健康長寿の源ともいわれる食材の宝庫、沖縄県。なかでも豚肉は「鳴き声以外はすべて食べ尽くす」といわれるほど、頭から足先まで、内臓や血液までも上手に利用し使いこなす知恵に溢れた、独特の食文化があります。そんな沖縄の食文化に育まれ、注目を集める、沖縄のブランド豚の認知拡大と消費拡大を目的とした「産地見学会」が、東京から5人のシェフを招き開催されました。
ブランド豚の産地や生産者を訪ね、そのこだわりや食材としての魅力を再発見。医食同源的沖縄食文化の思想に触れたシェフたちの体験をレポートします。
今回「産地見学会」に参加したのは「日本料理 佐とう」店主・佐藤良輔さん、「ピアットスズキ」料理長・木下晃輔さん、「フィリップ・ミル 東京」料理長・中村哲也さん、「八雲うえず」店主・上江洲直樹さん、「京華菜 清香」料理長・川角徳聖さんの5人のシェフ(冒頭写真左から)。
一行がまず空港から向かったのは、独自のアグーブランド豚「やんばる島豚あぐー」や、アグーの純血に近い希少な「島黒(シマクルー)」を生産する名護市大川の有限会社我那覇畜産。
現在流通している多くの沖縄アグーブランド豚は、沖縄アグー豚の雄と一般豚を交配して生まれた肉豚です。我那覇畜産のブランド豚である“やんばる島豚あぐー”も、沖縄アグー豚の雄とデュロックとバークシャーの交配種とを交配させたもの。与那国島原産の天然化石サンゴや泡盛もろみ、ビール酵母やサトウキビの黒蜜を混ぜた高品質の飼料とおいしい水を与えるなど、やんばるの豊かな自然の中でこだわりを持って育てています。
会長の我那覇明さんは、沖縄市から移築したという、戦後しばらくの間まで県内各地の家々で使われていたフール(豚小屋兼トイレ)の前で、沖縄の人々の豚に対する思いや歴史、その飼育方法や料理方法まで、沖縄の豚肉文化について熱く語ってくれました。
「アグーの魅力は脂身の旨さです。“白身”といわれるほどの良質でとろける脂身は、コレステロールが一般の豚より低く、ビタミンB1が抱負で、旨味成分のグルタミン酸やアミノ酸が豊富に含まれています」
実際に食べてみるのが一番と、スタッフのみなさんが用意してくれた「やんばる島豚あぐー」のしゃぶしゃぶをはじめ、ラフテー(豚三枚肉の角煮)やイナムドゥチ(豚肉などを具材とした味噌汁)、パパイヤイリチー(パパイヤ炒め)にニガナの白和えなどの沖縄郷土料理、ドラゴンフルーツの混ぜごはんもごちそうになりました。
一口食べるごとに何かを考えている。
初めて口にする食材の味や食感、自分なりの料理方法を想い描いているであろう、そんなシェフたちの姿が印象的でした。
「京華菜 清香」川角徳聖さん
「脂身の旨さが際立っていました。融点が低いので口溶けがよく、赤身もさっぱりしていて食べやすかった。腕肉を使った薬膳蒸しスープや、バラ肉をオリーブオイルとハチミツ、プラムソースを使い炒めてもおいしいかなと思いました」
「ピアットスズキ」木下晃輔さん
「脂身の口溶けの良さとシルキーな食感はイメージしていたとおりのおいしさでした。赤身の部分もサシが入り、食感もしっかりしていて、味わいのあるお肉だなと感じました」
「フィリップ・ミル 東京」中村哲也さん
「脂身の甘みや香りもよく、噛んで味わいのあるお肉だなと思いました。実際にお店でも使ってみたい。脂身のおいしさを生かした、自分ならではの調理方法を探してみたくなりました」
「八雲うえず」上江洲直樹さん
「実際にお店でもロース肉を味噌漬けなどにして使っていますが、やはり脂身の旨味がすごくおいしく、食べていても飽きない。肉々しさもあり、雑味や臭みも少ないいいお肉だと思います」
「日本料理 佐とう」佐藤良輔さん
「見た目は脂身が多いかなと感じましたが、融点が低く、なめらかな食感が一番魅力に感じました。実際にお店でも使ってみたい。さっと火を入れたしゃぶしゃぶを元に、ジューシーさと食感を楽しめる料理を考えてみたいと思います。」
「鳴き声以外はすべて食べ尽くす」の言葉通り、頭から足先まで、内臓や血液までも上手に利用し使いこなす先人たちの知恵と工夫にシェフたちはとても興味を示し、皮付きの肉など、東京では手に入らない部位の入手方法を熱心に相談していました。
この日はほかにも、名護市にあるヘリオス酒造を訪れ泡盛の試飲を楽しみました。
また、那覇市第一牧志公設市場を訪れ、鮮魚店や精肉店、乾物店などを見学。
ウミヘビを燻製にした沖縄の高級食材「イラブー」を買い求めるシェフもいました。
そして夜は、老舗沖縄料理店「月桃庵」で「イラブー汁」をはじめとした郷土料理や沖縄食材の創作料理を味わいました。琉球料理伝承人でもある料理長の屋比久保さんからは、琉球料理の食材や料理方法について、貴重な話しをお伺いすることができました。
「産地見学会」2日目のこの日は、まず糸満市西崎町の道の駅「いとまん」へ。約9000坪の広大な敷地に、JAファーマーズマーケットいとまん「うまんちゅ市場」や糸満漁業協同組合「お魚センター」など4つの施設が集合した観光客にも人気のスポットです。
ゴーヤーやマンゴーなどの有名な野菜や果物以外にも、島唐辛子やウンチェー(空芯菜)、モーウイ(赤瓜)、ピィパーズ(島こしょう)、パッションフルーツ、レンブ(ジャワフトモモ)、生モズクなど、沖縄ならではのめずらしい野菜や果物、魚介類にシェフたちは刺激され、買い物カゴをいっぱいにしていました。
「夜に食べたモーウイの醤油漬けがおいしくて、一度使ってみたい食材でした。レンブもおもしろい果物で、色もキレイだし、浅漬けにしてみたいと思いました」。沖縄出身の「八雲うえず」の上江洲さんでさえ、初めて見る食材がたくさんあると目を輝かせていました。
「見たことのない野菜ばかりで、豚肉に合わせて、いろいろ使ってみたくなりました」と話すのは「日本料理 佐とう」の佐藤さん。「食べたことのないものを味わってみたい、未知の体験的な楽しさがある」と市場を楽しんでいました。
「フィリップ・ミル 東京」の中村さんは「沖縄ならではのフルーツがたくさんあることが魅力。柑橘類も種類が豊富で、香りもよいので、皮を香り付けに使い分けてみたい」と、マンゴーや島バナナ、ドラゴンフルーツ、レンブ、ミズレモンなど、たくさんの果物を買い求めていました。
この日のランチは、最後に訪れる株式会社福まる農場の「きびまる豚」が味わえる、那覇市首里のとんかつレストラン「YAMASHIRO」へ。沖縄アグー豚以外にもおいしい豚肉があることを伝えたいというオーナーシェフの山城徳人さんが営む、極上のとんかつと琉球料理、沖縄県産食材にこだわった料理が楽しめるお店です。
厳選した沖縄県産豚肉を低温でじっくりと揚げ旨味を引き出したとんかつは、ソースではなく塩やオリジナルマスタード頂くこだわりの逸品。
また、コースメニューでは豚肉だけではなく、沖縄県産食材の前菜や琉球王国宮廷料理を味わうことができます。
ここでもシェフたちはそれぞれの料理に興味を示し、食材やその料理方法について意見を交わし、語り合っていました。
「産地見学会」最後は「きびまる豚」で有名な南風原町の株式会社福まる農場の豚舎と加工施設を見学しました。
きびまる豚は、上質な和牛のように細かいサシが入った肉質が特徴の三元豚。豚肉の脂身が溶ける温度は通常37度から38度ほどといわれていますが、きびまる豚はおよそ30度。きめが細かくやわらかな肉質で、旨味のある、まろやかで上品な仕上がりになっています。琉球大学と連携した成分分析でも、おいしさを感じる旨味成分が他の豚肉より豊富に含まれていることが分かっており、味の奥行きやコクに優れているとの評価を得ていると、案内して頂いた営業企画部部長の崎原秀俊さんと営業部の崎原太位作さんは話します。
「厳選した水と沖縄で古来から生育する薬草類や紅芋、サトウキビの糖蜜を中心に独自にブレンドした飼料を与えています。豚の睡眠時間や飼料の量、生活リズムなどを知るために、豚舎に寝泊まりして試行錯誤を繰り返し、ようやく今の形にたどり着きました。病気になりにくい豚を目指し、長年の研究の末に完成させた自慢のエサです」
同社では、飼料製造から養豚事業、精肉加工、販売までの一貫した工程を自社で行い、安心・安全な豚肉と加工品を提供しています。また、温度や湿度の調整、換気や自動ふん尿処理などの管理システムで病原菌を入れない仕組みを導入。本来きれい好きである豚にストレスを抱えさせない、快適な環境作りに努めているといいます。
加工場では、皮ごと切り分ける三枚肉(バラ肉)や、骨に肉を残して捌くソーキ(スペアリブ)など沖縄式の解体方法をはじめ、各部位の肉質の特徴や主な料理方法の解説を聞きながら、実際に枝肉から部位ごときに切り分ける解体の工程を見学しました。福まる農場ではレストランなどへ直接販売しているので、特別な部位など細かく指定し仕入れることができるのも魅力のひとつと話します。
「一般的な流通では販売していない部位や精肉方法を指定できるのも魅力に感じました。今まで使ったことがない部位など、手に入れることが可能なら積極的に使ってみたい。どんな料理が生まれるか今から楽しみ」と、シェフたちはうれしそうに話していました。
1泊2日で沖縄本島北部から南部を巡った今回の「産地見学会」。沖縄料理や沖縄県産食材への理解を深めると共に、沖縄の食文化の奥深さを強く感じる旅となりました。
photo: Naoki Yasumura