“常磐もの”を使ったオリジナルコースを、東京・麻布台の中華レストラン「Series」で11月30日まで提供中だ。福島県いわき市沖の豊かな潮目の海が育てる水産物は、古くから一目置かれる存在だった。震災と風評を乗り越え、その価値を“味で伝える”試みが今、首都圏各地で行われている。コース提供に先駆け、金子優貴シェフがその魅力を表現したレセプションが11月4日に開催された。その模様をレポートする。

親潮と黒潮が交わる“潮目の海”で育まれた、いわき市沿岸の魚介類は身の締まりや脂のりに優れ、古くより“常磐もの”として市場関係者から高く評価されてきた。
しかし、2011年の東日本大震災と原発事故の影響で漁は長期間にわたり制限。その後、風評を乗り越え通常操業へと移行する中、2023年からのALPS処理水の海洋放出を機に、再び風評が懸念されている。

こうした背景のもと、いわき市では“常磐もの”を地域ブランドとして打ち出し、その魅力を“味の力で伝えるフェーズ”へと舵を切った。
ユニークなのは、“常磐もの”は、魚介類や加工品だけでなく、漁の技術や設備、流通、人の手までも含めている点。“いわきの誇り”であると同時に、品質向上への責任と決意を感じさせる。
産地と消費地をつなぐ取り組みとして、10月から来年2月にかけて首都圏各地で「いわき常磐ものフェア」を開催している。鮮魚専門店や飲食店などで、その魅力を“味わう”ことができる。

その一環であり、“常磐もの”の新たな価値を創造する象徴的な取り組みが、東京・麻布台「Series」でのフェアだ。
若手トップシェフの一人である金子優貴さんが、“常磐もの”や、いわき産の農産物などを使い、オリジナルのコース料理を考案。世界に発信力を持つミシュランシェフの感性によって、プロをも唸らせる“常磐もの”の可能性を体現する。

「いわき市とは、これまで縁もゆかりもありませんでした」と、メディアや関係者を招いたレセプションの開催を前に、金子優貴シェフは語る。
「だから、こうした機会をいただけること自体が貴重でありがたく、多くの発見がありました。今回のフェアを通じて、いわきの食材の豊かさとおいしさを、より多くの方に知っていただけたら嬉しいです」と笑顔を見せた。シェフにとっても、食材の新しい価値を発見する場となったようだ。

レセプションのオープニングでは、内田広之いわき市長が挨拶に立ち、「“おいしい”という体験こそ、風評を払拭するいちばんの近道」と力を込めた。
続いて、登壇した福島県漁業協同組合連合会の渡辺浩明さんは、水揚げ量の安定的な増加や品質向上への取り組みを報告すると、東京魚市場卸協同組合の山中雅人さんも「豊洲市場での集荷量も増えており、首都圏でもっと多くの料理人に使ってもらいたい」と期待を寄せた。

レセプションでは、フェアで提供されるオリジナルコースの一部が振る舞われた。その幕開けを飾ったのは、“常磐もの”を代表するヒラメの一皿だ。
「まずはヒラメの美しさを目で楽しんでもらいたい」とヒラメの刺身と薬味を盛り合わせた大皿が各テーブルで披露されると、会場は期待にざわめき、コースの始まりにふさわしい高揚感が広がった。

高級魚として知られる“常磐もの”のヒラメは、震災後の休漁期間を経て数を増やし、現在は大型サイズのみを水揚げしている。なかには1メートルを超える個体も珍しくなく、厚みのある身は脂がのり、裏が透けるほど透明度が高い。
「フェア前の試食でヒラメが抜群においしかったので、ぜひ使いたいと思いました」と金子シェフ。火を入れるよりも生でこそポテンシャルが生きると考え、広東料理の冷菜「鳳城魚滑(ホウセンユウワ)」に仕立てた。

新鮮なヒラメに千切りの香味野菜を合わせ、柑橘の酸味と山椒を効かせたドレッシングで軽やかに。もっちり、ねっとりとしたヒラメの食感に、揚げたワンタンの皮とナッツの歯ざわりが弾むように重なる。
乾杯も含め、1杯目のペアリングには柑橘のニュアンスを持つシャンパーニュを合わせた。山椒の爽やかさにマッチし、ドライな泡のキレが油を流し、余韻をすっきりと締めくくる。

コースのみを提供する「Series」では、ディナーは全24~26皿構成と、多彩な品を少量ずつ味わえるのが魅力だ。2カ月ごとに内容を刷新し、季節感のある食材選びを大切にしているという。
「個人的な思い入れなんですけれど、僕、メヒカリがとても好きで。今回、食材として扱えるのがとても嬉しかったですね」と金子シェフ。毎年この時期に楽しみにしている味のひとつだと目を輝かせた。

常磐沖は全国有数のメヒカリの好漁場で、いわき市の魚にも選ばれている。“常磐もの”のメヒカリは皮が薄く、脂のりがよいのが特徴。地元では唐揚げがソウルフード的な存在として親しまれている。
「今回のコースでは、食材の持ち味を損なわずに中華の要素をどう融合させるかがテーマでした。メヒカリは油との相性がいい。唐揚げという定番のイメージを活かして、春巻き仕立てにアレンジしました」と金子シェフは語る。

春巻きのパリッと軽やかなクリスプ感に、唐揚げしたメヒカリのサクッとした歯切れが重なる。内側からほろりとほどける白身の柔らかさや、脂の甘みが口いっぱいに広がると、テーブルに自然と笑顔がこぼれる。
合わせるのは、メヒカリの唐揚げに合うクラフトビール「JOBAN ALE(ジョウバンエール)」。穏やかな苦味とすっきりとした喉越しが特徴で、いわき市とサッポロビールが若手漁業者らとともに開発した限定醸造だ。いわきの海を思わせる青みを帯びたビールが提供されると、会場から歓声が上がった。


続いて登場した3皿目は、いわき産の野菜を贅沢に使った多品目の炒めもの。
いわき産野菜もまた、いわきの食文化を彩るもう一つの大きな魅力となっている。いわき市は東北地方の中では温暖な気候に恵まれ日照時間が長いことから、露地・ハウス栽培の双方が盛んだ。とくに露地ものは秋から冬にかけて、多くの野菜が出荷される。
「お野菜自体の味がとても良かったので、できるだけストレートに味わっていただきたい」と金子シェフ。野菜ごとに火入れと下処理を変え、最後に合わせて炒めあげるという、手の込んだアプローチだ。
いわきの伝統野菜・オカゴボウは、低温からじっくり油にかけ、中心はほくほく、外側は香ばしく仕上げられる。ニンジンは土の香りを活かすため、塩と砂糖を加えた湯で短時間だけボイルした。
マコモダケは表面を軽く焼いて香りを引き出し、シイタケやエリンギは高温で“面”だけに色をつけ、塩糖水で茹でることで油を落とし味を含ませた。ネギは香りを最大限引き出すように炒め、菜花はそこに加えてさっと火を通し、シャキシャキした歯ざわりを残した。
塩のみであっさりと仕立てた炒めものは、それぞれの火入れが織りなす多層的な風味と食感が印象的で、どこか和食の炊き寄せを思わせる。料理全体をまとめ上げるペアリングには、フランス・アルザスの透明感のあるリースリングが選ばれた。


米の生産量が全国トップ5に入る福島県。いわき市でも、太平洋沿岸の平坦地から標高の高い山間部まで市域ほぼ全域で米づくりが行われており、その一翼を担っている。
「今回使用したのは、サクライファームさんが手がける“いわき産コシヒカリ”です。粒が一つ一つしっかり際立ち、食感があるお米でしたので、その特長を最大限に活かせる料理を考えたとき、やはり当店のスペシャリテに合わせたいと思いました」と金子シェフ。

「フカヒレ土鍋煮込みご飯」が登場すると、会場の空気がぱっと華やいだ。熱々の土鍋に炊き立てご飯をよそい、フォアグラや鴨肉から取った濃厚な金湯(ガムトン)スープでじっくり煮含めたフカヒレ餡をとろりとかける。餡をまとった米はふっくらとしながらも噛めば弾力があり、ところどころに生まれたおこげが香ばしさと奥行きを添える。
ペアリングは、いわき市の小さな酒蔵・四家酒造店の「清酒 又兵衛 純米吟醸 夢の香」。「透明感のある香りと、口に広がる芳醇な味わいがよく合う」と金子シェフが選んだ一杯で、福島県産オリジナル酒米“夢の香”を使った素直でまろやかな味わいが、フカヒレご飯の余韻をさらに豊かに引き立てていた。

金子シェフが“常磐もの”といわき産食材をもとに組み立てた4皿からは、素材が持つ力とシェフの発想が鮮やかに伝わってきた。
その余韻のなかで、専門店としてフェアに参加する中島水産のスタッフに話を聞いた。「私たちは魚のプロとして“常磐もの”の魅力を理解しているつもりでしたが、今日のお料理を食べて、改めて“もっと評価されるべきだ”と感じました」と語る。
とくに、ヒラメやメヒカリについては「魚としての価値はあっても、“常磐もの”としての認知はまだ十分とは言い難い」と指摘する。「この魅力を伝えていく役割こそ、レストランや私たち小売の使命。もっと多くの方に、このおいしさを知ってほしい」と、現場ならではの実感がにじんだ。
会を終えた金子シェフは「僕自身、いわきの食材を使わせていただくのは初めてでしたが、想像以上に素晴らしい。今回のコースが“常磐もの”に興味を持っていただくきっかけになれば嬉しい」と笑顔を見せた。
首都圏にいながら、産地の息遣いと“本当のおいしさ”に触れられる貴重な機会。ぜひ実際に足を運び、“常磐もの”といわき産食材の滋味を体感してほしい。
いわき“常磐もの”フェア
開催日:2025年11月1日(土)〜30日(日)
Series(シリーズ)
東京都港区麻布台3-4-11麻布エスビル 1F
03-5545-5857
https://series-restaurant.com/
Text & photo: Yuki Kimishima
