シェフに聞く、料理王国アカデミーサロン ~ vol.8 フロリダ産のグレープフルーツを美味しく調理 中村哲也シェフ(フィリップ・ミル 東京)


日々、料理に研鑽を重ねているのは、シェフも料理家も同じ。
一方で、シェフが飲食店でゲストに料理を提供するのと、家庭料理のコツを教えるのでは異なる視点が必要だ。
そこで、生産者、プロのトップシェフ、料理家の三者の交流を広げ、互いに刺激し合い、ともに料理業界を盛り上げる。
そんな新しいコミュニティを構築するためにスタートした企画が、この「料理王国アカデミーサロン」。
今回は、東京ミッドタウン「フィリップ・ミル 東京」の中村哲也シェフに4人の料理家が学んだ。

“サンシャイン・ステイト”で育まれたフロリダグレープフルーツは大玉で甘味と酸味のバランスが絶妙

1800年代前半に、フランスの貴族、オデット・フィリップ伯爵によってアメリカにもたらされたグレープフルーツ。1823年には最初のグレープフルーツ果樹園が誕生したと伝わる。それから約200年。生産量でも品質でも世界のトップクラスと言われるようになったのが、フロリダ州だ。なかでも大西洋に面したインディアンリバー地区は、その生産量の7割以上を占めるといわれる一大生産地。理由は、インディアンリバー地区ならではの自然環境が要因とされる。

もともとフロリダ州は1年を通じて温暖な気候で「サンシャイン・ステイト(日光の州)」と呼ばれている。特に海沿いに位置するインディアンリバー地区は亜熱帯気候に属し、降水量も多い。しかも、大西洋に沿って続く大地は起伏が少なく、カルシウムやミネラルが豊富。わずか60〜90m下には地下水脈まである。つまり、グレープフルーツの栽培に適した土地なのである。

グレープフルーツの木が並ぶフロリダ州の果樹園。

そんな土地で栽培されたフロリダグレープフルーツは果汁が多く、バランスのよい甘味と酸味が特徴。たっぷりとした果肉や健康によいさまざまな成分が含まれている点も、大きな魅力だ。ビタミンCをはじめ、ビタミンA、葉酸、カリウム、カルシウム、食物繊維など、多くの栄養素が含まれている。そのまま食べるだけでなく、サラダやデザート、メインディッシュなど、さまざまな料理の食材としても大活躍してくれるというのも、嬉しい。また、フロリダ グレープフルーツはサイズも豊富に揃っている。42.5ポンド(約19kg)のカートンボックスに27個入れば〝27玉〞、といった具合に分けられていて、18玉から64玉までのサイズがある。日本に輸入されているものでも、23玉から48玉まで6サイズが揃うそだ。サイズのバリエーションが豊かなのも、使い勝手がよいと言えるだろう。

皮が薄く、大玉のフロリダグレープフルーツは、甘味と香りのバランスもいい。

そんなフロリダグレープフルーツの魅力を引きだすレシピ作りに、「フィリップ・ミル東京」の中村哲也シェフの力を借りた。「グレープフルーツはよく使いますが、甘味はあるけれど香りがなかったり、その逆だったりすることも多いんです。でも、このフロリダ グレープフルーツは甘味と香りのバランスがとてもいいと感じました」と、中村シェフもその品質を高く評価する。

フロリダ グレープフルーツ
世界屈指のグレープフルーツ産地として知られるアメリカ。なかでもフロリダ州は、アメリカ産グレープフルーツの約40%を占めるアメリカ最大の産地として知られる。特に太平洋沿いの南北約300km広がるインディアンリバー地区は、太陽の光に恵まれた亜熱帯気候の土地で、降雨量も多い。海沿いのため、土壌は海水の影響でカルシウムやミネラルも豊富だ。そんな大地に育まれたフロリダ産グレープフルーツは、皮が薄くて果汁が多く、糖度と酸度のバランスがとれた世界最高品質のグレープフルーツといわれている。

フロリダグレープフルーツをバイプレーヤーとして使いつつその魅力を効果的に皿に活かす

2021年末にスタートした「シェフに聞く、料理王国アカデミーサロン」も、今回で8回目。料理界の第一線で活躍するシェフと料理家を食材を通して繋ぐ場として、毎回、好評を博している。

今回、講師役として登場してくれたのは、東京ミッドタウンガーデンテラスにあるフランス料理店「フィリップ・ミル 東京」の中村哲也シェフだ。テーマ食材は、2月から4月までが旬のフロリダグレープフルーツ。

「試食してみて、フロリダグレープフルーツは甘味がしっかりしていて、その甘味と酸味のバランスがとてもよいと感じました。皮が薄めで、果汁も多い。苦味もほかのグレープフルーツと比べて少ないように感じます」と中村シェフは話す。このジューシーな果物を、どのような料理に仕立て上げるのだろうか。

オマールブルーとブイヨンの旨味
オマールブルーとビーツの味わいに、フロリダ グレープフルーツの甘味と香りがアクセントを添える。

まず、ひとつ目は「オマールブルーとブイヨンの旨味」だ。主役はあくまでも、オマール海老のなかでも最高級品といわれるオマールブルー。有塩バターを乗せてラップをし、54度のオーブンに入れ火を入れる。

「オマールブルーはブランシールし、腹の部分の殻を割り、両サイドの殻を開きながら剥くと剥きやすいです」と中村シェフ。

次はソース。甘エビで作ったブイヨンを煮詰め、ハイビスカスを入れて酸味と色を加え、アンフェゼしてから濾す。さらに、くず粉を加えて軽くとろみをつける。

付け合わせのビーツは薄切りにして巻き、円柱形に形を整える。大きさは直径3.5cmほど。型に入れて溶かしバターをかけ、オーブンでゆっくり20〜30分間火を入れる。「ビーツ・キオッジャは火入れした後、赤ビーツのジュースに浸け、淡いピンク色にします」と中村シェフ。

巻いたビーツは型に入れて、オーブンでゆっくり火を入れる。

あとは、皿にオマールブルー、ビーツのスパイラル、軽くコンフィしたグレープフルーツ、桜の花びらに切った赤タマネギのピクルスを盛り付け、ソースをかければ、オマールブルーのひと皿の完成だ。「ハイビスカスの酸味の代わりに、フロリダグレープフルーツのジュースを少し加えても美味しいと思います。ただ、フレッシュ感が弱まるので、フロリダグレープフルーツを使う場合は、火をあまり入れない使い方の方がいいと思います」とは、中村シェフからのアドバイス。

フロリダ グレープフルーツは皮をむき、白いスジなどもきれいに除いて小さく切る。

ビーツのスパイラルの上に乗っている球状のものは、シャンパンを固めた粒。オマールブルーといい、シャンパンの粒といい、高級食材が揃うなかで、フロリダ グレープフルーツの甘味や酸味、ほのかな苦味が、より全体の味を引き締めている。これぞ、名バイプレーヤーの真骨頂だ。

ズワイガニの冷前菜
さまざまな食材の味わいや食感が絶妙なバランスで混ざり合いつつ、フロリダグレープフルーツの爽やかな風味が効いている。

続いては「ズワイガニの冷前菜」。こちらはまず、黄色いビーツを皮ごとオーブンで火を入れて、小さめのさいの目に切る。ズワイガニ、エシャロット、アクセントとして少量のショウガ、オリーブオイル、塩、シブレットを合わせたサラダを作る。トマトを半分に切り、塩を振ってミキサーにかける。ボウルとザルの上に紙を乗せ、その上にミキサーにかけたトマトを流し、重石をしてゆっくりトマトの液体だけを抽出する。この段階になると、トマトの赤い色はない。こうしてクリアなトマトのジュができたら、味が乗るまで煮詰め、そこに塩を加え、増粘剤を入れてムース状にする。こうすることで、軽い食感のエスプーマができる。

ズワイガニ、エシャロット、少量のショウガ、オリーブオイル、塩、シブレットを合わせる。

一方、フロリダグレープフルーツの果汁には3%のアガーを加え、火を入れてこれを完全に溶かす。氷水を入れたボウルにサラダ油を入れた容器を置き、フロリダグレープフルーツの果汁をスポイトで吸い上げ、サラダ油のなかに一滴ずつ落としていく。すると、キレイな球形のフロリダ グレープフルーツ果汁の粒が出来上がる。(前出の〝シャンパンの粒〞も、同様にして作る)。

こちらは前出のシャンパンの粒。サラダ油から上げたら湯で洗って油分を落とす。作り方はグレープフルーツの粒も同じ。

ここまで下準備をしたら、丸い型に火入れした黄色いビーツを敷き、その上にズワイガニのサラダを詰め、キャビアをたっぷり乗せて皿に盛る。周りに、小さく切って塩を振り、オリーブオイルをかけたフロリダ グレープフルーツ、マリネして小さく切ったフルーツトマトを盛り付け、エスプーマを添える。キャビアの上に、グレープフルーツの粒と金箔を添えれば、「ズワイガニの冷前菜」の出来上がり。こちらもズワイガニの味わいにグレープフルーツの味や香りが加わることで、春らしい爽やかな風味が口中に広がる。

小さく切ったフルーツトマトやフロリダグレープフルーツを盛り付け、キャビアの上に金箔を乗せる。

六本木の高級フレンチレストランの厨房で、中村シェフが調理する姿を間近で見ながら、実践的な料理の勉強ができた2時間。料理家の方々の細かな質問にも丁寧に答えてくれる中村シェフとの時間は、有意義で得がたい経験になったようだ。

【問い合わせ】フロリダ州政府柑橘局日本事務所 
https://www.floridacitrus.jp/grapefruit/

中村哲也

1977年、埼玉県生まれ。南フランスとアルザスで3年半余り修業をし、ひらまつの店舗で研鑽を積んだのち、2019年4月に「フィリップ・ミル東京」の料理長に就任。東京のキッチンで、フィリップ・ミルが追い求める独自の料理をお客様に提供するべく、一切妥協のない最高の料理を日々追求している。

フィリップ・ミル 東京

東京都港区赤坂9-7-4
東京ミッドタウン ガーデンテラス 4F
TEL:03-5413-3282
11:00~15:30(14:00LO)、17:30~23:00(21:00LO)
火休(祝日の場合は翌日)

浦田深雪 ラ・ネージュ・グラッセ

管理栄養士の資格を取得。ル・コルドンブルー東京校で料理、製菓を学び、料理ディプロマ修了。料理教室を主催するほか、レシピ提供、企業の商品開発など幅広く活動中。
https://www.instagram.com/miyuki.urata.9/

今日はグレープフルーツがテーマということでしたが、実際に作られた料理はグレープフルーツが主役ではなく、メインの食材を引き立たせるためのアクセントとして使われているところが、非常に面白いと感じました。これがないと、やっぱりちょっと寂しい。これがあるからこそ、メインの食材が引き立つ。グレープフルーツを、見た目の彩りではなく味の彩りやアクセントにするという使い方は、とても勉強になりました。

小松友子 Bonheur

食育インストラクター、調理師、SNSインフルエンサー、動画クリエイターとしても活動中。料理・パン・お菓子のあらゆるジャンルから健康で幸せになれるアイデアを提案。
https://www.instagram.com/bonheurpan/

私は甲殻類があまり得意ではないので、正直、どうしようと思いました(笑)。でも、グレープフルーツの魔法というか、メイン食材とグレープフルーツの相乗効果のお蔭でグレープフルーツも美味しいし、エビもカニも美味しい。こんなに甲殻類が美味しいと感じたことはなかったので、シェフの感性やテクニックに感動しました。シェフのお人柄も分かりましたし、その人柄が料理にも現れていることも改めて実感。勉強になりました。

むらきじゅん Super Beauty Recipes

フードスタイリスト、フードコーディネーター。フランス料理留学を経て、帰国後料理教室を主催。また、企業の商品開発やレシピ開発、商材撮影スタイリングなどを多数手がける。
https://www.instagram.com/murakijun/

シェフが気さくな方で、とても楽しかったです。質問もしやすく、勉強になることばかりでしたけれど、なかでもグレープフルーツという食材をイメージにとらわれず、いろいろな角度から他の食材と合わせていくという点が勉強になりました。また、厨房の中でもフードロスや地球環境などに気を遣っていらっしゃることが分かったのも、よかったです。

坂東万有子 SOY食クッキング

料理家。大豆ミート料理研究家。料理教室、企業レシピ開発、コラム執筆を行うほかメディア出演など多岐にわたり活動。著書に「大豆ミート の楽うまレシピ」(河出書房新社)等。
https://www.instagram.com/mayuko_bando/?hl=ja

予想を超えるお料理で新しい経験をさせていただきました。グレープフルーツのフレッシュ感を失わないコツなど、中村シェフには沢山の調理法を出し惜しみなく教えていただきました。季節感たっぷりの華やかな料理に「フィリップ・ミル 東京」さんらしさが随所に感じられたのも勉強になりました。

教えて、シェフ!

Q. オマール海老の火入れ、家庭では?

A. 湯を沸かして塩と酒を少し入れ、火を止め、オマール海老をゆっくり入れればOKです。

Q. フロリダ グレープフルーツのルビーとホワイトの味の違いは?

A. ピンクの方は甘さの余韻があり、白の方が酸味がはっきりしていてほのかな苦味があると感じました。

Q. エスプーマがないときは?

A. 液体にゼラチンかくず粉などで濃度を付け、泡立てることもできます。

Q. 赤と黄色のビーツの使い分けは?

A. 赤より黄色い方が甘味を感じ、穏やかな大地の香りを感じるため、前菜には黄色を使いました。

text: Shoko Yamauchi photo: Hiroyuki Takeda

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