「アル・ケッチァーノ」の奥田さんといえば、山形県庄内地方の食の親善大使でもあり、県下の農産物の生産者とのつながりも深い。今回のデモンストレーションでも山形の食材を使った2品が紹介された。
「イノシシと雪菜のスミカ仕立て」は山形県米沢市の在来野菜である雪菜を使用。土やワラに囲まれ、雪に覆われた雪室を皿に描いた。
まず、雪菜に70〜80℃の熱を加えると辛くなる、その理由を解説。「雪菜を切って、糖分と辛味成分のイソチオシアネートが一緒になった細胞壁を壊します。そこに熱を加えると、ミロシナーゼという酵素が動き出し、糖分と辛味成分を切り離してくれます。そこで辛味成分が浮き上がってくるんですね。だからトウガラシや調味料も必要ありません」。
このほかソースとなる山菜のウコギを色よく揚げるために、銅とマグネシウムの多い塩を揚げ油に加えることなど、化学の講義を受けているような話が続いた。奥田さんは日頃、素材の成分など詳しい性質を調べた上で、それを調理法に生かしている。野菜がもともと持っている力を最大限に生かす。つまりは「野菜の声を聞く」という料理哲学こそ、奥田さんのやり方。「素材のことを考えて、その素材がやってほしいことをやり、やってほしくないことをやらなければ、味付けはほとんど必要ありません」と奥田さんは話した。
「地鶏の燻製とキノコのボスカイオーラ」は、山形ののどかな山村風景を表現したパスタ料理である。
「夕方近く、山村にある民家を訪ねると、庭先で鶏が飼われていて、家の煙突からはお風呂を沸かすための薪窯の煙が立ち上っているんですね。本来ボスカイオーラといえば、キノコとツナを合わせますが、山形の鶏と煙のキーワードをつなげて、地鶏の燻製を使いました」
キノコはそれぞれ切り方を変える。食感の異なる食材が口の中に入ることで噛む回数が多くなり、唾液中のアミラーゼで糖分が増え、ソースの味を濃くしなくても、自然とコクのあるソースが完成するからだ。また、パスタの仕上げに関しては、混ぜれば混ぜるほど余計にとろみとコクが出てしまう。このパスタは切れ味と香りを出したいので、軽く3回程度、混ぜるくらいにとどめた。
ここ数年、ガストロノミー界では、科学的かつ革新的な「分子料理法」が注目されるが、液体窒素やアルギン酸を使わずとも、素材本来の性質を科学的に解明し、技巧に走らず調理するのが奥田流。山形で育まれた素材をもとに、独自の方程式に則った料理法は、イタリア料理のジャンルを超えた「奥田流、山形の郷土料理」なのかもしれない。
キノコの「香ばしくなりたい」という声に耳を傾け、焦がしバターを使って強火で焼き色をつけ、コショウの代わりとした。地鶏の燻製はオイルにスモーキーな香りを移すように中火でソテー。このオイルをベースにキレのあるトマト味のソースに仕上げる。
地鶏の胸肉の燻製 1/3枚/マッシュルーム 1個/エリンギ 1/2個/シイタケ 1個/ニンニク 1/2片/トウガラシ 1/5本/トマトソース 100㎖/タイム 1/2枝/スパゲッティ80g/白ワイン、イタリアンパセリ、グラーナ・パダーノ、無塩バター、ピュアオリーブオイル、E.V.オリーブオイル、塩、コショウ 各適量
イノシシは雪菜をゆでた湯で湯通しすることで臭みを取り、すっきりとした味わいに。雪菜が育つ「雪室」のように雪菜やイノシシを盛り付け、山菜のウコギのエルバ・アロマティケで「草」を、煮つめたバルサミコに自家製ヴィンコットをのばして「土」を表現。
イノシシのロース肉(3mm厚にスライス) 12枚/雪菜 2本/ウコギのエルバ・アロマティケ、山ブドウの自家製ヴィンコット、バルサミコ酢(3年熟成)、塩 各適量
<ウコギのエルバ・アロマティケ>
ピュアオリーブオイル 150㎖/アンチョビ 15g/精製塩 2g/イタリアンパセリ(粗みじん切り) 10g/ウコギ(粗みじん切り) 20g/ローズマリー(みじん切り) 少量/オレガノ(みじん切り) 少量
Masayuki Okuda
1969年山形県生まれ。高校卒業後、東京のイタリア料理店やフランス料理店、洋菓子店などで修業。ホテルや農家レストランの料理長を経て、2000年に山形県鶴岡市に「アル・ケッチァーノ」をオープン。07年同地にスイーツとカフェの店「イル・ケッチァーノ」、09年に銀座「ヤマガタ サンダンデロ」をオープン。
沖村かなみ=文・構成 天方晴子=写真
本記事は雑誌料理王国2010年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2010年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。