世界のトップシェフ達を巻き込み、野菜の可能性を広げる国際的なムーブメント「We’re Smart® World」。創設者フランク・フォル氏が考える“料理人と野菜料理の関係”を聞いた。
「We’re Smart®World」は、「野菜を中心とした持続可能な食の未来」を提案する国際的なプロジェクトだ。ベルギー出身の料理人フランク・フォルさんによって2008年に創設され、欧州を中心に米国、アジアでも活動する。「私たちのモットーは“Think Vegetables! Think Fruits!®(野菜を考えよう、果物を考えよう)”です」とフォルさん。「ただしヴィーガンやベジタリアンの人達を対象に活動しているのではありません。すべての食のスタイルを持つ人々に対して、植物性食材をもっと積極的に取り入れることを提唱しています。なぜならばそれは自分自身の健康のみならず、地球環境へのいい影響をもたらすからです」
We’re Smart®の活動は現在、二つの柱からなる。「We’re Smart®Green Guide(以下グリーンガイド)」の製作と「We’re SmartR TOP 100 Best Vegetables Restaurants in the World(以下ベスト・ベジタブル・レストラン100)」の選出だ。
グリーンガイドは、野菜料理に力を入れているレストランを紹介するガイド。世界各地のWe’re Smart®のチームメンバーが実際にレストランで食事をし、「メニューの少なくとも2/3が果物と野菜で構成されているか」、「料理は創造的で、環境への配慮があるか」などの基準で評価する。評価の結果はWe’re Smart®ホームページ上のグリーンガイドの項目で、1〜5本の「ラディッシュマーク」で表示。2025年4月現在、グリーンガイドには世界51カ国の1356店のレストランが掲載され、うち5ラディッシュは126店だ。
そしてベスト・ベジタブル・レストラン100は、We’re Smart® Worldが毎年発表するランキング。選定基準は「Think Vegetables! Think Fruits!® 」が実践されているかどうかと、グリーンガイドにおける評価基準に基づく。
08年にフォルさんがWe’re Smart!® Worldの活動を始めた時、そのスタートはコンテストの開催だった。「ベルギー、オランダ、ルクセンブルグの3国の料理人を対象とした野菜料理のコンテストを年一回、6年間開催しました。それと並行して進めていたのがベジタブルレストランのガイドブック作り。13年にこの3国のガイドを発刊し、これがグリーンガイドへと繋がります」。
そしてフォルさんは17年に、このガイドを世界に広げようと決意。フランス、スペイン、イタリア、北欧といった欧州から始め、北米、南米、アジアへと活動を拡大し、日本のレストランも18年より掲載されている。
ガイドの国際化からわずか8年で世界51カ国、1356店にまで広がった背景をどう考えるか聞くと、「シェフ達自身の意識変化がありました」とのこと。「肉や魚の料理が主流だったレストランの世界で、“野菜こそが自分達のクリエイティビティを表現できる分野”だと気付き始めたのです。そして一度野菜の魅力を知ると、もう戻れない。新しい世界が見え、可能性を感じる。料理人のようなクリエイティブな仕事をする人にとって、大きなパワーになるのです」。
フォルさん自身も、野菜に魅せられた料理人の一人だ。出会いは若き日に遡る。「1980年代の半ば、ブリュッセルの三つ星店で働いていた時、タイで開催された料理フェスティバルに仕事で参加する機会がありました。その時、タイの料理がいかに野菜を主役として扱うか、真剣に調理するかに衝撃を受けたのです。ベルギーにも野菜はたくさんあります。でも、レストランでの扱いは付け合わせくらい。一方のタイでは調理法も豊富で味付けも丁寧。すぐに私は“これをベルギーでもやろう!”、“野菜料理の素晴らしさを広める活動をしよう!”と決めたのです」
その後、87年に27歳でベルギーに自店を構えると、「The Vegetables Chef®」として知られるように。「94年から2年間、自分のテレビ番組を持っていたこともあるんですよ。毎回ベルギーの著名人を一人店に招き、その人に合った野菜料理を考案、提供する内容。テレビの影響で、地元の人が店に来てくれるようになったのが嬉しかったです。“野菜ばかり出る”といって敬遠されていたので(笑)」。
しかし思うように賛同者が増えず、信念も広がらない。「あまりに変化が遅いので自分の店を売却し、野菜料理を普及する活動に専念する道を選びました。それが2005年のこと。人生のパッションに従ったので、決断に迷いはありませんでしたね」。
以降は先述した通り。ベネルクス3国でのコンクールから始まり、ガイドブック、世界進出……と飛躍し、今に至る。「私達の活動の本質は、ガイドやランキングよりもムーブメント。社会に良いインパクトを与えます」とフォルさん。「シェフは皆、野菜料理の優れたアンバサダーです。店で出すだけでなく、社会全体を野菜の力で鼓舞できます」。
現在、日本のレストランでグリーンガイドの5ラディッシュを有する店は9店あり、昨年のベスト・ベジタブル・レストラン100にランクインしている店は8店ある。「日本は、魅力的な野菜料理を提供する店が本当に多いです」とフォルさん。「“人は自然と繋がっている”という伝統的な思想の影響も大きいと思います。日本の人達は素材、生産者、自然、季節に対するリスペクトが強い。もちろんヨーロッパのシェフも、生産者や食材をリスペクトしますよ? でも社会全体ではない。一般の人々にまで食材への感謝の気持ちが浸透しているのは、世界的に見てもユニークな文化だと思います」。
その一方で、野菜料理があたりまえなゆえに、保守的な面があるのではとも指摘。「日本料理は野菜をおいしく食べる技術の宝庫ですが、組み合わせる相手として昆布と鰹節のだしが常識となっているため、“野菜のだし”に対して消極的。日本のシェフ達のクリエイティビティがあれば、抜群においしくて使いやすい植物性のだしも生まれるはずです。豊かな海藻文化、発酵文化もありますしね」。
フォルさんは「日本は、We’re Smart®の理念と非常に相性がいい」と話す。そして世界のなかで、日本の料理人が野菜料理の魅力発信で大きな役割を果たしてくれるのでは、と期待。「We’re Smart®の活動は人にも環境にもポジティブです。興味を持ち、共に歩む仲間が増えることを願います」。
※今年の We’re Smart® Award Showは11月11日にロンドンで開催される予定
Frank Fol フランク・フォル
ベルギー出身の料理人、活動家。ベルギーで自店「シール・ピノック」を営んだ後、野菜料理を追求する「ベジタブルシェフ(The Vegetables Chef®)」の活動に専念。2008年に「We’re Smart® World」を創設。野菜料理の発展を軸に、食・健康・環境・教育を繋ぐ国際的なムーブメントを展開。世界50カ国以上に影響を広げている。21年にはベルギー政府よりSDG Voicesに認定された。
text: Cuisine Kingdom photo: Wim Demessemaekers