福島・浪江町の“今”を食で伝える 「浪江フェア」レセプションレポート / 東京・日本橋「ラ・ボンヌターブル」


10月1日より、都内のレストラン3店で「浪江フェア」がスタートした。福島・浪江町は、震災・原発事故・風評被害に長く苦しめられながらも、生産者たちが少しずつ挑戦を積み重ね、料理人たちを魅了する食材の宝庫として知られるようになった。今回はフェア開催に先立ち、9月22日に東京・日本橋「ラ・ボンヌターブル」で開かれたレセプションの様子をレポートする。会場には町の復興を支える人々が集まり、中村和成シェフが手がける一皿一皿に、浪江の“今”が映し出された。

「食べてもらえればわかる」浪江食材の力を伝えるフェア

福島県・浪江町は東日本大震災と原発事故により全町避難を余儀なくされ、かつて2万2千人を数えた人口は一時ゼロとなった。国や県、町が一体となって復興を進め、8年後にようやく一部地域の避難指示が解除。現在の居住人口は約2200人にとどまる。

製造業は2020年に操業を再開。農水産物は世界的にも厳しい水準の検査体制を整え、現在もなお安全が担保された食材のみが市場に流通している。その厳格さを知る業界関係者の間では「日本で最も安全な食材」との評価を受けながらも、町の産業は根強い風評に苦しめられてきた。

「食べてもらえればわかる」。10月1日から始まった「浪江フェア」もまた、浪江食材の品質を体感してもらうための取り組みである。

「正直、最初は難しいのではと思いました」。浪江食材のコースをまかされたときの率直な気持ちを、中村和成シェフはそう振り返る。

ところが、サンプルで届いた食材を見て、その印象は一変した。日本有数の産地と比べても遜色がない。さらに梱包や流通体制も含め、すべてのクオリティが高いことに驚かされたという。「これならできる、という確信と、取り組みたいという衝動に駆られました」。

その後、初めて浪江町を訪れたシェフは「まさに食材の宝庫。質の高さに加えて、浪江の食材は驚くほど力強い」と語る。

「今日は、浪江食材だからこそ味わえる、浪江町の風土を感じていただけるような料理を作りました。どうぞ楽しんでください」。レセプションが幕を開けた。

「ラ・ボンヌターブル」中村和成シェフによる浪江町視察の様子はこちら

会場には浪江町の生産者らをはじめ、国内外のインフルエンサーが集った

スタートを飾るのは浪江の復興を象徴する食材と器

“請戸もの”のヒラメとホッキ貝を大堀相馬焼の皿で

コースの前に、まずは“請戸もの”の質をダイレクトに感じてほしいと、請戸漁港で水揚げされたヒラメとホッキ貝の刺身が登場した。身は透き通るように美しく、豊かな歯ごたえと広がる海の香りに酔いしれ、ふと会場が静まる。

“常磐もの”の原点であり“請戸もの”と呼ばれる請戸漁港の魚介。震災前から“浪江の顔”として愛され、現在も中央卸売市場で高く評価されている。その質の高さの理由は、親潮と黒潮が交わる潮目の海がもたらす豊かな漁場に加え、漁師や仲買人が手間を惜しまない丁寧な扱いにある。

この刺身を盛り付けたのは、浪江を代表する伝統工芸「大堀相馬焼 陶吉郎窯」の皿。震災で多くの窯元が被災したが、陶吉郎窯は「大堀の地でなければ意味がない」という当主の強い思いから再興を果たした。青磁の器に刻まれた二重焼きのひび模様が、食材の透明感をいっそう際立たせている。

乾杯は鈴木酒造店の磐城壽純米吟醸「壽こすもす」

浪江町の新たな食材が要!冷製スープ仕立ての前菜

ここから中村シェフによるコースが始まる。

一皿目は、ホッキ貝に桃を合わせたガスパチョ。甘い果実と貝の旨みという意外性のある組み合わせにキュウリのサルサヴェルデが爽やかさを添え、全体をまとめ上げるのは、昨秋に商品化されたばかりの100%浪江町産オリーブオイルだ。

ホッキ貝と桃のガスパチョ、胡瓜のサルサヴェルデ、オリーブオイル
Hokki Clam and Peach Gazpacho, Cucumber Salsa Verde, Olive Oil

さっと火を入れたホッキ貝を桃と合わせる。火入れの際にあふれ出た貝のジュースをトマトと合わせてガスパチョ仕立てに。きゅうりと生姜を効かせたサルサヴェルデが爽やかなアクセントを添え、仕上げに浪江町産のオリーブオイルをひと振り。
「ノアのオリーブ園」の加藤修さん
100%浪江町産オリーブオイル

会場にはオリーブオイルを生産する加藤修さんも訪れ、誕生の背景を語った。震災後、「この町で何を作るべきか」を夫婦で話し合い、奥さんの「地域に希望を届けたい」という思いに後押しされて挑戦を決断。現在は娘や息子も加わり、家族ぐるみの挑戦へと広がっている。

見た目にも色鮮やかな一皿目の登場に会場は湧いた。「味の階層がとても複雑で、桃がガスパチョに合うとは発見でした」「どの食材が欠けても成立しない絶妙なバランス。オリーブオイルの余韻がいい」と参加者の声。

中村シェフもオリーブオイルを「香りや収穫直後の空気感を東京で再現できる食材」と評し、料理全体を支える“基盤”となったことを強調した。

“珍しい”挑戦を導く浪江食材の力強さ

二皿目は、浪江の食材にメキシコのスタイルを掛け合わせた、遊び心に富んだ前菜。中村シェフとしては“珍しい”ひと皿だが、「サムライガーリックの黒ニンニクは海外の食材との相性がよく、浪江のシラスも世界中の料理に応用できる力強さがある」ことから閃いた。

シラスと卵の王道の組み合わせに、黒ニンニクとナスのペーストが深みを与え、カジュアルながら記憶に残る前菜に仕上がった。「強すぎない味わいの中に、サムライガーリックの黒ニンニクだからこその奥行きがあり、しっかりと印象を残します」とシェフは語る。

シラス干し、青唐辛子のスクランブルエッグ、玉葱のタコス、焼き茄子と黒ニンニクのモーレ
Whitebait, Scrambled Egg, Onion Tacos, Grilled Eggplant and Black Garlic Mole

浪江産のシラスをメインに、下にはスクランブルエッグと焼き茄子に黒ニンニクを合わせたペーストを敷いたタコス。生地はメキシコの伝統製法にならい、マサ粉(トウモロコシ粉)を店内でプレスして焼き上げている。
ペアリングにはノンアルコールのクラフトコーラを添えた。サムライガーリックが手がける黒ニンニクベースのコーラに、中村シェフが辛味を加え、よりスパイシーに仕上げた。
サムライガーリックを手がける吉田さやかさん

会場には、サムライガーリックを手がける吉田さんも登場。浪江は相馬野馬追の文化が根付く地域。戦国時代から武将が“勝負に勝つ”ためにカツオにニンニクを合わせて食べる食文化があったが、浪江町にはニンニク農家がいなかった。

「馬の堆肥を活かした農業で、伝統と地域の食文化をつなげたいと考え、ニンニク栽培を始めました」と震災後に農業へ転身したストーリーも語られた。故事にちなんで名付けられた「サムライガーリック」には、地域の歴史や文化を未来へつなぐ思いが込められている。

黒ニンニクは、白いニンニクを約90度の環境で12日間発酵させて生まれる。サムライガーリックの黒ニンニクは糖度が60度を超え、濃密でフルーツのような味わいが料理人を魅了している。

中村シェフとWコラボレーションしたペアリングのクラフトコーラの仕上がりに感激した吉田さんは「このまま商品化したい」と話すと、会場は拍手に包まれた。

香ばしいパイとソースで際立つ“常磐もの”の旨み

三皿目は、浪江産ヒラメを主役に据えたパイ包み。ナイフをサクッと入れると立ち上るパイの香ばしさに負けない、海の旨みが広がっていく。

口当たりまろやかなガーリックのソースが、むっちりと肉厚ながらも身質がきめ細かいヒラメからあふれる旨みの輪郭を鮮明にしながら際立たせる。

冒頭で味わったヒラメの刺身との対比に驚くとともに、中村シェフはパイ料理の名手としても知られるが、その真骨頂を示すひと皿に会場ではためいきが漏れた。

平目のパイ包み、帆立貝と海藻のムース、ズッキーニ、サムライガーリックとジャガイモのソース
Flounder En Croute, Scallop and Seaweed Mousse, Zucchini, Samurai Garlic and Potato Sauce

黄金色に焼き上げたパイの中には、ふっくらと火が入った肉厚のヒラメを閉じ込めた。帆立と青のりのムースを重ね、ズッキーニの瑞々しい食感をアクセントに忍ばせる。
ソースはサムライガーリックのニンニクをベースに、じゃがいものなめらかなコクと浪江産玉ねぎの甘みを合わせ、仕上げに浪江産オリーブオイルの香りを添えて完成させた。
VTRで登場した柴栄水産の柴 強さん

会場では、ヒラメを提供した柴栄水産の柴さんによるVTRも上映された。

「処理水の海洋放出のニュースなどから、魚の安全性を不安に思う方もいるかもしれません。請戸漁港では震災後の再開以来、国の基準よりさらに厳しい検査を毎日実施しています。処理水放出後も、基準値を超える例は一度も出ていません」と強調した。

続けて、「魚は漁師の技術と扱いの丁寧さで質が決まります。そして、私たち仲買人の目利きと技術で最高の状態に高めたものをお届けしています。請戸ものは見た目も美しく、料理人からは『包丁を入れてみたい魚』と評されています」と胸を張り、その誇りが東京のテーブルに届けられた。

「ヒラメの食感にとろけました。ふわふわの身に、帆立のぷるぷる感と青のりの風味が重なり、噛むほどに海の香りが広がる」「にんにくのソースがやわらかい印象なのに、香ばしいパイに負けない存在感にあふれていた」と来場者の声。

ペアリングには、浪江産の梨を100%使ったジュースとシャーベットを沈めたノンアルコールドリンクと、福島県のオリジナル酵母2種をブレンドで醸される鈴木酒造店の純米吟醸「ふくりんりん」が用意され、料理の余韻を豊かに引き立てる。

料理人と生産者の思いが折り重なるひと皿に、会場全体が熱気に包まれた。

鈴木酒造店の純米吟醸「ふくりんりん」

プチプチ感が軽やかに弾けるデザート
黒無花果の甘さと薔薇の香りで上品に

黒無花果と薔薇、エゴマのパブロバ
Black Fig and Rose Pavlova with Perilla

浪江産の黒イチジクが主役の華やかなデザート。みずみずしくとろけるイチジクの甘みに、薔薇のアイスクリームとフランボワーズを合わせたバラのソースがふわりと香る。仕上げのメレンゲには浪江産のエゴマをローストして練り込み、軽やかな香ばしさと独特の粒感を添えた。

コースの最後を飾ったのは、パブロバならではの食感のコントラストが際立つデザート。浪江産黒イチジクに浪江産エゴマを掛け合わせ、軽やかに砕けるメレンゲに、黒イチジクのねっとりとした食感とアイスクリームのしっとり感を重ねた。

さらにイチジク、エゴマ、ラズベリーのそれぞれがもつ「プチプチ」とした粒感が響き合い、上品な甘みの中に軽やかなリズムを生み出している。

エゴマは韓国料理などで葉は広く知られているが、実については馴染みが薄い人も多い。中村シェフも今回が初めての挑戦だったという。

「ゴマとは異なる奥行きのある香ばしさと、プチッと弾けるような感覚が楽しい。穏やかな香りなので、料理に食感だけを加えたいときにも活用できる面白い食材」と語った。

ペアリングには、アーモンドミルクをベースにしたチャイティーラテを合わせ、上品な甘さのデザートを柔らかくスパイシーな余韻で包み込む。

「人は、プチプチ食感に弱い生き物なんです」と微笑むシェフの言葉通り、会場では幾重にも弾ける食感に思わず笑みがこぼれるシーンも。

参加者からは「イチジクの瑞々しい甘さに、ふわりと薔薇の香りが重なり、とてもエレガントな味わい。そこにリズミカルな食感が加わり、コースを締めくくるにふさわしいひと皿でした」との声も聞かれた。

トップシェフの技で伝える
東京で浪江町を味わうフェア開催

浪江の海と大地が育む食材を、中村シェフが巧みに昇華させた数々の料理を味わったレセプションは、浪江町に流れるのと同じような暖かな空気に包まれて幕を閉じた。震災を経て磨かれた食材の背景に触れることで、一皿ごとに浪江町の「いま」を感じられるひとときだった。

10月1日から、都内3店舗で「浪江フェア」が開催されている。東京にいながら浪江町の魅力を存分に味わえる、またとない機会だ。

請戸漁港の魚介や復興の歩みとともに育まれた農産物を、中村和成シェフをはじめとする料理人たちがどう表現するのか。ぜひ実際に足を運び、浪江の食材の力強さを体感してほしい。

浪江町フェア
開催日:2025年10月1日(水)〜31日(金)
参加店:
LA BONNE TABLE(ラ・ボンヌターブル)
東京都中央区日本橋室町2丁目3-1 コレド室町2 1階
03-3277-6055
https://labonnetable.jp/

LATURE(ラチュレ)
東京都渋谷区渋谷2-2-2
03-6450-5297
https://www.lature.jp/

車力門 おの澤
東京都新宿区荒木町6-39 GARDEN TREE1階
03-6457-8550

Text & photo: Yuki Kimishima

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