料理は「瞬間の芸術」だ。芸術家たる料理人は、その瞬間にかけ、食べ手の官能に直接訴えかけることで笑顔と幸福をもたらす。なんと素敵な職業だろう。優れた料理人に会いたければ、レストランにいけばよい。だが、過去の料理人には? そう、素敵なことに映画の中でなら何度も会える。
「魚のために」死んだ料理人がいる。17世紀のフランスでメートル・ド・テル、給仕長兼料理長として活躍した、フランソワ・ヴァテールだ。名将コンデ公に仕え、3日間に渡る祝宴の最後の朝、時化のために予定通りに魚が入荷しなかった事に責任を感じ、剣で3度、腹を突いて自殺した。「魚が届かないくらいで死ななくても……」と、正直、思う。
ところが、映画「宮廷料理人ヴァテール」をご覧いただきたい。当時の宴会は現代と異なり、さまざまな料理が一度にテーブルに並ぶサービスで、品数の多さと意匠の豪華さは圧倒的。ヴァテールの担った重責とその憔悴ぶりも想像できる。たかが「宴会」?されど、当時のフランスでは重要な社交と政治の手段であった。さらに、この日はカトリック教徒が肉を食べてはいけない、金曜日。彼は3日間ほぼ寝ずに職務を果たし、疲労も極度に達していたという(注1)。実際に、シャンティイ城(注2)に残る、彼の手紙の几帳面な筆跡やスケッチに残る、すらりとした体系(男前よ!)を見ると、さらに繊細な人物像が想像でき「名誉の死」にも納得がいく。
「バベットの晩餐会」の舞台はノルウェー。1870年、フランスのパリ・コミューンで夫と息子を殺されて、プロテスタントの監督牧師の姉妹の家に命からがら身を寄せた、料理人バベット。年後、宝くじを当てた彼女は、信者を集めた祝宴に、本格的なフランス料理をご馳走したいと姉妹に申し出た。
「海亀のスープ」、「鶉の石棺風パレンス将軍を除き、素朴な信者たちには、それがどれほどの料理かわからない。妹のマーチーネは、食材としては見慣れない海亀が厨房に運び込まれるのを見て、怖気をふるい、バベットが魔女なのではないかと恐ろしい想像に悩まされた。ところが、彼女の料理を食べると、緊張がとけ、誰もが日ごろの諍いを忘れて素直で豊かな気持ちになっていく。実はパリの有名店「カフェ・アングレ」(注3)の伝説的なシェフであったというバベットは、この祝宴のために全財産をはたき、故郷には戻れなくなった。それを哀れんだ姉妹に、バベットは「私はすぐれた芸術家なのです。すぐれた芸術家が貧しくなることなどないのです(注4)と、毅然と応えるのだ。
誰もが額に汗して働く現代は、19世紀のフランスのように時間と懐に余裕のある人々は少ないか……と、最初は少し悲しくなるのが、「リストランテの夜」だ。1950年代のニューヨーク。イタリアから渡米し、たとえ今は理解されなくても本場のメニューを出し続けたいと願うシェフ、プリモと、金策とサービスに走りまわる弟のセコンド。やがて、別のイタリアンレストランのオーナーの計略にはまり、破産寸前になる。その後、彼から引き抜きにあったセコンドはそれを断る。「兄の立派な人柄や、あのみごとな才能は、神のたまものだが、おまえには何もない」と。
ところで、実際にいたら困る料理人が登場するのが「コックと泥棒、その妻と愛人」。色彩と画面構成の美しさは一見の価値ありだが、最後に恐ろしいメニューが出てくる。ストーリーの山場なので、それが何かは言えないが、ちょっとおいしそうに湯気が立っていたりして、困る。他にも、料理人が登場する、お勧めの映画をリストアップした。おいしい料理を食べた後と同じく、生きることが嬉しくなる映画だ。
注1: Dominique Michel ” VATEL et la naissance dela gastronomie ” Fayard ヴァテールの生涯や当時の食卓を考察した研究書。図版も多く、巻末のヴァテールのルセットが興味深い。
注2: パリから電車で1時間弱。ヴァテールの時代の厨房が再現され、書簡や図版などが豊富に展示されている。レストランもある。
注3: 19世紀にパリに実在した。
注4: イサク・ディネーセン(カレン・ブリクセン)「バベットの晩餐会」ちくま文庫 映画は同名の小説をもとにしている。
文中に登場する映画
宮廷料理人 ヴァテール 2000年/仏・英合作/118分
バベットの晩餐会 1987年/デンマーク/102分
リストランテの夜 1996年/米/109分
コックと泥棒、その妻と愛人 1989年/英仏/124分
宮廷料理人 ヴァテール
発売元: 角川映画
販売元: ショウゲート/アミューズソフトエンタテインメント
4,935円(税込)
リストランテの夜
DVD 発売元: パラマウント ジャパン
発売日: 2008年06月20日発売(発売中) 2,625 円(税込)
MOTIO N PICTURE © 1996 RYSHER ENT ERTAINMENT,INC.
ALL RIGHTS RESERVED. TM, ® &Copyright © 2007 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
伊藤由佳子=文・選
本記事は雑誌料理王国187号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は187号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。