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ミシュラン3つ星の日本料理店「まき村」店主として活躍


「旬」と「瞬」を大切にお客さまの喜びを自らの幸せに

「服部栄養専門学校では、お世辞にも真面目な学生とは言えませんでした」と牧村彰夫さんは苦笑する。ただ、話上手で授業も飽きさせない、担任の鈴木章生先生は好きだった。今も、数年に1度、先生を囲み、クラスメートと集まっていると話す。

「最近は、卒業生を毎年紹介していただいています。不良学生だった私が、こんなに長い間、学校とご縁が続くなんて、不思議ですね」。
そんな牧村さんが自分の店を出したのは、卒業から約8年が過ぎた、27歳のときだった。

牧村彰夫さんは服部栄養専門学校を卒業後、赤坂の料亭「長谷川」で8年修業をしたのち独立。

「とにかく自分の店が持ちたくて……。たまたま大森で5坪ほどの小さな店をやってみないかと声をかけられ、二つ返事で受けました」。

野菜のゴマ和えとハマグリの先付け

しかし、料理は何もつくれなかったという。
「頭ではつくれるものだと思っていました。でも、一人でやってみたら、何もつくれなかった。ひどいものです。ただ、当時は1980年代のバブル全盛期。それに助けられました」。

天然トラフグの白子焼き 自家製カラスミの薄くず仕立て

それでも、本を読んだり、おいしいと評判のレストランへ食事に行ったりしながら、懸命に料理の勉強をした。独立のために借金もしていた。「やるしかなかった」と牧村さんは言う。
3年半後、最初の店を閉じて大森に「まき村」を開く頃には、コース料理のみを提供する店になり、評論家の目にも留まるようになっていた。

「そんなあるとき、評論家の方に『押しが強すぎる。食べていて疲れる』と言われてしまったのです。おいしい料理を食べていただきたい一心で、食材も味付けも足し算ばかりだったんです。でも、疲れると指摘され、その頃から私は引いていくことを覚えました」。

ただ、引きすぎると、今度は当たり障りのない料理になってしまう。
「引き算しながらも、どこかで強烈な足し算をすることで、いい意味でお客さまに驚きを提供したいと思うようになりました」。

炊いたタケノコ カギワラビと鳴門わかめを添えて

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