黒毛和種の飼養頭数が全国4位、褐毛和種(あか牛)の飼養頭数が全国1位の畜産王国・熊本県。去る2月、東京から5人のシェフが熊本へ向かいました。おもな目的は、「くまもと黒毛和牛」の生産現場の視察と関係者との交流会。さらにシェフたちは、国内でも高いシェアを持つトマトやイチゴ、カリフラワーの農園も訪問。夕食では様々な熊本食材を使った料理を味わうなど、熊本県の食の豊かさに触れる2日間となりました。
「くまもと黒毛和牛」は、令和3年3月に統一された熊本県産黒毛和牛のブランド。
黒毛和牛の肥育農家では、県内外で生まれた子牛を8〜10カ月で引き取り、1年以上の時間をかけてじっくりと育てます。
この過程で、以下の3条件を満たした肉が、「くまもと黒毛和牛」を名乗ることが許されています。
「くまもと黒毛和牛」に統一される前は、県内各地のさまざまな団体、企業が黒毛和牛の独自のブランドをもち、それぞれの名前で流通させていました。「くまもと黒毛和牛」として打ち出す狙いは、熊本の黒毛和牛を全国トップブランドに育てること。
“オールくまもと”で、日本で指折りの黒毛和牛生産地としての存在感を発揮し、熊本産黒毛和牛を全国へ、さらには世界で戦える黒毛和牛ブランドとしたいという思いから生まれたのが、「くまもと黒毛和牛」なのです。
現在は、「あしきた牛」「天草黒牛」「きくちのまんま」「球磨牛」「黒樺牛」「旨黒」「藤彩牛」「やまが和牛」「和王」(50音順)の9銘柄も、それぞれ独自の生産基準を保ちつつ「くまもと黒毛和牛」のブランドを使用し、地域一体となって生産・販売・流通に取り組んでいます。
阿蘇くまもと空港に降り立った5人のシェフは、早速、まずは熊本の黒毛和牛を味わうべく県内最大の牛肉産地・菊池にある JAのアンテナショップ「きくちのまんま」へ。ここでは、買ったお肉を自分で焼いて食べられる焼肉コーナー「まんまキッチン」が併設されています。
昼食後は、くまもと黒毛和牛「和王」を飼育生産している株式会社熊本畜産流通センターの直営牧場へ。
同社では2カ所の牧場で220頭の肉牛を飼育しており、益城農場にいるのは、そのうち110頭。また、飼育されている肉牛の内訳は、くまもと黒毛和牛「和王」と「くまもとの味彩牛」(黒毛和種×ホルスタインの交雑種)がほぼ同数だそうです。
ここにやって来る子牛は、県の家畜市場で購入したもので最初は月齢10ヶ月前後、体重310~320キロ。「和王」の場合は、ここから18ヶ月以上かけて850キロを目標に肥育します。若杉部長によれば、どの子牛を購入するかを決めるポイントは、血統と体型。血統は5等級に成長するかどうかを決める重要な要素で、市場での人気も左右するそうです。
餌は、1日2回。地元産の稲藁、麦稈などの粗飼槽飼料と特選配合飼料の2種類を混ぜ合わせて飼槽に入れています。5等級を目指す黒毛和牛の場合、肉の味の決め手となるのは、穀物系の餌。「とうもろこしと大麦のブレンドで、ほどよく肉の味も濃く、かつダレない肉質を目標に作っています」とJA熊本経済連畜産部 畜産生産指導課の原田隼貴(しゅんき)さん。
とはいえ、体調を整えるためには粗飼料も必須。また、よりよいサシが入るよう、肥育度合い(体重)によって餌の割合も変えているそうです。牛たちが健康に、立派な黒毛和牛になるために、農場スタッフが日夜その様子を見守りながら、大切に育てています。
続いてシェフたちは、県内有数の米どころでもある七城町にある、株式会社熊本畜産流通センターのと畜工場へ。ここは熊本県で生産される肉用牛の8割がと畜される県内最大の工場で、1日60頭、月間1400頭をと畜し、出荷しています。平成23年には世界各地への輸出に対応する新工場も備え、アメリカ、香港、台湾を主に、14カ国への出荷体制も整えています。
最初に、白衣と帽子に身を包んだシェフたちが訪れたのは「枝肉保管庫」と言われる部屋。ここにはと畜後、頭や皮、内臓を除いた「枝肉」が保管されている。卸売業者が仕入れを決める場所でもあり、それぞれの枝肉にA5、A4、くまもと黒毛和牛「和王」などのスタンプが押されています。
さらに奥へ進むと、分割作業場があります。ここでは、枝肉を、普段私たちが目にするような「バラ肉」「モモ肉」「ロース」などの各ブロックに切り分ける場所です。
仕入れ業者のオーダーによって、ブロックの切り分けサイズはそれぞれ異なるとのこと。ここには何百もの分割パターンが記録されているそうです。また、高価なお肉なので無駄な切り落としがないように注意も必要。個体差のある牛肉を、このようにカットするのは職人技であり機械化できない部分です。
視察後、一行を乗せたマイクロバスは市街中心地へと向かいました。意見交換会の会場は、ホテル日航熊本「肥後の間」。シェフたちは、「くまもと黒毛和牛」の地元関係者とともに、「くまもと黒毛和牛」の試食を行いました。
熊本県では、令和4年から東京食肉市場へ「くまもと黒毛和牛」の出荷をスタートさせました。4年目となる令和7年は、令和4年の3倍以上の出荷を見込んでおり、全国有数の黒毛和牛産地として、首都圏における一層の認知度アップと普及を目指しています。東京の料理人、産地と消費者をつなぐ商社、JA経済連やプロモーションの担当者などが一堂に会する貴重な機会にとなごやかに話が弾みました。
「熊本といえば、あか牛のイメージが強いのですが、ぜひ遠方のお客さまにもくまもと黒毛和牛「和王」を召し上がっていただきたいです」と、ホテル日航熊本調理部部長の江崎雄一さん。
シェフたちも「黒毛和牛、さらにサーロインとなると、肉の味だけで完成されている感がある」「脂のとろける柔らかさを生かして、何かと組み合わせてみたい」「シンプルに焼いたお肉を塩、コショウだけで食べても十分おいしいが、こうしたヴィネガーを効かせたソースもなるほどと思った」「湯引きもおいしいですよ」などと、くまもと黒毛和牛の可能性に思いを広げていました。
2日目の朝、シェフたちは熊本市から約40キロ南下して八代市へ。「くまもと黒毛和牛」と同じく熊本県の特産で、全国1位のシェアを誇るトマトやカリフラワー、そして熊本オリジナル品種が多数開発されているイチゴの生産者を訪ねて回りました。
熊本県のトマト年間生産量は、24年は13万3400トンに達しました。JAやつしろはその約半分を出荷している一大生産地。トマト農家も「丸トマト」(通常の大玉トマト)、「ミニトマト」など細分化されています。
シェフたちが最初に訪れたのは、先代から専業農家としてミニトマト栽培に取り組む堀田泰寛さんの畑です。早速とれたてのトマトを頬張り、はじける果汁に思わず笑顔に。
次に訪ねたのは、「くまもと塩トマト」を栽培する柿下裕さん。
「くまもと塩トマト」は、令和3年に国の認定制度であるGIマークを取得しています。
認定条件は以下の通りです。
干拓地である八代の農業地帯は、かつては塩田として塩作りが行われていた地域もあると言います。柿下さんの畑もその一つ。柿下さんは、圃場の一部は「くまもと塩トマト」を、他の場所では通常の大玉トマトを栽培しています。
塩分濃度が高い土壌で育つトマトは、浸透圧で水の吸い上げが悪いため、枝は細く、果実は小さく、果皮は硬くなります。しかし、そのぶん土壌のミネラル分も含めて吸収するので、甘味、塩味、酸味ともに濃厚な風味をもつようになります。
口にしたシェフたちも「(普通のトマトとは)全然違いますね」「酸味もあるので、甘味がより引き立つ」と話していました。
かつては、完熟してもサイズが小さいことからJAの出荷規格に合わず、売れないトマトとなってしまっていた時期もあったそうです。現在では、むしろその風味が高評価を得て、価格も高く取引されるようになりました。果皮が硬いので品もちがよく、遠方への輸送にも耐えられる点も全国的な展開に向けた強みとなります。
さて、トマト畑に続いて訪れたのはカリフラワー畑。カリフラワーも、じつは熊本県が全国シェア1位の農産物です。八代では2024年10月にカリフラワー部会が設立されたばかり。49戸の生産者さんが合計38haでカリフラワーを育てています。
この日は、4haを保有して米との二毛作でカリフラワーを育てているという太田裕二さんに話を聞きました。「ここは、春夏は水田なんですか!」と驚くシェフたち。今年のカリフラワーの種まきは9月25日。約4ヶ月後の1月中に収穫するのが毎年のスケジュールですが、今年は12月に雨が少なかったこともあって収穫できる大きさになるまで時間がかかったそう。2月半ばのこの日、葉に包まれて丸々と育ったカリフラワーが出荷の時期を迎えていました。
「長い時間をかけて育つカリフラワー、大事に使いたいですね」との感想も。
最後にシェフたちが訪れたのは、イチゴのビニールハウス。イチゴは常に新品種が登場し、全国的に品種開発の盛んな果物の一つですが、ここ熊本県でもオリジナル品種がいくつも誕生しています。
熊本県が9年の歳月をかけて開発した、円錐形の大粒品種「ゆうべに」の畑が最初の訪問先。その名の通り、鮮やかな紅色も特徴。また、甘みと酸味のバランスがよく「料理にも合わせやすいのでは」と、生産者の宮村泰臣さん。ビニールを毎年掛け替えることで自然な陽光を最大限に取り込み、色艶よく風味の濃厚なイチゴを育てています。
さらにシェフたちは、もう一つの熊本オリジナルブランドのイチゴ「ひのしずく」を栽培する宮崎勲さんも訪問しました。ひのしずくは平成18年に開発された品種です。酸味控えめで甘く、そのまま食べてもデザートのよう。このイチゴの持ち味を最大限に発揮できるよう、種まきの何ヶ月も前から土壌の発酵と熟成を促し、風味豊かなイチゴを育てることが宮崎さんのモットーだそうです。
「以前つくっていた牛頬肉や牛バラ肉のオイスターソース煮込みには、軽さを出すため、仕上げにトマトを加えていました。香港のホテルでは、酢豚や北京ダックにイチゴを組み合わせているのも見たことがありますよ」と、「京華菜 清香」の川角徳聖さん。
「くまもと黒毛和牛」に加え、トマト、カリフラワー、イチゴと多彩な視察先を巡った熊本での2日間。味を確かめ、現地で生産や流通にかかわる人と出会い、食材が生まれる過程に触れて理解を深めた5人のシェフたちは、この後、3月にフェアで「くまもと黒毛和牛」を使ったメニューを提供します。
5つのお店はいずれ劣らぬ人気店ですが、お店の立地やスタイル、価格帯、客層はそれぞれ異なります。そのクリエイティビティの競演から、新たな「くまもと黒毛和牛」の名品となる料理が誕生するかもしれません。
井関 誠
アニコ
港区赤坂6-3-8 高松ビル B1F
03-6230-9172
月~金 17:30~24:00(Food L.O.23:00)
土・祝 11:30~15:00 / 17:30~23:00(Food L.O.22:00)
日休
https://www.aniko-akasaka.com
川角 徳聖
京華菜 清香
目黒区八雲1-11-18
03-6421-1421
18:00~22:00(最終入店 20:00)
※予約制
※不定期ランチ営業あり
不定休
https://kyoukasai-seika.com/
金田 真芳
ブリッカ
世田谷区三軒茶屋1-7-12
03-6322-0256
月、水~土 18:00~23:00
日 Lunch 12:00-15:00 / Apéro 15:00-18:00
火曜定休
https://www.bricca.jp/
相場 正一郎
ライフ サン
渋谷区代々木4-5-13 レインボービルⅢ1
03−6276−1115
Coffee Stand 10:00~
Lunch 11:30~15:00(L.O.14:30)
Dinner 17:30~21:30(L.O.20:30)
月休
https://www.s-life.jp/info_son.html
秋田 和則
リストランテアキタ
港区南青山4-1-15 アルテカベルテプラザ B1F
03-3405-5550
Lunch 12:00〜15:00(最終入店 13:30)
Dinner 18:00〜22:00(最終入店 20:00)
月・火休
https://www.ristoranteakita.com/
text: 坂根涼子, photo: 天方晴子