中国料理の厨房には、前菜が専門の「焼味部 」や、料理全般を担当する「厨房部」と並んで、点心とデザートを担当する「点心部」がある。
点心のプロフェッショナルの長は、「点心師傳」と呼ばれ、厨房の重要な部門を担ってきた。粉の扱いに長けた点心師傳の技は、西洋料理にも多くのヒントを秘めている。辻調理師専門学校の中国料理技術顧問、吉岡勝美先生に、伝統的な点心の生地作りや、粉の扱いの基礎を教わった。
点心には、水でのばす生地「水調麺団」と、パイ生地「油酥麺団」がある。他にも酵母を使って生地を膨らませる「疏鬆麺団」があるが、中国伝統の天然酵母「老麺」の使用や発酵など専門性が高いため、今回は「水調麺団」と「油酥麺団」から4品を作ってみたい。
餡や包み方、火の入れ方で製品のでき上がりが異なるが、吉岡先生は「どんな点心にしたいかをイメージすることで、生地の作り方も変わってきます」と説明する。なかでも基本となるのが「粉を練る水の温度」だという。
小麦粉は、練る水の温度によって反応する含有成分が異なる。熱湯からおよそ60度まではデンプンが反応するため、糊化が始まる。だから、この温度帯で練った生地は、口触りがよく、モチッとしており、「焼く」「蒸す」などの点心に向いている。
およそ60度以下では、タンパク質が水と結合してグルテンを形成する。この温度帯で練った生地は、噛む食感が強く伸展性も高く、ワンタンや麺など「ゆでる」点心に使われる。
この性質を応用し、例えば度の温水で粉を練ると、最初に湯があたった粉はデンプンが糊化を起こし、その後に温度が下がった湯があたった粉は、グルテンの形成を始める。「両方の特性を持つ生地を作ることもできます」と先生。成形しやすく、可塑性(のばしきっても元に戻らない)が高く、生地の中にスープを溜めることもできるのだ。
「今回はボウルをあらかじめ湯煎しておき、温度が下がりにくくしましたが、湯煎をせずにぬるま湯をボウルに投入すれば、また違った食感の生地になります」
点心が口に入った瞬間に、どんな食感や温度の印象を与え、その次にどんな味を舌に伝えるか。それは、料理人がおいしさをどう「デザイン」するかにかかっている。次ページからのレシピは、あくまで参考だが、「生地や餡、包み方、火入れを変えて、自分のイメージに近づけてみてほしい」と吉岡先生は話した。
熱湯で練った生地は、薄くのばしたり、麺にするだけの伸展性はないので、破れやすくスープを溜めることができない。一方で、熱湯で練るため、生地にはほぼ火が通っており、焼いたり、蒸してから煎り焼くと、上部はモチッとやわらかく、底はパリッと仕上がる。
⬥ 煎り焼き餅の生地
材料 でき上がり約225g
薄力粉…150g /塩…1g /熱湯…80~ 95g /ネギ油…6g
⬥ 青ネギとベーコンの餡
材料 でき上がり約300g
青ネギ(粗みじん切り)…135g /ベーコン(粗みじん切り)…112.5g /ネギ油…56g /塩…1.5g
小麦粉からタンパク質を取り除いた「浮き粉」は、粉の約1.5倍の熱湯で素早く練り上げることで、粉を全て糊化させることができる。浮き粉だけでは粘りが弱いので、粘度の高い片栗粉を加える必要がある。「蒸す」に適し、蒸した餃子は中が見えるほど透明で美しい。寒梅粉や膨張剤を加えることで「焼く」、「揚げる」こともできる。
⬥ 水晶餅の生地
でき上がり約500g(以下のうち240gを使用)
浮き粉…75g /片栗粉…75g /塩…1g/砂糖…10g/水…110g/熱湯…225g /浮き粉…20g
⬥ 金柑と黒ゴマの餡
でき上がり約360g
金柑のシロップ漬け
金柑…3個/シロップ(砂糖50gを水25gで煮溶かして冷ます)…75g/グランマルニエ…40g
イチジク(セミドライ)…12個/黒ゴマ …187.5g /黒砂糖…40g /砂糖…40g /水(湯冷まし)…50g
スープを溜めた小籠包(シャオロンパオ)には、水で練った生地の粘弾性と伸展性と、熱湯で練った生地のやわらかさと口どけの良さを併せ持つ「温水麺皮(ウェンシュエイミエンピー)」を使う。水で練る生地には、このほか熱湯と水で練る「燙水麺皮(タンシュエイミエンピー)」もあり、熱湯で練る生地と同じ点心に使用する。
⬥ シャオロンパオの生地
でき上がり約300g(以下のうち270gを使用)
薄力粉…50g、強力粉…150g(合わせてふるう)/砂糖…10g /塩…2g/温水(60℃)…110g
⬥ ヂャーヂャン餡
でき上がり約710g(以下のうち675gを使用)
▶ 餡A
豚肩ロース(粗みじん切り)…150g /トマト(湯むきして種を取り1㎝角)…100g /生姜(粗みじん切り)…大さじ1/2 /ニンニク(粗みじん切り)…大さじ1/2 /エシャロット(粗みじん切り)…30g
[調味料]
醤油…40g /ケチャップ…80g /豆瓣醤…大さじ1/砂糖…10g
▶ 餡B
豚バラ肉(粗みじん切り)…150g /エビ…50g /白菜の芯(粗みじん切り)…100g /ネギ(粗みじん切り)…大さじ1+1/3
[調味料]
塩…6g /砂糖…13g /醤油…小さじ2/ゴマ油…小さじ1/片栗粉…10g/水…53g /油…小さじ1
▶ 煮こごり
スープ…400g /ゼラチン…26g
(沸かしたスープにゼラチンを加えて溶かし、ボウルに取り出して粗熱が取れればバットに流し入れ、冷蔵庫で冷やし固める。1個5gに切り分ける)
塩、片栗粉、油…各適量
▶ 餡Aをつくる
▶ 餡Bをつくる
西洋料理もパイ生地を使うが、ひとつの点心を作るために1個のパイ生地を折るのは、中国の伝統的なパイ生地である。こね粉生地に小麦粉とラードを練った油脂「油酥(ヨウスゥ)」をバターの代わりに使う。一つひとつを折り込みから作るため、層の数や表出のさせ方、食感などを好みに応じて仕上げることができるのが最大の特徴だ。
⬥小型パイ生地 中国風
材料 でき上がり約225g
薄力粉…150g /塩…1g /熱湯…80~ 95g /ネギ油…6g
▶こね粉生地
でき上がり350g(以下のうち180gを使用)
薄力粉…35g /強力粉…150g /砂糖…25g /水…125g /ラード…45g
油脂(油酥)
でき上がり300g(以下のうち144g使用)薄力粉…200g /ラード…100g
⬥南乳風味の豚肉餡
でき上がり約416g(以下のうち360gを使用)
豚バラ肉…300g/生姜(粗みじん切り)…5g /エシャロット(粗みじん切り)…15g /南乳(潰してペースト状)…60g /油…適量
[調味料] スープ…100g /砂糖…15g /中国たまり醤油…少量/水溶き片栗粉(片栗粉1:水1で溶いたもの)…適量
▶こね粉生地をつくる
江六前一郎=取材、文 村川荘兵衛=撮影
本記事は雑誌料理王国第273号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第273号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。