2026ロンドンの飲食トレンドは? 仕掛けは上々「Nora」に見るサバイバル・ヒント


2026年「トリップ・アドバイザー」のグルメ部門で堂々1位に輝いたロンドン。世界中から富と技術が集まるこの街の飲食は確かにトップレベルだが、マーケットは未曾有の物価上昇への対応も迫られているのが現状だ。

ロンドンはかつてない物価上昇により、飲食業界の消費動向も変わりつつある。2026年のレストラン・トレンドも間違いなく物価高の影響を受けており、消費者は二手に分かれつつある。景気に関係なく話題の高級店に向かう富裕層と、むやみに上昇中の物価に対して牽制的な動きをとる一般消費者である。ロンドンにおいては両マーケットともに堅調で、後者に関しては以下のような動きが見られる。

  1. リーズナブルな価格で本格的な味を実現しやすい地中海料理やアジア料理の人気再燃。ギリシャやトルコなどの定番に加えて、新感覚の点心やワンタン、ヌードルの店、タイやスリランカのトレンディ店など、アジア料理にも注目店が多い。
  2. 一皿15ポンド以内で食べられるメイン料理が魅力の屋内フード・ホールの躍進。フライド・チキン、バーガー、アジア料理などクオリティを重視した内容とお祭り的な活気が世代を問わず支持されている。
  3. オールデー・ダイニングの活用。切れ目のない営業で朝食、ブランチ、ランチ、軽食、ディナーに対応するブラッセリーは比較的リーズナブルな価格帯が多く、お得なセット・ランチ、プレシアター・メニューにも力を入れている。
  4. 賃貸料金が高い中心部をはずしたエリアの良店進出。季節感があり、飽きがこないシンプルな料理をシェアするコンセプトは成功例が多い。

ロンドンのレストラン市場を賑わす新オープンのうち、以上の動向1と4を満たしているモダン・トルコ料理「Nora ノラ」が面白いのでご紹介したい。ロンドン第二の金融街、カナリー・ワーフに昨年11月にオープンしたばかりだ。

カナリー・ワーフ駅の東側に広がる「Wood Wharf」という開発地区の一画に誕生。住宅ビルなどが急ピッチで建設中だ。
デザイン性の高い店内。いくつかのエリアに分かれており、グループでの活用に適したレイアウト。

Noraの母体は、北ロンドン郊外で10年以上前に創業した「Beam ビーム」という地中海カフェで、地元では圧倒的な人気を誇る。筆者が暮らすエリアでもあるのだが、この小さな町には少なくとも20軒のカフェがひしめいているにもかかわらず、Beamは面積の広さをものともせず平日の朝から夕方までほぼ満席状態。住宅エリアとしては、これは異常事態なのだ。客のほとんどがトルコ風のカフェ飯を楽しんでいる。筆者はかつてその人気の理由を探ってみたことがあるが、結論はこうなった。

「美味しい、看板料理がある、量と価格のバランスが絶妙、気取らない雰囲気だが適度に品がある、サービスの効率がダントツに良い」

結局Beamは、この10年で市内に3ロケーションを新たに展開することになった。その矢先の、Noraのオープンであり、筆者としてはどうしても辣腕トルコ系オーナー、アキュズ兄弟が初めて手がける「レストラン」を見てみたかったのである。そして改めてその手腕に感服することになった。彼らはレストラン・ビジネスがなんたるかを知っていた。なぜなら引っ張ってきたヘッド・シェフが、ロンドン・トップの中東系レストランを渡り歩いてきたDaniel Alt ダニエル・アルトさんだったからだ。

ヘッド・シェフのダニエル・アルトさん。中東のバックグラウンドを持ち、ロンドンで活躍中。
©Restaurant PR
トルコ料理らしいメゼが並ぶが、モダンなひねりが利いたその内容はありきたりのものではない。
プルド・ラムのマンティは必食。ワインリストには100種がリストアップされているが、その半分はトルコとその周辺地域の銘柄を集めている。

ダニエルさんの経歴は、ロンドンのレストラン業界をウォッチングしてきた者からすると、光り輝く黄金のルートにも見える。

美食の国として知られるイスラエルで育ち、一流店で長らく腕を磨いた後、1週間の仕事で訪れたロンドンに魅了され、渡英。いくつもの多国籍な高級レストランを経験した後、最終的に中東系レストラン・ブームの火付け役となり、定番店として現在も変わらぬ人気を誇るエルサレム料理店「The Palomar パロマー」のチームに加わり、筆者も創業時には本当に興奮した同系列「The Barbary バーバリー」のヘッド・シェフに就任した。

「元バーバリーのヘッド・シェフ」の看板をひっさげ、ダニエルさんがNoraで創造したメニューは、北ロンドンから南東ロンドンに足をのばすのに余りあるものだった。

筆者自身はトルコ料理の大ファン。かの国へ旅を重ね、ロンドンのトルコ料理レストランも主要なポイントはおさえているつもりだが、ヨーグルトを混ぜて焼くふかふかの丸いパン、バズラマ(冒頭の写真)はこれまで食べたことのない洗練度。そしてサワードゥを使った珍しい全粒粉のフラットブレッドもかつてない趣向で風味良く仕上がっている。

伝統料理からは、トルコ風餃子のマンティ。甘辛く調理した完璧なプルド・ラムが自家製餃子の皮になじみ、スパイスが香るタルカ・オイルと、ニンニクのコンフィ入りヨーグルト・ソースが濃厚だが、脂っぽさを微塵も感じさせない。ここではトルコ料理の基本となるサラダ、チョバン・サラタス(羊飼いのサラダ)でさえ全く異なるレベルへと昇華され、その丁寧な下拵えと素材の良さ、まろやかなドレッシングに驚かされる。

シグネチャーの一つ、アダナ・ケバブ。しっかりとした歯応えとボリューム。敷かれているのはサワードゥのフラットブレッド。
美しい鯖の開き、ハーブ・ソース。鯖はトルコで人気の青魚だ。
巨大なバクラヴァは時折見かけるが、ミルフィーユのように軽く仕上げたバクラヴァは初めて。

炎使いはもちろん完璧。トルコといえば鯖サンドも有名だと思うが、Noraでは鯖を開いてグリルしたものをシトラスの酸味が爽やかなハーブ・ソースでいただく趣向。デザートではミルフィーユのような大判のバクラヴァに驚かされ、ピスタチオ・クリームの繊細な味わいに思わず目を細めてしまう。

肉のケバブ料理をはじめ、価格をある程度抑えているのも、中心部をはずしたエリアならでは。周辺では現在も住宅街としての再開発が進み、今後はオフィスだけでなく居住層へも訴求していく。

冒頭でも述べた「世知辛いロンドンの今を生き抜くための知恵」とはなんだろうか。Noraで食事をしていると、次々とそのヒントが見えてくる。評判のシェフ、目新しさ、伝統への敬意、シンプルな美味しさ、バランスの取れた価格帯、会食を盛り上げる美しいインテリア。北ロンドンの住宅街カフェでヒットを飛ばしたチームが、金融エリアでどう伸びていくのか、今後も見守りたい。

Nora
https://nora.london

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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