ファッションブランド店が立ち並ぶ南青山の一角に、2006年のオープン以来、ミシュランの星を8年連続で獲得しているフランス料理の名店「ランベリーナオトキシモト」がある。オーナーシェフの岸本直人さんは、情熱ある生産者の食材を何より大切に考えるシェフとして名を馳せるが、一方で「医療ガストロノミー」に取り組むトップシェフとしても知られる。その手から紡ぎ出される色鮮やかで美しい料理たち。ハレの日に利用するゲストも多いここランベリーでは、通常のコースとほとんど変わらない、「おいしい」低糖質メニューが用意されている。
~~ランベリーの低糖質コース ある日のメニュー例~~
・有明海の海苔とコンテのガレット
・厚岸産シングルシードの牡蠣のジュレ
・北海道産 秋刀魚の炭火焼き
・気仙沼の鰹 フルム・ダンベールでマリネし、炭で炙って
・活けズワイガニのスープ 30年熟成のシェリーの香り
・アラのポワレ ブールブランソース
・仔羊背肉の炭火焼き そのジュ
・フロマージュ
・ココナッツのムースとショコラのサブレ 五香粉の香るソルベショコラ
・食後のお飲物と小菓子
ランベリーの低糖質コースは、通常のコースとメニューはほぼ変わらないが、素材や調理に工夫を凝らしている。例えば1品目のガレットは、糖質の多い小麦粉を極力使わず、大豆の粉を加え、コンテチーズをこんがりと焼くことで香ばしさを出した。コースは5日前までに要予約。昼夜ともに13000円(税・サービス料別)。
低糖質メニューを用意するようになったのは、お客様から、北里大学北里研究所病院 糖尿病センター長の山田悟先生を紹介されたのがきっかけだった。「岸本シェフなら低糖質メニューをやっていけるよ」と山田先生に勧められたものの「制限食は、おいしい食事を提供するレストランやガストロノミーと対極にあるもの。ましてや何パーセントや何グラムなど、細かく対応するのは難しい」と断っていた。
しかし山田先生の話を何度か聞くうち、「自分でもできるかな」と少しずつ考えが変わり始めた。理由は、「糖質制限で苦しんでいる糖尿病の方の食事を楽しいものにしてあげたい」という山田先生の志に対する共感と、何よりお客さまの需要があったことだった。「糖尿病の方は、みんなが集まるときでも自分だけ、制限食の寂しい食事をしています。家族との外食もなかなかできない。まわりも気を遣う。『ここに行けば安心して食べられる』とわかれば、お客さまにとってすごくいいことだと思ったんです」
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仔羊背肉の炭火焼き そのジュ
「糖質制限をしている方は、塩分も気にされる場合が多いんです」と岸本シェフ。仔羊の下には旨味のある塩昆布のパウダーがしかれ、塩分を調節しながら食べられる。付け合せは糖質の高い根菜を避け、ナスタチウム、かたばみ、ワサビの葉、そしてヤナギマツタケなどのキノコを添えた。メインは、ゲストの要望や季節によってジビエを提供することもある。
本格的に取り組んだのは3年前から。基本的に米やパスタを使わないフランス料理は、日本料理やイタリアンに比べて低糖質食向きだ。山田先生からレクチャーを受け、「使用していいもの、ダメなもの」が書かれた表を調理場に貼り、それを見ながらメニューを組み立てた。わからないことがあればすぐに山田先生に電話をし、教えを請う。最初は「野菜を多くすればいい」程度に考えていたが、根菜類やレモンなども糖質が高いと知った。意外にも糖質の高い食材があるため、ひとつひとつ食材をチェックし、糖質が高ければ低い食材に置き換えて調整した。
「低糖質メニューとはいえ、レストランで出す以上、おいしくなければ意味がありません」
岸本さんのコース料理の糖質は40グラム以下。コンビニのおにぎり1個分だ。ワインもシャンパーニュも付けて38グラムのフルコースを作ったこともある。食後すぐ30分後に血糖値を測定し、空腹時と変わらないと結果が出た。「それで少し自信が持てました」と岸本シェフ。
「注文なさる方は今後も増えていくでしょう。10年後、20年後を待たず、ガストロノミーにも低糖質メニューが必要とされる時代が必ずやって来ると感じています」