料理人が担う役割にも変化が現れ始めている。「美味を提供する職人」として機能していた料理人が、「社会課題や未だ知らぬ食文化のコーディネーター」とでも呼びたくなるような役回りを帯び始めている。敢えて店舗を持たずに活動の幅を広げる料理人。都市部ではなく地方に目を向け、拠点すら構える人。他ジャンルの料理人やクリエイターと協働する人。思いやミッションを達成するという目的のためなら、手段を問わず、価値を生み出す料理人を紹介する。
青森県鶴田町。夏は短いながらも暑さ力強く、冬は雪深くグレーと白の世界が続く津軽地方。春夏秋冬の別が極めてドラスティックで、色彩豊かな時期と無彩色な時期とが明確に異なる。そんな土地で、畑や原野、海や山といった自らを取り巻く環境と、心を開いて向き合うことで、食の表現活動「澱と葉」を主宰する川口潤也さんは、心の目で見た「光景」を食で表現する。そんな「澱と葉」が繰り出す世界はに浸ることはとても「贅沢な体験」なのかもしれない。
「今、そこにいないと味わえないもの。そんな希少性って贅沢だと思う」と川口さん。まだ空気が張り詰めているような、冬と春のちょうど境目の短期間にしか味わえないふきのとう。知り合いの農家の畑の脇で顔を出していたそれを使った料理の名は「春のシューファルシ 蕗味噌添え、ジュラのミッシエルガイエシャルドネと」。野山に生える野草や山菜や木の実をおいしく仕立てて、それが「食べ物」であることを証明するのも自分の仕事だと言う。春にはノビルや山菜、夏にはアザミやカタバミなどの雑草も。秋にはクルミやハナイグチと呼ばれるきのこなど。「今」 そこにある植物の一瞬を光景として切り取って料理に仕立てた。
川口さんがつくるアオリイカのお造りは、冬の冷たい日本海を泳いだ状態で供される。気泡の入ったガラスの器に、塩を利かせた昆布出汁を張る。アオリイカが泳ぐ荒く泡立つ海面とは打って変わって、海中では思いのほかゆったりともずくが棚引く。「再現性の低さ」 も今の時代だからこそ贅沢なものになりうる。それは料理も同じだと川口さんは考える。「その人がつくらないと同じ味にならない…という状況が」実に贅沢だというわけだ。津軽という自分が活動する土地と正面から向き合い、「そこら辺にある事象」 とコネクトした結果に得られる発想もまた、川口さんがつくるからこその料理になるのかもしれない。
2020年2月下旬、都内で川口さんと数名の仲間たちが開催した「食べる美術展 ー 雫 ー 」。展示物をそのまま食べるインスタレーションで構成されたアート作品では、鶏ガラや牛骨、そしてセロリなど、15 種の食材のスープでつくった人工イクラを宙に浮かせた。「そこに 在る ことを表現するためにイクラを浮かせたかった」と川口さん。知能ロボットや機械学習の開発を専門にする川崎邦将さんの助力によって音波を使ってイクラを浮かせることに成功した。食の伝統を残す活動や新しい文化の概念を生み出す営み、時にアート的な要因も含む文化的価値のある食もまた、今だからこそ贅沢なのかもしれない。
HOW TO RESERVE
川口さんが主宰する「茶寮」の予約は、「澱と葉」のインスタグラム(@oritoha)にアクセスし、ダイレクトメッセージにて参加の意向をお伝えください。WEBショップ「素のまま」や川口さんのnoteに関してはこちらから
instabio.cc/20110UDuNWV
PROFILE
川口潤也 (かわぐち・じゅんや)
「澱と葉」主宰。
食を通した空間芸術体験「茶寮」や、食べるインスタレーション作品「食べる美術展」などの活動を通して、新しい食のあり方や食についての考察を日本茶・酒・料理を使って表現する。
text 水 享一 photo 鈴木泰介
本記事は雑誌料理王国2020年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。