海老出汁の旨味が凝縮!食材を無駄にしないカレーの作り方。


修行時代のまかないは新しい知識を蓄える場だった

「日本料理というのは、食材にしても調理法にしても、奥へ掘り下げていく仕事だと思っているんです。ところが、自分はそういうことが性に合わないというか、飽きっぽいというか、もっと違う世界を見てみたいと思ったんです」  

銀座にある日本料理店『せろ』の伊藤憲二さんは、自身の料理スタイルにたどりついた理由をやや照れたようにゆっくりと語る。

『せろ』は繁華な銀座コリドー街でありながら、路地を入ったビルの2階というエアポケットのように静かな場所にある。カウンターがメインでア・ラ・カルトでも気軽につまめ、日本料理のセオリーに捕らわれずに柔軟な感性でモダンな和食を提案する。しかし、その根底にはきちんと日本料理のアプローチが隠されている。

「お客様も様々な方がいますから、自分が作りたい料理を押し付けるのではなく、お客様が食べたいと思う料理を作っていきたいんです」という。

大坂の料亭で修行をした伊藤さんは、29歳の時にオーストラリアへ渡る。海外で働くのは子供の頃からの夢で、絶対に行くと決めていたからだ。日本料理を学んだのはその夢のためでもあった。最初は日本料理店で働いていたがやがて転機が訪れる。メルボルンのモダンオーストラリアンTAXI DINING ROOM (現TAXI KITCHEN)で腕を振るうことになったのだ。ここで待っていたのはオーストラリアの豊かな食材を武器に、アジアのエッセンスを取り入れたイノベーティブな料理だった。

「キッチンにはいつもたくさんの食材がありました。それこそ見たことのないようなスパイスやフルーツなども。それを自由に組み合わせていいというのは刺激的でしたね」。

日本料理だから、フレンチだからという垣根はまったくない、自分らしい料理を作るという新しい世界に出会ったのだ。

ここではまかないも、タイ、スリランカ、インド、韓国、中国などなど、多国籍なスタッフがそれぞれ自国の料理をベースに作っていた。伊藤さんも、まかないを食べてピンときた料理はすぐに作り方を教わったという。今回紹介したインド風スパイスカレーもその中のひとつだ。

カレーのベースはインド人のキッチンスタッフから教わったもの。そこに、伊藤さんが「こうすればもっと美味しくなる」というアレンジを加えて完成させている。海老の出汁をベースにしたのは、店の食材として使う海老の頭がたくさん余るため。その解消も兼ねているのだ。

「僕は日本人だから、ついもったいないと思ってしまうんですよね。メルボルンの店でも、これはまだ使えると思うと脇によけておいてまかないに使っていました。そんな料理人は自分だけでしたけど」(笑)。

スパイス使いはインド人シェフから、海老の濃厚な出汁はオリジナル、最後にちょっとだけ醤油をたらして味をひきしめるのがポイントだ。

「まかないは手間がかからず、とにかく短時間で作れることが前提です。カレーは材料を仕込んでおけばすぐにできるのでちょうどいい、さらにタクシーキッチンはいろんな人種がいるレストランでしたから、どの国の人にも食べられるということも常に考えていました」。

伊藤さんがメルボルンで学んだことのひとつに、ここのところよく聞くようになったサステナブルシーフードという言葉がある。水産資源や環境に配慮した食材のみを選ぶということ。だから『せろ』でも太平洋黒まぐろは全く扱わないし、その他の、乱獲により存続が危うい魚も使わないと決めている。

その代わりに、日本料理のカテゴリーでは見かけない食材をこだわりなく取り入れる。そうしたインスピレーションの源は、オーストラリア時代に食べた料理であったり、それこそTAXI DINING ROOM (現TAXI KITCHEN)のまかないで覚えた知識であったりする。伊藤さんにとって修行時代のまかないは、料理へのつきない好奇心を満たす宝庫でもあったのだ。

食べ歩きが好きという伊藤さんは、現在でもあちこちで食べた料理に触発されて、研究を始めることが多いという。好奇心と探求心を武器に「こうすればもっと美味しくなる」をつきつめる。どこにもない『せろ』の料理はこうして生まれるのだ。

海老出汁のインド風スパイスカレー 

材料(4~6人分)

玉ねぎ……150g
にんじん……50g
セロリ……30g
にんにく、しょうが……各15g
トマト缶(ホール)……150g(1缶)
海老出汁……400ml
カレー粉……小さじ5
オリーブオイル……150ml
片栗粉……大さじ1 (同量の水で溶く)
塩……適量
醤油……少々

A カレー粉(作りやすい分量)

※クミンパウダー……小さじ4
※コリアンダーパウダー、カルダモンパウダー、スターアニスパウダー……各小さじ2
※クローブパウダー、シナモンパウダー、ターメリック、カイエンペッパー……各小さじ1

B 海老出汁 

※海老の頭……12尾分
※オリーブオイル……150ml
※魚出汁(フュメ・ド・ポワソン)……400ml

ご飯……適量

【準備】

カレー粉の材料はすべて混ぜる。玉ねぎ、にんじん、セロリ、にんにく、しょうがはみじん切りにする。ご飯は炊く。

(1)海老出汁を作る。鍋にオリーブオイルを熱し、海老の頭を入れて炒める。

(2)海老の香りが出たら、海老みそを取り出すようにヘラで海老の頭をつぶし、海老味噌の水分を飛ばしながら強火で煮詰めるようにしっかり炒める。

(3)魚出汁を加えて弱めの中火で10分ほど煮込む。

(4)3を煮込んでいる間に具を炒める。別の鍋にオリーブオイルを入れて熱し、玉ねぎを入れる。

(5)焦がさないように、あめ色になるまで強火で炒める。

(6)にんにく、しょうがを加えて混ぜながら炒め、トマト缶を加えてへらでトマトをつぶすように炒める。

(7)カレー粉を加えてよく混ぜ、にんじん、セロリも加え、野菜に軽く火が通るまで炒めて火を止める。

(8)ざるにクッキングペーパーを敷いて3の海老出汁をレードルなどで押さえながらこす。

(9)7に、8のこした海老出汁を加え、塩で味をととのえる。醤油、水溶き片栗粉を加えて混ぜ、とろみがつくまで中火で10分ほど煮る。器にごはんを盛ってカレーをかける。

伊藤 憲二(いとう けんじ)
岐阜県出身。大阪、京都などで日本料理の修行をしたのち渡豪。メルボルンのTAXI DINING ROOM(現TAXI KITCHEN)でシェフを務めたのち2012年に帰国。麻布十番の可不可のシェフを務めた後2018年に銀座に「せろ」をオープン。


取材・文=岡本ジュン  撮影=小沼祐介


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