信じて引き受けたものです。
私自身ビジネスやファーストクラスへの搭乗経験もありながら、機内食を食べる度に問題点は多いと感じていました。「この選択肢は必要?」「温度に問題アリ」などなど。
確かに上空高く飛ぶ飛行機の中は、地上とは訳が違います。キャビンアテンダントの方々も、食事準備の時間であっても機内食だけに携わっているわけではない。やることが実に多岐にわたるのです。そんな実際の仕事の流れを詳しく見せていただき、さまざまな制約があるとも知りました。そうした新しい知識も加えて、改めて機内食について考えたところ、「今ある問題点は解決できそう」という見通しを得られたのです。
とはいえ、私が望むクオリティを実現するには、今までの方法では無理。つまり、単なるレシピ開発、レシピ提供では何も変わらない。そこで抜本的な改革をしたい旨と、「かなり面倒な事になりますが覚悟はありますか?」とJALの機内食を統括する部長の方に確認したところ、「覚悟がある」とのこと。ならば、と、正式に引き受けました。
いろいろ変更して、再構築した機内の食事のシステムは、今後もJALの機内食のメソッドとして残るはず。このジャンルの飛躍に貢献できればと思っています。
「そのジャンルで革命を起こせるか」などを条件に、企業からの仕事依頼を受けることも。この機内食の仕事では、過去にない熱々の温度を実現。料理の精度を上げるため、選択メニューではなく「カンテサンス」同様のおまかせコースに変えた。羽田発、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスほか全9路線で提供。




コースはアミューズブーシュ、オードブル2種、メインディッシュ2種、デザートの6皿で構成。
── 今秋は名古屋のホテル内に、岸田さんが手がけるレストランが開業します。
こちらもお仕事を打診いただいてから、改めて「有名シェフのプロデュース店」と呼ばれるレストランをいろいろと見てまわりました。そしていくつかの問題点を感じました。
そんなリサーチと自分なりの思考を重ねるうちに、問題点への改善策も見えてきて、それらを統合すればこのジャンルで新しい価値を提示することも可能。そんな筋道が見えたので、取り組もうと決めたのです。
なお、今回の仕事はプロデュースよりコンサルティングに近く、オペレーションから全部細かく考えています。そこからさせてもらいたい、と私から先方に申し出ました。その他にもかなり詳細な条件を出させていただいたのですが、すべて快諾くださった。ホテル側の方々の本気度がわかり、安心してお引き受けしたという次第です。
── どのような方法で新しい価値を作り上げあるのでしょう。
たくさんありますが、一番大きいのは人の育成。これにはかなり時間が必要です。
まずは、今回の仕事の理想を具体的にお伝えするために、オープニングスタッフには東京のカンテサンスで働いていただく。その時に価値観を共有すると共に、仕事への向き合い方もお伝えします。実はこの計画はすでに始まっています。オープンの具体的な日にちは未定ですが、熱意のある方をさらに募りたいと思っています。
仕組み作りもまたポイントです。僕が修業時代に働いていた店は、営業開始とともに戦場のように忙しくなり、絶え間なく仕事に追われる状態。この中ですべての皿をクオリティ高く提供するのは本当に大変で、いつも怒声が飛び交っていました。これは仕組み自体に問題があったのだと思います。
カンテサンスには19年かけて改善をくり返してきた、独自の料理提供システムがあります。今回はその知見を生かし、サービスと調理場が共通認識を持った上でスムーズに働ける仕組みを開発しました。体験すれば、高品質な料理を提供する仕組に関する、非常に大きな学びになるはず。カンテサンスの厨房から多くのシェフが輩出されてきたように、新しい店での経験が、多くの方の成功に繋がればいいなと思っています。
── 岸田さんは名古屋の隣の市の出身です。
それも、今回の仕事をお受けした理由の一つです。自分の出身地であり、今も両親や兄弟がいる愛知に、食を通じて役に立ちたいと思っています。
特に名古屋は慣れ親しんだ街で、空気感までよくわかる。大きな都市で何でも揃うけれど、フランス料理店は都市の規模を考えると少ないんです。フランス料理を志す人は修業先探しに悩んでいるようですが、今回の私の店がよい選択肢になれればと思います。
今回の仕事は、私自身がプレーヤーとして乗り込むのはなく、監督としてアドバイスするもの。しかし大きな挑戦であることには変わりなく、結果が出れば、人材育成面での大きな可能性をフランス料理業界にもたらすことができるのでは。そう思っています。
名古屋の新たな迎賓館として、同市を代表する老舗ホテルであった「ナゴヤキャッスル」跡地に建設中の「エスパシオ ナゴヤキャッスル」内でレストランを手掛ける。カンテサンスと同じく、コース1本提供のスタイル。ホテルは今年10月の開業を予定。

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── 今の時代をどうご覧になり、どのような対応をしていますか。
非常に難しい時代です。円安が進み、物の値段も上がり続け、国内の景気は停滞し、実質賃金は低下しています。
高級店を筆頭にレストランがふるいにかけられる状況は続くでしょう。その中で、選んでいただける店であり続けるのは並大抵なことではない。常に新しい料理を開発し、カンテサンスにしか無い価値を提供し続けなくてはいけないと思っています。
経営者としての姿勢においても同じです。挑戦は必須。日本人は保守的で、リスクを恐れ挑戦しない傾向があります。でも今は、何もしない方がリスク。ならば、戻る場所を万全にしながら、適正なリスクをとり世界を少しずつ広げていけばいいのです。仮にうまくいかなかったとしても、その時は本拠地に立ち返ればよいと思います。私がやっているのも、それ。そして、だから私はカンテサンスを絶対に疎かにしないのです。
昨年、50歳になりました。ロブションさんが引退したのが確か51歳でしたから、自分ももうそんな時期なんだ、と思っているところです。料理人はハードな仕事ですから、いつまで続けられるかという不安は常にあります。今まではランチ営業をなくしたり、営業日数を減らしたり、ウエイトトレーニングに取り組むなどして長く続けられるような変化をくり返してきました。これからは新しい仕事にも挑戦し、自分の中に貯まった知見を、どのように世の中で生かしていけるのか試していきたい。
それぞれの挑戦にリスクや苦労があるわけですが、それでも変化し続け、環境や状況に適応していきたいと思います。
◉ 普段から情報源としているサイトや本は?
決めている情報源は特にありませんが、YouTubeやChatGPTはよく使います。最近は知らないことはすぐChatGPTに聞いていて、たまに「あれ?」という答えもありますが、あの速さと便利さはすごい。
◉ 料理業界、食の業界で気になる人は?
特にいないですね……。SNSもあまり見ません。今世間には情報が溢れていますが、自分の内側から生まれるものだけを頼りにしないと、作るものの軸がブレると考えています。
◉ 最近食べたおいしいものは?
職業柄、話題の店には食事に行くようにしています。最近では東京の「末冨」さんや「松川」さん、富山の「ふじ居」さんも素晴らしかったです。三者三様ですが皆さん料理の本質を捉えていて感動がありますね。「セザン」のダニエル・カルバートさんの料理も素晴らしいと思います。
岸田 周三(きしだ しゅうぞう)
1974年、愛知県生まれ。パリ「アストランス」でパスカル・バルボ氏に師事し、スーシェフも務める。2006年白金に「カンテサンス」を立ち上げる。11年、独立してオーナーシェフとなり、13年に現在の場所に移転。ミシュランガイド東京では17年間三つ星を維持する。
カンテサンス
東京都品川区北品川6-7-29
TEL 03-6277-0090
text: Kei Sasaki photo: Kenta Yoshizawa
