決して表舞台に、私たち客人の前に姿を現すことがないまかない。しかし、料理人にとって腕や知識、センスを磨くため、自身のイメージとアイデアを具現化するため、何よりも一日の活力の源になる特別な料理がまかないである。
オリジナルのまかないをテーマに、思い出の料理や修行先でのエピソード、限られた時間内で効率よく作るための工夫、献立選びの秘訣とともにレシピをご紹介。教えてくれたのは、ポルトガル料理「マル・デ・クリスチアノ」のほか、もんじゃ、カレー、鍋と個性的な店を次々と繰り広げて注目を浴びるオーナーシェフ佐藤幸二さん
代々木公園にあるポルトガル料理店「クリスチアノ」といえば予約の取れない人気店。10年前のオープン当時、ポルトガルの郷土料理は日本では未知の領域であった。店主の佐藤幸二さんは、それを分かりやすく、そして楽しいものとして日本に紹介した。続いて、2013年に『ナタ・デ・クリスチアノ』をてがけ、ポルトガルのエッグタルト、パステルデ・ナタを知らしめる。その後も『マル・デ・クリスチアノ』ほか、ユニークな発想と独創的なコンセプトで、次々と話題の店をヒットさせていく。2019年には『ポークビンダルー食べる副大統領』でさらに話題をさらった。その活躍ぶりは各方面のメディアで取り上げられている。
佐藤さんが料理の道を選んだのは、「手に職を付けたかった」からだという。中学を卒業すると、すぐに鮨職人を志し、近所の鮨屋に自ら直談判して弟子入りを認めてもらったという。この頃から、これと思えば直球勝負の性格だったようだ。しかし、両親の反対にあってあえなく断念し、高校へ進学。高校卒業後に改めて調理師学校に入り、ホテルに就職することに。そんな職人気質で、アイデアマンでもある佐藤さんはいったい修行先でどんなまかないを作っていたのか。
「ホテル時代のまかないは、先輩が10分で作れと言って、本当にヨーイドンで時間を図るんですよ。できないと殴られたりして。大変でした」と苦笑いする。そこで佐藤さんがとった作戦は、かなり大胆なものだった。「冷蔵庫にあるキャビアを持っていって、和食の宴会場でお返しに料理をもらってくるんです。この頃はほとんど作らないで済ませていましたね」とけろりとしている。仕込みに集中したい佐藤さんにとって、まかない作りは“面倒なもの”でしかなかったという。 まかないをきちんと作ることになったのはイタリア時代だ。佐藤さんが考えるまかないの条件は、とにかく手間をかけないこと。まかないにわずらわされず、仕込みに全力投球したいという考えは変わっていなかった。そのハードルをクリアするために思いついたのが、今回作った料理だ。豚の薄切り肉を玉ねぎの上にのせて、低温のオーブンでひたすらゆっくり火を入れるだけ。これだけで飛び切り美味しくなる。店でも好評で、イタリア人に何という料理かと聞かれて、豚肉を玉ねぎのベッドで寝かせることから「porco su letto(ベッドの上の豚)」と名付けたという。こんなネーミングセンスにも今の独創的でマルチな活躍の一端が垣間見える。「まかないなんて面倒なだけ」と言いつつも、まかない作りがしっかり将来の瞬発力や発想力を鍛える練習台として役立っていたのだ。
佐藤さんには2つの思い出深いまかないがあるという。それはイタリアで働いていた「リストランテ・イル・サラギーノ」でのこと。パスタ打ちの名人であるアンナおばあちゃんが作るミネストローネだ。「当時はお腹が空いているから、ガツガツ急いで食べていたんです。でも、それじゃあだめだよ、ゆっくり噛んで食べてごらんと言われて、ゆっくり食べたらこれが最高に美味しくて驚きました。何よりも一番大切なことを教えてもらったと思っています」。
もうひとつは1年ほどいた「リストランテ・ヒロ」時代。まかないでも食材が使い放題だったこの店では、佐藤さんもまかないを楽しむ自由を謳歌していた。あるときは若手に手伝わせてピッツァを何十枚も作ったり、子豚を半頭買い付けて、さすがにやり過ぎだと叱られたり。そんな中でいつも1品、それも丼しか作らない先輩のまかないにノックアウトされたという。
「たとえばマグロ丼。具材はごくシンプルで味付けも薄いのにうなるほど旨いんです」。シンプルな食材の組み合わせと絶妙な塩梅は佐藤さんの目指す料理に繋がるものがあった。レストランで出す料理では経験できないものに遭遇する、それがまかないという時間なのかもしれない。
まかないは料理人として勉強の一環だといわれている。しかし「まかないとは時間をとられる必要のないもの。僕はまかないに力を入れることが重要だとは思えないんですよ。なんなら食べないで頑張れって思うくらい……」と佐藤さんは冗談を飛ばす。それでも「本当は凝り性だから、まかないも作り始めたらキリがないということもあるんだけどね」と少し照れながらも本音がポロリ。
まかないの目的は食事にあるが、同時に優れた料理人の中で過ごす時間にも意味がある。料理のテクニックや、限られた時間と素材の中でやりくりすることだけを学ぶのではもったいない。料理人としての瞬発力や発想の転換力、味わうことの大切さなど、感性を磨いてその時間から何を受け取れるかが、その人個人の未来の力となっていく。
【材料(4人分)】
豚ロース肉(厚さ2ミリのスライス)……800g
玉ねぎ(うす切り)……1個
にんにく……1かけ(半分に切る)
塩、白こしょう……各適量
ローリエ……4~5枚
オリーブオイル、白ワインビネガー……各適量
パン……適量
【作り方】
1. 耐熱容器ににんにくの切り口をこすりつける。
2. 1.に玉ねぎを広げて並べる。
3. ローリエをちぎって散らす。
4. 豚肉の半量を広げて並べ入れ、塩、こしょう各少々をふる。
もう一度、玉ねぎ、ローリエ、残りの豚肉の順で重ね、塩少々をふる
6. 温めたオーブンに入れ、80〜85度で30分焼く。
7. オリーブオイルと白ワインビネガーをまわしかけ、白こしょうをたっぷりかけて、塩少々をふる。トーストしたパンに豚肉と玉ねぎを一緒にはさむ。
佐藤幸二
1974年生まれ、埼玉県出身。「クリスチアノ」ほかオーナーシェフ。調理師専門学校で日本料理を学び、都内のホテルへ就職。数年後にイタリアに渡る。その後イギリス、タイなどでも料理人として働き、7年後に帰国。「リストランテ・ヒロ」を経て、オーストラリアワインバー「アロッサ」で7年間料理長を務める。2010年に独立してポルトガル料理店「クリスチアノ」をオープン。現在はポルトガル菓子店「ナタ・デ・クリスチアノ」、バカリャウ専門店「マル・デ・クリスチアノ」、「おそうざいと煎餅もんじゃさとう」、「ポークビンダルー食べる副大統領」など、幅広いジャンルの店を次々と手がけて話題をふりまいている。
マル・デ・クリスチアノ
東京都渋谷区富ヶ谷1-51-10 サンシティ富ヶ谷4階
TEL 03-6804-7923
●18:00~翌2:00(24:00LO) 日・祝~24:00(23:00LO)
●定休日 月曜
●38席
http://www.cristianos.jp/mar/
取材、文=岡本じゅん 撮影=料理王国