「ブルガリ イル・リストランテ ルカ・ファンティン」のエグゼクティブシェフ、ルカ・ファンティン氏。同職就任15周年を記念し、この4月から1年間にわたり、世界中にいる友人シェフや、氏が今強く惹かれるシェフたちを迎えてのコラボレーションイベントを定期開催することになった。
その第1回目のイベントが今年の4月に開催。フランス・パリ「レストラン・ル・ムーリス・アラン・デュカス」エグゼクティブシェフ、アモリー・ブウール氏を迎えた。後押しをしたのが、世界最高峰を誇るシャンパーニュ「ドン ペリニヨン」。同メゾンが紡ぐ国際的なシェフのコミュニティ「ドン ペリニヨン ソサエティ」のメンバー同士のコラボレーションだ。
ルカ・ファンティン氏は、ブルガリが銀座の地にイタリア料理のファインダイニングを構えた15年前からシェフを務めてきた。ジュエリーの世界を代表するラグジュアリーブランドが、その名を冠するリストランテ。ブルガリの格式と美意識を継承しつつ、日本の食材に寄り添い、かつクリエイティビティを発揮するスタイルを、ファンティン氏は15年間にわたり磨き上げてきた。
ファンティン氏はまた銀座の地に誇りを持ちながら、好奇心旺盛に地方に出かけ、産地や市場をめぐりも続けてきた。その結果年々素材への理解と想いを深め、料理は削ぎ落とされ、独創的でありながら圧倒的な優しさ――素材や生産者へ向ける感謝の念、自分のエゴより素材の魅力をゲストに伝えたいという強い気持ち――を備えるように。
より緻密に、より優しく、より深く。そんな料理の高みに達しつつあるのが、今のファンティン氏だ。
一方、今回ゲストに迎えたアモリー・ブウール氏は、今、パリでもっとも注目を集める料理人の1人だ。パリ随一の格式を誇るパラスホテル「ル・ムーリス」のメインダイニング、「レストラン・ル・ムーリス・アラン・デュカス」のエグゼクティブシェフに、ブウール氏は2021年に31歳の若さで就任。料理の世界に入って以来、常にデュカス氏の手掛ける店、あるいはデュカス氏の薫陶を受けたシェフのもとで働いてきた、生粋の「デュカス学校の生徒」というバックグラウンドを持つ。
つまり彼は、フランス料理伝統文化の支柱的存在であるデュカス氏の影響のもと、デュカス氏のフラッグシップレストランを任されるシェフなのだ。そう聞くと、一見オーセンティックなフランス料理を作るイメージを持たれそうだが、その予想を軽やかに裏切っているのがブウール氏なのである。
というのも、南米のセビーチェや、日本の炭火焼きなど、フランス以外の食文化の要素を大胆に料理に取り入れるのが氏の特徴。しかしもちろん、彼はデュカス氏が認める料理人。であれば、フランス料理古典への盤石な理解が根底にはあるはず。それを出すのか、隠すのか? どう融合させるのか? そんな興味も集めながら、今回のイベントは開催された。
コースは、ゲストであるブウール氏が自分担当の料理をまず決め、それと調和させながら自分の料理をファンティン氏が考え、全体の流れ作ったという。提供された料理の中から、何品かを紹介しよう。
独特のかぐわしさを持つ中南米の乾燥唐辛子「チポトレ」を用いたオイルと、発酵させたビーツのスライス、鮪のタルタルの組み合わせ。ビーツの風味と甘さ、発酵による穏やかかつ複雑な酸味、チポトレの旨みと辛さが混ざり合い、めくるめく味の変化とともにマグロを楽しむ一品だ。深紅とオレンジ色の組み合わせも美しい。
空豆を詰めたラビオリ、ミルキーな旨みでありながら透明感を備えるブロード、ごく薄切りのラルドの塩気とコク。シンプルの極みともいえる皿。ほんのりミントを香らせ、「ペコリーノとミント」という伝統的組み合わせも踏襲する。
ラビオリの中の詰め物として入る空豆はピュレ状で、ラビオリを噛めば空豆の風味が口の中に一気に広がる。その力強さはまさに「空豆より空豆らしい」。ブロードの優しく深い旨みが寄り添う。
いずれも、圧倒的にていねいな調理、素材に寄り添う感覚の賜物だ。気を衒わない料理でも人を驚かせることができる、と知らしめてくれる料理。ファンティン氏の到達した高みを感じることができる一品である。
この2品に合わせて提供されたのが、ドン ペリニヨン ロゼ ヴィンテージ 2009だ。セラーで約12年もの期間をかけて熟成されるドン ペリニヨン ロゼ。2009年は成熟度の高い、素晴らしいアロマを持つブドウの実った年で、堂々たる存在感を備えた味わいを実現している。果実の豊かな味わいとシルクのようななめらかな触感も特徴で、素材の持ち味を生かした2品と優雅な調和を見せた。
熟成により旨みを強めつつ「枯れた」米のリゾットは、蛤のだしを存分に吸収。米と蛤の旨みと甘み、香りが融合する。新米を尊ぶ日本とは逆に、イタリアでは米を熟成させ、甘みを高めることをよしとする。その感覚を理解できる逸品である。
盛り付けでは、丸く抜いたリゾットにさっと火入れした蛤の切り身をのせ、そして生のアスパラガスのスライスを美しく並べて覆った。さしずめ「アスパラガスのカルパッチョ」とでも呼びたいこのアスパラガスは、もちろん美しいのみならずパリッとした歯ごたえ、青い香り、ジューシーな味わいを兼ね備えるもの。リゾットと互いを引き立て合う。
15年前のシェフ就任前、「日本料理 龍吟」山本征治氏のもとで研修したファンティン氏。鮮やかな包丁技、そこから生まれる研ぎ澄まされた風味を尊ぶ繊細な感覚は、日本料理の美意識の最大の発露であるが、ファンティン氏は15年間その技術と感覚を鍛え、育み続けてきたようだ。
シンプルな中に、イタリアと日本、二つの異なる料理文化への真摯な理解と尊重を感じさせる、ファンティン氏にしか作ることができないリゾット。そんな感銘を受ける一皿だ。
仔牛はBBQの味付けで。醤油、蜂蜜、青タバスコ、ミントを合わせたソースを添える。付け合わせの「ジェムレタス」とはミニサイズのロメインレタスで、加熱しても残るシャキシャキとした軽快な歯ごたえと爽やかな青い味わいが魅力。南仏の素材らしく、レモンソルトで仕上げた。
上記の説明では、「いまどきの、エキゾチックなフュージョン料理」という印象を受けるかもしれない。しかし味のバランスの取り方が緻密なので、雑然とした印象は皆無。多彩な要素を混ぜ合わせつつ、それぞれが狙いのもとしっかりと立つ。たとえばソースの青タバスコの辛さは、辛さがエレガントに感じられるほどの控えめな加減にとどめるものの、それは仔牛の味わいに輪郭を与えるのにまさに適切な質量、という具合。風味の構成に、意図があるのだ。その構築力が、「フランス料理古典の理解」の賜物なのかもしれない。もちろん「メイン素材、ソース、付け合わせ」という構成も、フランス料理の王道を踏襲するものである。
メインに合わせられたのが、ドン ペリニヨン ヴィンテージ2004 プレニチュード 2、通称「P2」。このメゾンのワインの中でも卓越した存在だ。
ワインは「変容(プレニチュード)しながら熟成する」という性質を持ち、ドン ペリニヨンにおいては長い時とともに三度の“プレニチュード ”を迎えると言われる。その第二のプレニチュードを表現するのがP2。澱と共に少なくとも16年の時を経て現れる。
長年の熟成と変容を経て、圧倒的な奥行きと広がり、さらには緻密さ、デリケートさを兼ね備えているのがP2の醍醐味。果実味に加え、澱とともに時間を経て獲得する上質なミネラル感も強調されており、さらにココア、モカ、ローストナッツ、ブリオッシュといった豊かな熟成感も感じる味わい。メイン料理の鮮やかで個性的な風味もしっかりと受け止め、調和し、格調ある余韻を作り出していた。
ファンティン氏の今の料理は、「15年で、かくも深く、日伊の伝統料理の真髄を融合させられるものか」という驚きを感じさせるものとなっていた。ストイックなファンティン氏は、直接的なオリジナリティの表現より、伝統と素材に寄り添うことを格段に優先させる。それでいて、料理からは明らかな「ルカ・ファンティンらしさ」が立ち現れる。そんな独自のスタイルを確立したようだ。
そのファンティン氏の料理と、風味も構成もビビッドなブウール氏の料理が出会ったのが今回のイベント。互いの特徴を一層際立てるものとなった。なお2人は前々から存在を知っていたものの、会ったのは初めてという。「初回ならではの化学反応」がいい意味の緊張感を生み出し、より深い陰影をコースに生み出していた。
これから一年間続く、ファンティン氏のコラボレーションイベント。どのようにゲストの料理を照らし、また照らされるのか楽しみだ。
※次回は6月25日の開催。イタリア・ベルガモのミシュラン3つ星「ダ・ヴィットリオ」のキッコ・チェレア氏を銀座に迎える。8月はインドネシア・バリのブルガリ・リゾートにて、ファンティン氏と大阪「ラ・シーム)」高田祐介氏がコラボレーションする予定。
6/25イベント予約サイト
https://www.tablecheck.com/ja/shops/bulgari-il-ristorante-tokyo/reserve
ブルガリ イル・リストランテ ルカ・ファンティン
東京都中央区銀座2-7-12 ブルガリ銀座タワー
TEL 03-6362-0555
https://www.bulgarihotels.com/ja_JP/tokyo-osaka-restaurants/tokyo/il-ristorante
text:料理王国