第1回はこちらから!
https://cuisine-kingdom.com/italia1-kazuonaito/
マルケ州、ウンブリア州、アブルッツォ州、サルデーニャ州
ミラノ、ボローニャ、フィレンツェ、そしてローマへ至るイタリアの主要道は、日本でいえば東海道のような存在。沿線では、人や物、情報が歴史的に交差してきました。一方、マルケ州、ウンブリア州、アブルッツォ州は主要道から外れています。こうした立地では、食材も料理方法もほかと交わらず、自己消費型になります。ただ、この自己消費にも2種類あります。食材が豊かに採れるけれど、他人には渡さず自分たちで食べるリッチな自己消費と、何も採れない環境で必要に迫られた貧しい自己消費。中部の3州でいえば、前者の典型がマルケ州、後者がアブルッツォ州でしょうか。マルケ州は、州を横切る山があばら骨のように走る隔絶した場所ですが、食材豊富で華やかな宮廷文化の影響が郷土料理にも見られます。
対してアブルッツォ州は、山と羊飼いが食文化を形作り、素朴な料理が中心です。唯一の調味料は、痩せた土地に育つトウガラシでした。
渓谷が多く、城壁に囲まれた丘の上に小さな町を築いたウンブリア州も、孤立した土地柄です。観光のプロモーションにも疎くマイペース。しかし、ノルチーノといわれる加工肉の技術集団が、イタリア各地で活躍した時代もありました。地味ながらいい食材の宝庫です。たとえば標高の高い町、カステルッチョのレンズ豆は、薄皮でやわらかく、秀逸です。
しかし、マイペースといえばサルデーニャ州に勝る場所はないでしょう。2000年前の料理が平然と残る驚くべき島です。メルカというボラ料理は、港町オリスターノの浅瀬の湾に集まるボラを塩ゆでにした保存食で、古代フェニキア人が航海に持参しました。シチリア州同様いろいろな民族の侵略を受けましたが、サルデーニャ人は内陸部に逃げて独自性を維持し、その誇りを今も持ち続けています。
アドリア海の華と呼ばれるマルケ州。古都ウルビーノの名君、フェデリーコ公爵の元には、ラファエロやブラマンテなど、有名な芸術家たちが集った。そんな豊かな中世都市のひとつ、マチェラータで生まれたといわれる「ヴィンチスグラッスィ」は、ラザーニャの一種だが、具材は実に贅沢だ。岩坪滋さんは、以前店でマルケの料理会を行った時に、この料理を再現した。「豪華なラザーニャでオリジナルは仔牛の脳味噌も使うようですが、今回は仔牛のレバーと胸腺、鶏の砂肝、牛の肩肉を使用しました。手切りで各々の肉の食感や風味を生かしています」と話す。庶民も豊かだったというマルケ州の歴史が薫る。
高級食材の仔牛の胸腺とレバー、鶏の砂肝に、牛の肩肉を使った豪華ラザーニ ャ。それぞれの肉の香りが代わる代わる現れる。ベシャメルソース、パスタ生地は軽めに仕上げて、現代的な味に。
指先でポロポロとつまんで作るパスタ「フラスカレッリ」は、今や姿を消しつつある伝統料理。ゆで時間が短く応用が利くため、ウンブリア料理を中心に出す「スペッロ」では、季節によってトマトソースなど変化をつけて提供している。「ウンブリアは豆類とハーブが豊富なので、なるべく使うようにしています。現地ではトリュフを山ほどかけた料理も多いんですよ」と飯塚宗則さん。花と緑があふれる州・ウンブリアへは、名産品であるトリュフやポルチーニ、オリーブオイルの買い付けに訪れる者も多い。それらの名物とハーブをふんだんに使った料理の数々は、どこか春を思わせる。
一見リゾットのようなそぼろ状のパスタが「フラスカレッリ」。オランダ豆と白インゲンのシンプルなソースにふわりと甘草が香る。キンカンのジャムを塗って焼いた豚を添えた、華やかで優しい組み合わせ。
アブルッツォの牧羊民にとって、出産後の雌羊は売れないため、安く入手できる肉。そんな雌羊のモモ肉がやわらかくなるまで土鍋で4時間以上かけて煮込んだ「コアット」は“貧乏人のごちそう”、山岳地方の素朴な家庭料理だ。イーヴォさんによると、日本の鍋のような感覚の料理で、仲間が家に集まる時などにも作るそう。羊の旨味が染みたトマト風味の煮汁は、キタッラなどのパスタにからめてもよい。じっくりコトコト煮込んだ羊肉は、風味豊かでボリューム満点。家庭もしくはオステリアなら味わえるかもしれないが、リストランテではけっして出会えない、アブルッツォでもっとも古い料理のひとつだ。
子供を産んだ雌羊のモモ肉を、バジル、マジョラム、ローズマリー、セージ、コショウの葉、ニンニク、タマネギ、トマト(水煮)、白ワインとともに土鍋でじっくり煮込んだ料理。「コアット」は“煮つまった” という意味。
「サルデーニャには人口の2~3倍の羊がいるんですよ」と毛利亮さん。そのため羊肉を多く食することはもちろん、羊飼いが放牧先で食べる、携帯しやすい料理が多く生まれた。パイ包み焼き「パナーダ」はもともと大きな鍋の形に焼いて切り分ける祝祭料理だが、普段用に作る小型の鍋にも取っ手が付いており愛嬌たっぷりだ「。現地の惣菜店でも取 っ手付きです。冷製前菜なので特産品のブルーベリーをソースにしましたが、温めて羊のだしをソースにすればメインにもなりますよ」と毛利さん。あえて筋も残した羊肉にウイキョウの種とポルチーニが香りを添えた、繊細かつ野趣味のある一品だ。
仔羊ロース肉とグリーンピース、ポルチ ーニなどをパイに詰めた「パナーダ」は、つぶしきらない羊の不揃いな食感と、フ ィノッキオ(ウイキョウ)の種がアクセント。付け合わせには特産品のペコリーノチーズとブルーベリーを添えた。
Kazuko Nagamoto
神奈川県生まれ。1997年ict食文化企画を設立。イタリア料理・ワインを現地で学ぶ研修プログラムを提供し、多くの料理人やソムリエを輩出してきた。リストランテ「カシーナ・カナミッラ」のオーナーも務める。
text : Megumi Komatsu、Kaori Shibata photo、Aki Fujita photo : Kenta Yoshizawa、Ichiro Nakanishi
本記事は雑誌料理王国2011年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。