東南アジアに存在する。にぎり寿司の親戚「ネーム」をご存じですか?


醤油、味噌、魚醤、納豆、麹…。日本のベーシックな発酵食品と似たものが、アジア各地でも使われている。その類似性と差異を意識することで、見えてくるものがある。

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魚醤

塩辛/ペースト状/液状に分類できる。ペースト状のものには、カピ(タイ)、トラシ(インドネシア)、プラホック(カンボジア)、マムトム(ベトナム)、ンガピ(ミャンマー)、蝦醤(中国)などがあり、魚だけでなく小エビを原料としたものが多い。液状の魚醤はナンプラー(タイ)、ヌックマム(ベトナム)、ンガピャーイェー(ミャンマー)、魚露(中国)、しょっつる(日本・秋田)、いしる(日本・石川)など。塩辛状、ペースト状の魚醤やナレズシにくらべ、液体に精製された魚醤が登場するのはずっと後の時代である。

ラオスの魚醤。魚の姿がみえる塩辛の状態

穀醤

日本の味噌に似たペースト状の穀醤としては韓国のテンジャンがある。伝統的な製法では大豆ペーストを成形して乾燥させたメジュと呼ばれるものに天然のカビや枯草菌をつけて発酵させ、さらに甕の中で塩水に浸して発酵させる。
醤油に似た液体の穀醤については、日本の濃口醤油/淡口醤油のように「濃/淡」の2タイプが使い分けられている地域が見られ、シーユーダム/シーユーカオ(タイ)、ケチャップマニス/ケチャップアシン(インドネシア、マレーシア)、老抽/生抽(中国)などがこれにあたる。

韓国の市場。テンジャンやコチュジャンが売られている

納豆

納豆の定義は、加熱した大豆を無塩で納豆菌・枯草菌により発酵させたもの。日本の納豆は粒を生で食べることが多いが、アジア各国ではペースト状や、それを板状に成形して乾燥させたものも見られ、多くは調味料としても使われる。各地での呼び名は、トゥアナオ(タイ)、シエン(カンボジア)、キネマ(ネパール)、リビイッパ(ブータン)、ハワイジャール(インド・マニプール州)など。インドネシアのテンペも納豆に似ているが、クモノスカビによる発酵が特徴であるため納豆の仲間には含めない場合もある。

ミャンマーの乾燥板状納豆「ペーボッ」

蒸米に種麹を振りかけ、繁殖させてつくられる日本の「ばら麹」に対し、アジア各地でみられる麹は「餅麹」と呼ばれるものがほとんど。生の麦や米などを粉砕し水で練った団子に、天然のクモノスカビや酵母をつけて発酵させる。ルークペン(タイ)、スアラオ
(ラオス)、ラギ(インドネシア)、マルチャ(ネパール)、ヌルク(韓国)などが餅麹の例で、これらを使った甘酒様の飲料・食品(タイのカオマークやマ
レーシアのタパイなど)や、どぶろくに似た酒(韓国のマッコリやネパールのチャンなど)が各地で飲まれている。

ブータンの麹「チャン・ポー」。シダの葉をつけて育てる

にぎり寿司の親戚「ネーム」

ナレズシは東南アジアおよび東アジアに広くみられる発酵食品。タイのプラー・ソムや琵琶湖の鮒ずしなど、いずれも乳酸発酵の酸味が特徴だ。日本ではナレズシを早く食べたいがために発酵期間を短くする工夫が始まり、やがて発酵させずに酢で酸味をつけてしまう「早ずし」が誕生。ついには「江戸のファストフード」にぎり寿司にまで行き着き、世界的には和食の代表のごとく思われている。この種の進化は日本特有? 森枝さんにたずねたら、タイやラオスの酸っぱい発酵ソーセージ「ネーム」の話になった。

「それを『進化』と言ってよいのかどうかは、わからないです。例えば、ネームなんかは寿司の親戚のようなものですよね」

獣の肉を発酵させる「肉醤」というものがある。豚ひき肉、塩、もち米、にんにく、唐辛子などを発酵させるネームは肉醤の延長線上に生じた食品で、ナレズシからにぎり寿司への変容とパラレルな関係にあるのだ。生食したり、サラダ(ヤム)にしたり、加熱してもおいしいネーム。たしかに、食文化には「進化」も「退化」もない。

野菜などと盛り付けて生食されるネーム

代用食材と料理の構造分析

森枝さんが自宅でつくっていたという「ミャンマー風納豆炒めかけごはん」が気になる。

「シャン州のインレー湖に行ったときに教わった料理で、納豆をトマト、ニンニク、ショウガ、唐辛子なんかと炒めて、ごはんにかける。ミャンマーには地元の納豆がありますが、日本の納豆を使ってもおいしい」

代用食材としての納豆に想像力が刺激される。納豆がミャンマーの食文化につながっていることを印象づけるレシピだからだ。実際とても美味で、納豆の食べ方にも広がりを与えてくれる。

「80 年代なんか、たとえばタイ料理を作りたくても日本ではナンプラーが簡単に買えなかった。だから中華街で中国産の魚醤『魚露』を探したり、秋田のしょっつるを使ったり…。モノがない状態でつくろうとすると、レヴィ・ストロースの『料理の三角形』ではないけれど、料理の構造や食材のキャラクターを自然と分析するようになるんですよね」

海外の食材を手軽に買える今は、料理の構造分析をしなくてよいぶん、食文化への想像力も衰えているのかも、と思ったりもする。

text ワダヨシ(ferment books) photo 森枝卓士

本記事は雑誌料理王国2020年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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