「フレンチ方程式」をコンセプトに、料理や飲み物、空間などを「アルゴリズム(=算法)」の要素ととらえ、その解としての食体験を生み出す「アルゴリズム」。その中で、「温度」も大切な要素のひとつだとオーナーシェフの深谷博輝さんは語る。「フランスから帰国し改めて日本で仕事をしていると、日本人はフランス人に比べて温度に敏感だと感じます。熱いものは熱く、冷たいものは冷たくという料理が好まれる。ですからこの店でも温度には気を使っていますね。おまかせコースのみの提供ですから、その中でどのように温度を表現していくかということも大切です」と深谷さん。
「アルゴリズム」の店内はキッチン横にカウンター席が8席のみ。この近さも、温度を含めた深谷さんの表現が100%に近い状態でお客さまの元へ届くよう計算された結果だ。また、熱い料理を盛り付ける皿は80°Cに温めて使用。皿の温度を極限まで高くするのは、料理の温度を下げないためでもあり、その上に乗る食材の香りを立たせるためでもあるという。「皿の温度が10°C違うだけでも香りの立ち方が違う」と言う深谷さん。キッチンで熱い皿の上に盛った食材から、また、火にかけたソースなどから香りが立つ時は、空調を使ってキッチンからお客さまへと、その香りを流す演出も行っている。
そんな「アルゴリズム」のスペシャリテが「死後硬直大地の香り」。明石の「伝助アナゴ」を提供する2日半ほど前に締め、死後硬直を起こしたものを使用。火入れの温度が異なるふたつの方法で調理し、ひとつの皿に盛り合わせて出す。ひとつは高温で揚げたフリットで、アナゴの天ぷらなどでもおなじみのふわふわの食感。もうひとつは皮目をバーナーで炙ってからオーブンとサラマンダーを使って遠めの低い温度で火入れした白焼き風で、こちらは死後硬直と相まって弾力のある独特の食感だ。合わせるのは、土の香りをイメージしたトリュフのソースとスライス。80°Cの皿に盛り付けることで、トリュフの香りが何倍にも豊かに感じられる。
アナゴは産地からの配送時の温度にも気を配り、死後硬直を起こすまで保管する際の温度も管理。微妙な状態を見極めながら調理のタイミングを正しく判断することが重要だ。そして調理にも細やかな温度づかいが求められる。「タンパク質は生ではやわらかい状態のものが、徐々に火を入れるとだんだん硬くなり、さらに高い温度を入れるとまたやわらかくなります。低い温度で硬くなっていく段階で火入れを止めることによって、死後硬直の身の状態と相まって新しい食感と味わいが生まれる。アナゴという身近な食材で驚きを生み出すのがこの料理の狙いです」と深谷さん。さらにトリュフの香りを濃厚にまとわせることで、料理全体の深みを増している。
「アルゴリズム」では料理に合わせるワインペアリング、ノンアルコールペアリングもすべておまかせだ。今回「死後硬直大地の香り」に合わせたノンアルコールドリンクは、北海道の真鱈の白子とマグロ節のだしを合わせ、茨城産「福来(ふくれ)みかん」の皮を浮かせたもの。これは料理に旨味と柑橘の爽やかな香りを足すためのものだが、舌を火傷してしまいそうなほどの熱さもポイントだ。
「熱いドリンクを提供するのは、お客さまの口内温度を高く保ちたいからです。口の中の温度が高ければ、穴子やトリュフが入ってきた時の旨味や香りの広がり方が違う。もちろん全品熱いわけではありませんが、時には熱いドリンクをペアリングすることで、料理との相乗効果を高めています」。温度を自在に操りながら食材と香り、料理とドリンクを掛け合わせることで、「アルゴリズム」はより高い次元の解を見出している。
死後硬直 大地の香り
馴染み深い食材を、レストランならではの温度づかいで新たな味わいに昇華させたひと皿。高温のフリットと低温のグリルというふたつの火入れで仕上げたアナゴに、百合根とトリュフのソースと、生のトリュフのスライスを合わせて。熱い皿でトリュフの香りを立たせている。さらに熱いドリンクを合わせて、より深い味わいを感じさせるという仕掛けも。
特殊な冷蔵庫で魚を熟成
0°Cに設定しても中に入れたものが凍らないという冷蔵庫「静電式解凍・保鮮機 SE-DEPAK」。医療でも使用できるものだが、魚を熟成させるのによいと寿司店やレストランの厨房でも使われ始め、「アルゴリズム」も導入している。青魚やマグロなどを酸化させないという機能も。
温度と死後硬直で驚きを生み出す
スペシャリテに使用する明石の「伝助アナゴ」。個々に状態が異なるため、それぞれの死後硬直の具合(身の固さ)や脂の乗り具合などを見て使うタイミングを判断し、調理も調整していく。この時期のアナゴは餌食いがよく身が厚いため、異なる温度での調理による食感の違いも表現しやすい。
温かい料理に使う皿は80°Cに
本来は料理を入れて保温しておく温蔵庫を、「アルゴリズム」では皿の温めに使用。設定温度は80°C。磁器の皿は温度が上がりやすいが下がりやすくもあるため使用せず、保温性の高い陶器を使用する。皿を極限まで熱くすることで料理の温度を下げず、香りをしっかりと立たせる。
Hiroki Fukaya
1984年茨城県生まれ。調理師専門学校を卒業後「銀座レカン」を経て渡仏。パリ「ズ・キッチン・ギャルリー」で修業したのち帰国し、「ビストロ ボンファム」、「カンテサンス」で研鑽を積む。2017年に独立し「アルゴリズム」をオープン。2018年にミシュラン一ツ星を獲得。
河﨑志乃=取材・文 平石順一=撮影
本記事は雑誌料理王国2019年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2019年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。