2012年6月、東京・銀座に誕生したフランス料理店「エスキス」。日本の食材や技術に魅せられたリオネル・ベカシェフは、まるで少年のように自由な感性で、物語を紡ぐように、料理を作る。
ソムリエの若林英司さんは、その物語に優しく耳をかたむけ、互いを高め合えるようなペアリングを提案し続けてきた。このコロナ禍、エスキスのペアリングは、進化と深化を遂げている。
エスキス(素描)と名付けられたレストランが今年、オープン9年目を迎えた。リオネル・ベカシェフの五感はますます研ぎ澄まされ、素材はもちろん、彼を取り巻く環境(歴史や地理、テロワール、人、時間、アート……)に感化された創造の世界が、いま皿の上で花開いている。
オープン時にオンメニューしたペアリングコースは、当時からシェフ・ソムリエの若林英司さんの采配が光っていた。リオネルさんのおまかせ料理が太い幹とすれば、ペアリングはお客様の楽しみを膨らませる枝のような存在だ。「料理のおいしさをより際立たせ、ときにはその表情を変えるのがペアリングの役目。お客様の好みによって、臨機応変にセレクトしています」。
そのころまだ珍しかった日本酒やコニャック、さらにはガストロノミーでありながら自然派ワインなども合わせたアバンギャルドなセレクト。料理とドリンクのペアリングがいかに双方の価値を高め合うかを、若林さんはずっと示してきた。
今回のメニューは3品。「共通するテーマは『名残り(メランコリー)』です。英司さんのワインの選び方はとても優しく、センチメンタル。過ぎゆく季節への想い(取材時は10月)を共有したい。私の料理へのアプローチと英司さんのワインへのそれは似ていると思います」とリオネルシェフ。
それを受けて、若林さんはこう話す。「ペアリング全てにストーリーが生まれるような、テロワールを反映し、造り手の顔が見えるワインだけを選びます。ストーリーの焦点がワインだけではなく、料理や料理人の場合もあります。お客様の興味のポイントが異なれば、考えていた話を瞬時に変えることも」。
相当の引き出しを持っていなければできない技だが、若いソムリエにも同じことを期待している。ただし、料理への解釈はそれぞれだからと、決して自分の考えや想いは伝えない。
「サービスにルールはないんです。シェフの料理に寄り添い、お客様のカユイところに手を届けてくれれば」。
生のコウイカと自家製のいくら、柑橘類の下には、土佐酢のヴィネグレットでマリネした大根、さまざまなハーブのペストゥが隠れている。淡い風味の中に甘味を感じるねっとりしたコウイカを引き立たせるには、山梨「ボーペイサージュ」のオレンジワインを。
生の魚介類とワインの組み合わせは生臭くなりがちだが、見事にお互いを高め合う組み合わせ。皮ごとぶどうをマセラシオンし、皮から生まれるうま味ときれいな酸味が特徴。
「ペアリングには難しいお皿です。たまには難しい課題もいいかな」と言うリオネルさんの期待に応えた見事なマリアージュ。