食材を軸にした料理人とお客の会話から即興で美味を生む板前割烹の醍醐味【板前割烹】たん熊北店 京都本店 23年10月号


大正から昭和へと向かう激動の時代を背景に経営者のもとで技を磨いた料理人たちが腕一本で食べていける自信をつけて独立。その日の食材とお客との対話からアドリブで料理を仕立てる板前割烹「たん熊北店」は新時代の料理屋のスタイルを築いた。

「明治時代頃までは、料理人はオーナーシェフではなく、雇われる側でした」と栗栖正博さん。文化や芸術などに造詣が深い経営者が料理屋をプロデュース、店に合った料理を作る料理長を雇っていたという。また、料理人は親方と弟子のワンチームとなって、転々と料理屋を渡り歩くのが常であった。さまざまな料理屋で働くことにより腕が磨かれて「格」が上がり、それにともない給料も上がるというわけだ。

転機となったのは、大正12年の関東大震災。多くの料理屋が被災し、仕事を失った料理人たちが独立、自身の店を構えるようになった。折しも日本は好景気で、東京・京都・大阪などの都会では外食があたりまえになっていた。それまでは、屋台で営んでいた寿司や天ぷらが店舗を構え始めたという背景も料理人たちの独立の追い風になったようである。

昭和3年の創業当時から、このカウンター席の部分は変わらない。檜の1枚板のカウンターは、代々大切に磨きをかけながら守り続けている。まな板の位置が高く、焜炉がガラス越しに眺められるなど、料理の一連の流れが見渡せるのも板前割烹ならではの楽しみ。左端の席は、文豪・谷崎潤一郎氏のお気に入りだったという。

10代の頃から、料理人として研鑽を積んでいた祖父・栗栖熊三郎氏は腕に自信があり、お客とともに美味を作りだすスタイルを志し、昭和3年、花街であった木屋町に板前割烹の草分けとなる京料理「たん熊」を開業する。
「祖父は包丁技が得意で『たん熊の親爺にはかなわない』と言われるほど手が早く、鱧の骨切りを二本並べてやっていたことも。腕一本で食べていける自信があったから、誰もやっていなかったことに挑戦できたのでしょう」。

鱧しゃぶは白くぷりんとした鱧のボリューム感を楽しんでいただく。
鍋の具材は水菜、九条葱、湯葉、椎茸、豆腐などを用意。
鱧しゃぶ
鱧は出来上がりの迫力が違うので、750グラム程度の大きめのものを用意。骨切りして、火を通したときにひとくちで食べられるサイズに切る。鱧の骨を弱火で丁寧に焼き、昆布と鰹の出汁に加えた合わせ地で「10秒ぐらいしゃぶしゃぶして」食べるのがベストだそう。最初のひと切れは栗栖さんがお手本を披露してくれる。

当初は新しいスタイルゆえ集客に苦心したが、料亭時代の常連たちが訪れ、クチコミでお客が増えていく。谷崎潤一郎や吉井勇をはじめとする文人墨客や茶道の家元たちも集い、「うまいもんを食べさせる面白い店」として足繫く通うようになった。
「板前割烹で出すのは即席の料理。昼間に材料を仕込んでおいて、その日の食材をお客さんに伝えてアレンジはお客さん次第です。相談しながらメニューを完成させていく、そのスタイルが当時は新鮮だったのでしょう。祖父は、日本の伝統文化や料理をよく知っている人と話しながら、作った料理を食べてもらうのが楽しかったのだと思います。気に入らないお客さんが来ると、空いていても『満席です』と
断っていたそうです」と栗栖さんは笑う。

カウンターで供する料理はシンプルで一品のボリュームもしっかり。

腕に自信があり、心意気あふれる料理人によって生まれ、受け継がれてきた板前割烹のスタイルは、今後どう変わっていくのだろうか。
「お客さんが求めるものも昔とは違ってきています。たとえば、鮎は塩焼きがうまいとされてきましたが、唐揚げにして出すなど、新しい考え方が受け入れられたりもしています。それに今は世界中から日本料理を食べに来られる時代。ヴィーガンやハラールのニーズにも対応できるよう勉強しておかないといけません。世の中、50年は同じことをやっても許される。それを過ぎると新しい展開が必要で、そうしないと生き残れないと言われていますから」。

新しい食材を見ると、自分の料理にどう取り入れようかと興味がわくという栗栖さん。初代の祖父がしなかった「鮑のバター焼き」を二代目の父の代で作るようになった。父が使わなかった牛肉を栗栖さんは、牛テールやすじ肉の煮込みなどで供している。ホワイトアスパラやフルーツトマト、エディブルフラワーなどの洋野菜も積極的に取り入れているという。
「板前割烹の醍醐味は、料理人とお客さんがともに料理を作り上げるところです。お客さんの遊び心を満足させることも重要ではありますが、品がないと京料理とは言えません。なんでもありで自由に見えても、判断を間違えると品のない料理になってしまいますからね」。

虎魚の皮や肝、内子、胃袋は食べやすいように湯がいておく。
へぎ造りにした虎魚の身を孔雀盛りにして、肝などを添える。
虎魚(おこぜ)の造り
虎魚は生け簀からあげて、内臓や背びれを取ったものをお客に見せ、よく切れる包丁でへぎ造りにして孔雀盛りとする。肝や皮、胃袋、内子は湯がいて添える。珍しい素材を供することで会話の糸口になるように、食べられる花「マーシュマロウ」などをあしらう。虎魚のアラは吸い物や唐揚げに、腹骨は骨煎餅などにして供する。

自由闊達に見えて、真摯。これこそが板前割烹における京の料理人の流儀なのだ。

湯煎で固まった葛は湯につけると透明で柔らかい膜状になる。
葛切り
つるりとのどごしの良い葛切りは「出来たてを食べてもらう」一品。葛と水を半々に溶く。5分経つと沈殿するのでそのつどかき混ぜる。鍋に湯を沸かし、その上に置いたバットに溶いた葛を流して加熱すると葛が固まる。バットごと葛を取り出し、水の中で外すと透明な膜状になる。包丁でほどよい幅に切り、氷水に取る。水っぽくならないよう、濃いめに仕上げた黒蜜をつけていただくデザート。

栗栖正博

1957年、京都府生まれ。祖父が創業した「たん熊北店」を引き継ぐ三代目主人。立命館大学経済学部を卒業後、修業を経て、1982年に「たん熊北店」入社。研鑽を重ね、1988年より「たん熊北店」主人に就任。「たん熊北店」グループを率いると同時に、NPO法人日本料理アカデミーの理事長、一般社団法人京都食文化協会代表理事などの重職もこなす。

たん熊北店 京都本店

京都府京都市中京区西木屋町通四条
上ル紙屋町355
TEL 075-221-6990
12:00~15:00(13:30LO)
17:30~22:00(19:30)
不定休

text: Sawako Yamada photo: Katsuo Takashima edit: Masashi Tsukiji

関連記事


SNSでフォローする