「バードランド」で、永らく不思議に思っていたことがある。なぜか、食べすぎてしまうのである。そして飲みすぎてもしまう。原因は、焼き鳥の素晴らしさや、銘酒の揃えであり、お客さんが作り出す賑わいや自身の食い意地であることは、十分承知している。しかし知人たちもまた「、つい食べ過ぎちゃうんだよね」という。ある日、店主和田正弘さんと話していて、ナゾが解けた。それは、カウンターの高さにあったのである。
座面から35センチ。
「カウンターが85センチあるんですね。僕にはちょっと高いけど、高いと自然に椅子を前にやって背筋が伸びるから、胃が圧迫されないで、たくさん食べられるんです。また酔っぱらうのは、酸欠になることなので、姿勢がいいとたくさん飲んでも大丈夫。それが35センチの理由なんです」
きっかけは、大学1年でバイトをしていた焼きとん屋で、新店の設計に立ち会った時であったという。「社長と設計士が、お客さん一人の幅を何㎝で考え、何人座れるかを計算し、そのためには、カウンターの奥行が最低何センチなくてはいけないかを、科学的に語っていた。それが面白かったんです」
さらにパイプ椅子を、三和土に埋め込んだ。それはギリギリの空間ゆえ、椅子を引くと通れなくなるからで、そうすると後ろが空いて、計算通りのお客さんが入るのだという。
「それから後ろが空くことの意味を考えたんです」
税理士を目指していた和田さんは、飲食店の面白さに目覚め、29歳で独立し、阿佐ヶ谷北口に店を開く。「35歳で独身か既婚。子供がいなく共働きで、給料がまあよくて、食べ物や飲み物に興味がある人に来てもらいたかった。そんな男の人の身長は、170から175センチはあるだろう。その人たちには、当時建築の常識だっ42センチの椅子高では低い。165センチの僕でも低い。ましてや靴を履くとなおさら低い。そこで居心地がいいのは、50センチと考えたんです」
参考にしたのは、いすゞの車ピアッツァの理論だった。ジウジアーロデザインの車は、スタイリッシュだけど室内空間が狭い。だがそう感じさせないのは座面が高いゆえで、膝下が高いと脚の位置が決まって、狭く感じないのである。
低い椅子だと前に出す人もいれば、手前に引く人もいる。つまり椅子を少し高くすると位置が動かないから、後ろが空く。また座面は平らで固くした。
「長く座れず、客の回転がいいだろうという人がいるけど、それは逆。股関節が座面にしっかり当たるので安定して疲れず、逆に長居できるんです」
カウンターの高さは座面から30センチ。当時の建築界の常識は、25センチだった。7年後南口に移転した時にもカウンターの高さを再考した。電話帳を置いて、試行錯誤し、今の高さになったという。
ああなんて素敵だろう。食べ過ぎ、飲みすぎてしまうカウンター。世の中よ、もっと高さを求む。
Mackey Makimoto
立ち食いそばから割烹まで日々飲み食べ歩く。フジテレビ「アイアンシェフ」審査員ほか、ラジオテレビ多数出演。著書に『東京 食のお作法』(文芸春秋)、『東京1000円グランプリ』(共著、講談社)。写真左が著者、右は和田さん。
バードランド 銀座
東京都中央区銀座4-2-15塚本素山ビルB1F
03-5250-1081
● 17:00~21:30
● 日・月・祝休
● おまかせコース 6300円~http://ginza-birdland.sakura.ne.jp/