レストランでの美味と美酒というペアリングを、じっくり楽しむ機会が遠のいてしまった。では家で…といってもなかなか正解にはたどり着けなさそう。しかしワインテイスターであり日本酒のオーソリティでもある大越基裕氏からは「難しく考えないでまずは楽しんでください」とうれしい言葉。そこで日本酒と牛肉という、悩んでしまいそうな組み合わせを通じて、実は、かんたんに楽しめる、「おうちペアリング」のコツを教えていただく。
牛肉と日本酒を合わせる。とても難しそうに感じますがポイントを教えてください。
大越:部位といった素材よりも、料理と合わせると良いでしょう。冷製のもの、火を入れたもの、焼いたもの、煮たものでは味のバランスが変わってきます。簡単な例で言うと、牛肉を焼くとメイラード反応が起こって色が変わり香ばしくなる。あの世界観は、日本酒の熟成が進んで色が変わってくる様、キャラメルのような香りと同じ。ということは、ちょっと色のついた日本酒は焼いた牛肉との相性がいい。また、牛肉の脂は脂肪酸を持ち、日本酒も脂肪酸を持っています。カプロン酸エチルというものがあるのですが、これは大吟醸系の一部がもっているグリーンアップル系の香りに現れます。このマッチングが意外に悪くない。
料理の種類、そして温度帯と合わせていく。
大越:日本酒の楽しみの一つは温度の違いです。だから温度感の相性を探る。純米吟醸系の多くのものは温度を上げていくとバランスが崩れてしまう。よく冷えた香りのよい純米大吟醸とローストビーフの組み合わせはいかがでしょう。わさびと塩で合わせるとより相性の良さを楽しめます。同じ煮込みでも、ブッフブルギニヨン(牛肉の赤ワイン煮込み)のようなしっかり煮込んだものには複雑性のある熟成した酒を常温で。肉豆腐のようなマイルドな煮込みには山廃。甘味よりもうま味、酸味のある酒をぬる燗で。蒸した料理には、複雑さよりもシンプルでピュアな冷やした純米系を。
素敵なバリエーションですね。牛肉といえばワインという思い込みから解放されます。
大越:ワインは脂分があると、強い酸やタンニンで切って肉の味わいを引き出して合わせる。お料理の世界も脂が多ければレモンやスダチで脂を落としてバランスをとります。一方で日本酒は酸もタンニンもないので脂を落とせないんです。それから、日本酒はうま味と甘みとアルコールが三大要素。唯一引き締めるのはわずかな酸味、苦み。引き締める要素がほとんどない。ではどう考えるか。基本はうま味、甘みで脂の重さと合わせる。温度を上げると脂を解かせて、それで肉のうま味を引き出すことができます。これは日本酒にはできてワインにはできない、その反対もあって、どちらも魅力的。ワインだけ日本酒だけではない、そこからペアリングの世界は広がっていきます。
家では、神戸牛と灘の酒、というようなお取り寄せのペアリングを楽しみたいという方も多いかと思いますが、いかがでしょうか?
大越:日本には牛肉の産地がたくさんあるので、その産地の日本酒を合わせる。こうした精神的に気持ちの良いペアリングというのも素敵な楽しみ方だと思います。実際、ペアリングには「これしかない」というものはありません。法則性のある味や香り、化学的な一致といった理論ですべてが語れるわけではないんです。7割、8割は理論。2割、3割は感性の世界。理論から攻めていったとしても、それでは説明できない一体感や新しい世界が広がり、完成度が上がっていく。
脂肪酸と脂肪酸を合わせるといった化学的なアプローチとともに、気軽さ、感性でいろいろ自由に合わせてみる。
大越:どちらも新しい発見があっていいですよね。その中で押さえておきたいのは、牛肉と日本酒、互いを活かすということ。飲みやすいとか、どちらかの邪魔をしないとかではなく、一緒に飲んで食べたときに意味がある。でも、難しく考えずに。細かく考えればかなり追求できますが、まずは冷たくして魅力のある酒だから冷たい料理、温かい料理には温かい日本酒。ご家庭で楽しまれるならこれぐらいからはじめていい。また、牛肉にしても日本酒にしても、生産者との共感や自分の好みからの発想も大切にされてください。
狭めるではなく、まずは楽しく、自由に、ですね。
大越:ペアリングの結果ではなくペアリング自体を楽しむこと。合わないものがあってもいいし、「こっちのほうがよかったな」もあっていいじゃないですか。そして、ご自分なりのペアリングのコツがつかめたら、お店やレストランのプロの知識や経験も利用して、お酒のバリエーションを広げてください。
今後、家でも楽しむ時間が増えるでしょうから、いろいろな視点で自分なりのペアリングを探して、大いに楽しんでいただきたいです。
酸化熟成ではなく還元的に緩やかに熟成されるため、透明感とフレッシュ感をのこしつつ、熟成も味わえる。ぬる燗でマイルドな料理と合わせる。
逆に和の薬味と白ワインの組み合わせも面白い。大吟醸と共通するフレッシュながらも熟成したメロン、ユリ、桃のニュアンスとわさびのグリーン感が心地よく同じ世界に。
化学的アプローチによるテクスチャーの相性の良さはもちろん、華やかな世界観を持つ酒とローストビーフに添えられたわさびの華やかさ。“風味のハーモニー”としても好相性。
5年の熟成を経て、キャラメル香や紹興酒のようなうま味、酸味が現れる。常温で出てくるねっとりした感覚が牛煮込みと「テクスチャー」で手を取り合う。
「今の最新のカジュアルワイン、家で飲みたくなる世界のワインが紹介されています。フランス、イタリアだけではなく世界中のトレンドを知ることもできます」
「和のおつまみ74レシピと合わせて呑みたいおすすめの74酒。日本酒、ワイン以外にもビールやジンなど、ご家庭で多彩なお酒と合わせるヒントになるでしょう」
Motohiro Okoshi
国際ソムリエ協会認定 International A.S.I. Sommelier Diploma
WSET Sake Level 3 Educator
モダンベトナム料理店「An Di」(外苑前)「An Com」(広尾)オーナー
渡仏し栽培、醸造の分野を学び、帰国後銀座レカンのシェフソムリエに就任。2013年6月ワインテイスター/ソムリエとして独立。IWC,IWCCのシニアジャッジとして国際的なワインと日本酒の品評会にも招待されており、日本酒や焼酎のペアリングで、和食以外のレストランで明確に提案したパイオニアの一人。
text 岩瀬大二
本記事は雑誌料理王国2021年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2021年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。