トップシェフに聞くおいしい温度「瓢箪」髙橋義弘さん


日本料理ならではの手仕事と最新機器を合わせて

髙橋義弘さん 瓢箪

だしの引き方を見直して温度の認識が変わった

2月24日、「温度」がテーマの「第5回全日本・食サミット」に出演した「瓢亭」15代目の髙橋義弘さん。今なぜ「温度」が注目されるのか、お話を伺った。

「ひとつには、調理器具が発達したということがあると思います。蒸し料理といえば蒸し器というアナログな道具だったのが、スチームコンベクションオーブンが出てきた。温度計も今はデジタルでさまざまな種類のものがありますから、細かく温度を見ることができます。道具の発達によって管理しやすくなったことで、自然と温度に対する関心が高まっているのだと思います」

そう話す髙橋さんが温度を見直すようになったのは「瓢亭」に入ってから、ふと昆布だしを引く温度を変えてみようと思ったのがきっかけだったのだとか。それまでは沸騰近くまで温度を上げなければ昆布の味が出ないとされていたのを、あらゆる温度でだしを引き比べてみたところ、理想のだしはそれより低い温度で引けることがわかったそうだ。時を同じくして調理科学を研究する大学教授とも交流を持ち、自身の発見にある程度科学的裏付けも得て、温度に対する考え方が変わっていったという。

「蛤真薯椀」は、その昆布だしを使った一品。昆布だしは科学的には60〜65℃でもっとも旨味が出るとされているが、髙橋さんは調理場での経験値として65〜70℃で分かけて昆布の旨味を引き出す。味を見て昆布を取り出し、95℃に上げてしっかりアクを取ってからマグロ節を入れ、90〜95℃で沈ませて20分置き、アクを取って漉す。マグロ節を入れる際に80℃以下だとだしが濁り、昆布のアクが残っていても濁ってしまう。緻密な温度管理で昆布の旨味をしっかり引き出すことによって、酸味や渋味のない繊細なマグロ節の味と香りを引き立てることができる。

繊細に引いただしにやわらかな真薯を合わせる

このだしに合わせるのが、ハマグリの真薯。ゆでると味が抜けてしまうため蒸し上げるが、火が入りすぎるとハマグリが硬くなる。温め直しを避けるため、お客さまに出す直前にスチームコンベクションオーブンへ。ゆっくり火を入れても硬くなり、温度が高すぎても真薯が破裂してしまうので、設定は90℃で8〜10分。蒸し上がりに熱く温めただしを合わせ、シンプルにウルイと木の芽をあしらう。椀の蓋を開けた瞬間に立ち上るだしとハマグリ、木の芽の香り。つなぎの硬さや割合も塩梅された真薯が口の中でなめらかに溶け、ハマグリのほどよい食感とともに旨味が広がる。

数値ばかりではなく経験を合わせてこそ

「ぐじと丸大根の白味噌煮」は、グジ(甘鯛)の火入れがポイントだ。まず皮目に200℃近い高温の油をかけ、香ばしい香りをつける。休ませたら濃いめの白味噌のだしを張ったバットに入れ、スチームコンベクションオーブンへ。グジが白味噌の風呂に浸かった状態で、85℃で6〜7分蒸す。蒸すという直接火が当たらない加熱で、かつ粘性のある味噌のだしに浸かっているため、グジには穏やかな熱がゆっくりと浸透する。蒸し上がりは香ばしさがありながらもやわらかく、しっとり。さらに、蒸す前に油をかけて纏わせたことで、いっそうふっくらと仕上がっている。穏やかな春の訪れを感じさせる味わいだ。

「温度を管理することで料理は変わりますが、数値ばかりではなく、自分の経験値を合わせていくことが基本です」と言う髙橋さん。最新の機器を取り入れながらも、細やかな手仕事で日本の食材の繊細な味わいを表現する。「日本には器に口をつけてすすり、空気を含ませながら温度を下げて飲むという文化があります。そのため熱い汁物を飲むことができ、熱いからこその香りや旨味を好むのです。日本ならではの温度を理解することで、より深みのある料理につながります」。

蛤真薯椀
細やかな温度づかいで引いた「瓢亭」のだしに、春のハマグリの真薯。真薯のつなぎの硬さやハマグリとの割合、そして蒸す温度の塩梅で、口溶けなめらかな中にハマグリの食感と旨味が引き立つ。真薯とだしをしっかりと味わえるよう、あしらいはウルイと木の芽のみでシンプルに。

ぐじと丸大根の白味噌煮
冬の名残りと春の食材を合わせた炊き合わせ。グジ(甘鯛)を“白味噌の風呂”に浸からせて蒸すことで、しっとりやわらかく仕上げる。旨味を逃さないよう、ゆでるのではなく蒸してから炊いた丸大根(聖護院大根)と、ユズ、フキノトウや菜の花と合わせて。

おいしい温度はここから生まれる

活けものは10℃で保管
「瓢亭」では冷蔵庫を5℃に設定しているが、刺身用の活け締めの魚だけは10℃の冷蔵庫で保管している。5℃だと硬直してしまい、15℃だとぬるい刺身になってしまう。冷やしすぎてしまうと味が落ち、温度が高すぎると安全面の問題もあるので、緻密な管理を必要とする。

昆布だしは65~70℃で
沸騰近くまで温度を上げて引くのがよいとされていた昆布だし。ある時あらゆる温度で引き比べてみたところ、65~70℃で引くと理想の味になるとわかった。この温度で引くと旨味がよく出るため、使う昆布の量も3分の2になり、削り節の風味もより引き立つようになったという。

最新機器で繊細な仕事を
蒸す際はスチームコンベクションオーブンで。これまでの経験をもとに温度と時間を設定し、繊細な火入れをムラなく行う。グジはより穏やかに火を入れるために、粘性の高い白味噌の風呂に浸からせて蒸すなどの工夫も。細やかな手仕事を合わせることで、味わいのある仕上がりに。

Yoshihiro Takahasi
1974年京都府生まれ。創業450年、10年連続でミシュラン三ツ星獲得の京料理の老舗「瓢亭」の15代目。大学で経営学を学んだのち、金沢「懐石 つる幸」で約3年間修業を積み、「瓢亭」に入る。2015年に15代を継承。2018年3月に東京に進出し、東京ミッドタウン日比谷に出店。

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河﨑志乃=取材・文 平石順一=撮影

本記事は雑誌料理王国2019年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2019年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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