【熟成肉を調理する】繊維に火を入れ血には火を入れない「アッカ」林 冬青さん


「きめ細やかな肉に、にじみ出る血とオリーブオイルをソースとし、からめます」

真っ白い皿の上には、肉の塊がゴロンとのっているだけ。付け合わせの野菜もソースもない。しかも、その鮮やかなバラ色の切り口からは、みるみるうちに赤い血がにじみ出てくる。初めてのお客は、最初困惑し、ひと口食べて満面に笑みを浮かべる。こんな衝撃的なひと皿を提供しているのが、リストランテ「アッカ」の林冬青さんだ。同店では、肉料理だけでなく魚料理も評判を呼んでいるが、「イタリアは海に囲まれているとはいえ、やはり肉食文化の国。肉料理はコースを締める大切な位置づけで、それにふさわしいインパクトのある肉をオープン以来13年間、ずっと探し続けていた」と林さん。いくつかの業者から和牛を仕入れ、林さん自身も肉の熟成に挑戦してみたが、いまひとつ満足のいくものはできなかった。しかし、「中勢以」のシンシン(モモ肉)と出合い、ずっと追い求めていた肉はこれだと確信。肉質、肉汁、味、香りと四拍子揃った肉だと高く評価する。

「シンシンは長期間の熟成によって肉の繊維が破壊されるのか、肉質がきめ細やかでねっとりしている。しかも、余分な水分だけが抜けて血の旨味が凝縮され、それでいて噛み締めるとジュワーッとにじみ出てくる。霜降り肉と違って肉汁に含まれる脂分が少ないから、口の中でさあーっと消えて後口がよく、オリーブオイルとも合う。焼いているときの香りも、まるで醤油が焦げるような食欲をそそるもので、テーブルから戻ってきた皿が、まだいい香りを放っているんですよ」ただ、熟成肉は原価が高い。同店では夜は1万500円のおまかせコースのみなのでロスを抑えられる。それで熟成肉の使用が実現できたとも、林さんは指摘する。

繊維には火を入れ、血には火を入れない

「熟成肉はこれまでの肉とはまったく別物」であるため、その特徴を最大限引き出すために調理法に工夫を凝らした。肉の繊維には火が入っても、血には火が入らないギリギリの温度で2時間弱かけて、じっくりオーブンで焼き上げる。卵黄と卵白の凝固温度の違いを利用する温泉卵と同じ発想だ。この調理法では熟成していないモモ肉は硬くなってしまうが、熟成肉ならやわらかく、じわっと血があふれる仕上がりになる。そして、このにじみ出てくる血を余すところなく生かすためにソースとし、ゲランドの塩と、血と馴染む程度のごく少量のエキストラヴァージンオリーブオイルだけで味付けをする。最初は付け合わせを添えて提供していたが、それもやめた。「サーロインなど脂の多い肉は、最初のひと口にインパクトがあるが、付け合わせなしではしつこくて食べられない。しかし、この肉に口直しはいらない。むしろ邪魔なほど。

おいしい赤ワインさえあれば100g でもペロリと食べきれます」と太鼓判を押す。潔いほどにシンプルなひと皿は、林さんの肉に対するこうした思いから誕生した。

本日使った肉

肉質がきめ細かく、肉汁の旨味が凝縮している「シンシン」。ランクが上のラムシンも試食したが、「ラムシンは表現したい味よりも肉の味が強く、繊維もゴツゴツしているため、シンシンを選んだ」と林さん。

【レシピ】シンシンのロースト

途中、休ませることなく100℃で2時間弱をかけてじっくりと焼き上げるのがベスト。「熟成肉だからこそ、このように焼いてもやわらかい状態が保てます」と言う。

テーブルにサーブされると、じわじわと鮮やかな赤い血がにじみ出てくる。脂分が少なくさらりとし、旨味が凝縮したこの血をソースとして肉にからめながら味わう。きめ細やかな肉質で、しつこさのないモモ肉には付け合わせはいらない。

● 材料(4人分)
シンシン(モモ肉)400g
塩、コショウ、ニンニクスライス、ローズマリー 各適量
ゲランドの塩 少量
エキストラヴァージンオリーブオイル 適量

1 シンシンは焼く直前に、肉全体に塩、コショウをまんべんなくふる。ソースを添えないので、塩は気持ち強めにふる。
2 ニンニクスライスとローズマリーをまぶす。
3 焼き網の上に肉をのせ、100°Cに設定したコンベクションオーブンで2時間弱焼く。
4 仕上がりは手で実際に持って判断する。生肉のずっしり感から、微妙に重さのバランスが変わってきたら焼き上がり。
5 熱いうちに切り分け、真ん中にある筋は取り除く。
6 ゲランドの塩をのせ、エキストラヴァージンオリーブオイルをかける。血がにじみ出てくるので、素早くサービスする。

林 冬青さん

1965年東京都生まれ。青山「ビザビ」で約3年修業後、92年渡伊。南部を中心にイタリア全土で5年間修業し帰国。97年、リストランテ「アッカ」をオープン。

アッカ
東京都渋谷区広尾5-19-7 協和ビル1F
● 12:00~13:00 LO 18:00~21:00 LO
● 月曜休
● ランチ4500円~、ディナー10500円~

本記事は雑誌料理王国181号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は181号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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