【マッキー牧元の名店を支えるファインプレー】懐石 辻留「生け花」


懐石の正道を受け継ぐ﹁辻留﹂の料理は、四季を愛し、自然と共生してきた日本人としての、深謝の心に満ちている。その簡潔で素朴な料理には、命の本質に触れんともする凄みがある。

そこには、思いやりと潔さを込めた品格が流れ、毎日外食を繰り返す僕にとって、メモリをゼロに戻し、心を安寧に戻す、唯一の場所でもある。

料理はいずれも、凛として揺るぎなく、さりげない。「甘鯛幽庵焼き」は、日本酒、味醂、醤油が、甘鯛と同化し、精妙な焼き加減によって、たくましくも優しき味を醸し出す。だしのうま味が出すぎず、蕪の優しさを静かに支える「蕪のみぞれ汁」は、蕪の甘味と香りがゆるゆる広がって、幸せが満ちていく。

「賀茂茄子の田楽」は、茄子の身がきめ細かく、上あごと舌だけでとろけるように崩れていく。「あいなめのお椀」は、あいなめの甘味とつゆが滑らかに抱き合い、海の豊饒を誇りだす。

食べ進むごとに、料理から溢れ出る自然の恵みに感謝し、日本人の原点に触れる喜びで満たされる。そんな料理である。

以前、ご主人の辻義一さんに、お話を伺ったことがある。「旬のものを使う」、「持ち味を生かす」、「心配り」という懐石の三つの心を基本に、大切にしていることは、修業先であった北大路魯山人の言葉だとおっしゃっていた。

それは「自然をお手本にしろ」という教えである。わさびを盛るにしても、「きれいに盛るのではなく、すり下ろしたままに盛れ」と言われたという。しかしそれがいかに困難なことか。

タイとマツタケのお椀。季節の素材が、奥深いだしの味わいと香りに包まれ、豊かな感情が呼び起こされる。

「辻留」の部屋に踏み入れた時、まず四季の移ろいを感じさせるのは、生け花である。だが花たちは、一切の主張をしていない。主役の料理を引き立てるべく、静かに息づいている。

今、花を生けておられるのは、義一さんの次女、辻基子さんである。流派は、奈良・圓照寺に本家を置く、山村御流。「花は野に咲くように」が教えで、あるがまま素朴に生ける流派である。茶花に近い流儀が気に入り、15年程前から生けられるようになったという。

お客様の立場に立って、床の間を見る。季節を感じ、心を休めてもらえるには、どうしたらいいか。部屋の大きさやお軸、花器とのバランスを考え、細心に生けていく。しかし目立ってはいけない。料理の脇役として、ひっそりと咲く姿を目指す。

写真の花は、秋の生け花で、吾亦紅、おみなえし、ススキ、リンドウ、小菊である。5種類の花が生けられているのに、楚々として、人の気配がない。主の枝、奥行、つなぎといった決まりごとがありながら、野に咲く花のように振舞っている。

花本来のありようを大切にした生け方は、食材の持ち味をなによりも大切にという「辻留」の料理の精神に通じている。そして我々の心を静め、穏やかにして、料理を迎えるのである。

季節に合わせた生け花
この日は、ワレモコウ、オミナエシ、ススキ、リンドウ、コギクが生けられていた。生ける花は、東京・北青山「青山花茂本店」など、いくつかの花屋から仕入れているという。

Mackey Makimoto
立ち食いそばから割烹まで日々食べ歩く。フジテレビ「アイアンシェフ」審査員ほか、ラジオテレビ多数出演。著書に『東京 食のお作法』(文芸春秋)、『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)。写真左が著者、右は辻基子さん。

懐石 辻留
東京都港区元赤坂1-5-8 虎屋第2ビルB1F
03-3403-3984
http://www.tsujitome.com/

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絵鳩正志=撮影

本記事は雑誌料理王国第254号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第254号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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