三代目浜作主人のお気に入り サンドウィッチについて


もし私が無人島での生活を余儀なくされ、持参できるCDを一枚だけ選ぶとすれば、それはジョン・コルトレーンの『My Favorite Things』であります。今までの人生の中、苦しい時、悲しい時、即ち何か壁にぶち当たった時、いつもこの曲が奮起を呼び起こし、どれだけその音楽の持つ熱情によって救われたか知れません。まさに私にとっての人生の応援歌であります。

この曲は皆様よくご承知のリチャード・ロジャース作曲、オスカー・ハーマンスタイン二世作詞の『サウンド・オブ・ミュージック』の中で、ジュリー・アンドリュースが歌う有名なナンバーであります。歌詞の内容は自分の大好きでお気に入りのものを、軽快なリズムによって羅列するという、誠に斬新なアイデアに満ち溢れております。

そこで今回はこの曲のように、不肖私が、本当に好きなものを手前味噌ながら順にご披露申し上げたく存じます。

まず第一回はサンドウィッチに焦点を当てました。お年寄りからお子たちに至るまで全国津々浦々、最も身近でお手軽なこのサンドウィッチは、もはや"国民食"と言うことができるのではないでしょうか。もちろん一番身近なものは、ご家庭でお作りになるホームメードのそれであることに変わりはありませんが、飛躍的に消費量が増えたのは、良くも悪くもコンビニでのサンドウィッチの出現ではなかったでしょうか。

私の学生時代までは所謂、喫茶店でコーヒーや紅茶とともに注文するというのが、極ポピュラーな生活スタイルでありました。たまにホテルの高級なサンドウィッチに出会う機会もままありましたが……。

私の生涯での最高のサンドウィッチは、ロンドンのドーチェスターホテルにおいてのハイティー(アフタヌーンティー)で出された、スモークサーモンとクリームチーズ、それにキューカンバサンドウィッチの組み合わせのものでございました。

具材が豪華で立派だからと言って、即ちそれが最上の結果を生むとは限りません。サンドウィッチの難しいところは、パン・具材、それぞれがしっかりと自己を確立しながらも、その二つが合体することによって生まれる"相乗"に他なりません。その絶妙なるバランスによって両者が渾然一体となり、味(メロディ)といい、食感(リズム)といい、後味(調性)といい、極めて心地よいハーモニーが生まれねばなりません。

その点において、私が上京する度に京都へのお土産に買い求める「赤トンボ」のサンドウィッチが、まず市販のものでは一等、群を抜いております。特にこのお店のボンレスハムのサンドウィッチは、その一ミリも崩さずカットされた、極めて端然とした佇まいと共に、具材とパンの割合が完璧であります。

また独特の密封包装により、京都に持ち帰りましても、パンはしっとり柔らかいままであまり劣化いたしません。

大阪の船場・淡路町に、上方寿司で有名な「吉野寿司」という老舗がございます。ここの箱寿司はこれまた具材と飯の割合が絶妙で、その凝縮された完成度は「二寸六分の懐石」、と京・大阪で賞賛されております。これと全く共通した世界がこのサンドウィッチの中に展開されております。まさに見事な職人技であります。

お江戸と大阪、洋と和、本来は全く異なるオリジンから生まれたこの二つの名品が、長年においてお客様の支持を得、ロングセラーを続けられていることを思う時、その慎ましい雄姿に私はいつも敬意を払い、また「料理は単純な方が良い」という小林秀雄先生の至言を心に刻むものであります。

ドーチェスターホテル
The Dorchester
Park Lane, Mayfair London, W1K 1QA
+44 (0) 20 7629 8888
● アフタヌーンティーは1日5回 13:00~、14:00~、15:15~、16:30~、 17:30~
www.dorchestercollection.com

赤トンボ 日本橋高島屋店
AKATONBO
東京都中央区日本橋2-4-1 日本橋髙島屋 B1
03-3231-0607(直)
● 10:00~20:00
● 休みは日本橋髙島屋に準じる
www.akatombo1950.com

吉野寿司
YOSHINO-SUSHI
大阪市中央区淡路町3-4-14 
06-6231-7181
● 9:00~19:00
● 土・日・祝休
www.yoshino-sushi.co.jp

Hiroyuki Morikawa
1962年生まれ。京都・祇園の板前割烹「京ぎをん 浜作」の3代目主人。「浜作」は日本最初の割烹料理店で、料亭が主流だった昭和初期に、祖父・森川栄が創業した。川端康成を「古都の味 日本の味 浜作」と嘆息させた。

京ぎをん 浜作
京都市東山区祇園八坂鳥居前下ル下河原498
075-561-0330
● 12:00~14:00、17:00~
● 水休


本記事は雑誌料理王国第249号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第249号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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