バスクの地で、日本のルーツを表現する 「Txispa(チスパ)」前田哲郎シェフ【前編】


山裾に広がる緑豊かな菜園と、400年前に建てられたという石造りの建物。開店わずか半年でミシュラン一つ星を獲得した前田哲郎シェフの店は、バスク地方のとある村にあった。
9割以上の野菜を自家菜園から収穫し、醤やビネガーも自家製だ。肉や魚は、近郊でとれるものを使う。日本料理のルーツとバスクの典型的な薪焼きの技の融合により生み出された、繊細かつ独創的な料理の数々。前編では、世界の食通も納得の技と、大地との深いつながりを感じさせる料理の粋を紹介する。

野菜のおいしさは“採れ方”次第

丘陵地の上り坂にさしかかると、どこからともなくカウベルの音が聞こえてきた。バスク地方の中心都市・ビルバオから車で約1時間。アンボト山を最高峰とするウルキオラ山地の裾にあるアシュペ(Axpe)は、牧畜や農業を生業とする村だ。推定人口は200人未満。バスクの登山文化や山岳信仰の拠点として知られる景勝地だが、この村の魅力はそれにとどまらない。世界屈指の薪火料理レストラン「アサドール・エチェバリ(Asador Etxebarri)」、そして、「スペインでもっとも有名な日本人」と評される前田哲郎シェフ率いる「チスパ(Txispa)」。この双璧が、美食の里としての村の存在を際立たせている。

チスパは、村の中心部から500mほど山道を登った場所にある。山懐に抱かれるように建つ石造りの平屋は、一見すると納屋のようだ。車を停め、建物へと続くアプローチを歩き出すと、眼前に緑豊かな菜園が広がった。迎えてくれた前田シェフは、菜園の奥へと続く通路に案内してくれた。
「ここはもともと家畜の放牧地だったんですが、3年ぐらいかけて全部畑にしました。料理で使う野菜の90%以上は、ここで生産できています」

栽培担当の佐藤壱樹さんと野菜の様子を見るシェフ。佐藤さんは、開店前から店に寝泊まりして建物や畑を整えた功労者だ

足りないものは近所の農家から分けてもらったり、別ルートで仕入れたりすることもあるが、その場合、その野菜が本来この地域で栽培可能であることを確認したうえで使っているという。
「同じスペインでも、南部でしか育たないようなものをここへ持ってきて使うのはちょっと違うなと思うんです」

畑で作業していた栽培担当スタッフの佐藤壱樹さんに声をかけながら、シェフは通路を進む。葉物野菜のエリアに近づくと、バジルやシソの濃厚な香りが土の上からたち上ってきた。
「バジルはいま前菜によく使っています。シソはスペインのレストランでもよく使われるようになって、『シソリーフ』で通じるようになりましたね。野菜は“採れかた”が大事。香りが全然違うでしょう? うまい・うまくないっていうのは、そこにあると思うんです」

シソは近年、スペイン料理でもよく使われるようになった

山菜を食すのは、ダイヤモンドと同じ感覚

チスパでは10皿以上からなるテイスティングメニューを提供しているが、月ごとや季節ごとにメニューを切り替えることはない。菜園で採れる野菜に合わせ、食材や料理の構成を順次入れ替えていくという。ここで育つ食材は年間約170種類。そのなかには自生する野草や山菜も含まれる。

「あれは野生のゴボウですよ」
前田シェフは、アスパラ畑の傍らに生えている野草を指さす。

「葉っぱは硬くて食べられないから、スペインでは食用に使うことはないですね。ぼくらみたいに、根を掘ってまで食べる習慣はないんでしょう。そう考えると、やっぱり日本の食文化って豊かだなと思います。山菜にしたって、香りはともかく、味は『苦い』という評価しかないものがほとんどで、本来食べる必要がないわけです。でも日本人はそういうものに価値を見出している。ダイヤモンドみたいな感じですね。別に必要ではないのに、きれいだから大金を払って身に着ける。山菜を食べることは、それと同じような豊かさだと思っているんです」

野生のゴボウ。春はワラビなども採れるという

チスパの営業はランチのみ。13時に一斉スタートするが、ほとんどの客はそれより前に来店し、菜園を散策したり、木陰に座って景色を堪能したり、ラウンジで食前酒を楽しんだりして、のんびりと過ごす。

この日の主役となる野菜は、バスク地方の固有種で「涙豆(Guisante Lagrima)」と呼ばれるエンドウ豆と、トウモロコシの栽培過程で間引きをした幼果「ヤングコーン」だという。どちらもごく限られた季節にしか味わえないものだ。「楽しみにしていてください」とほほ笑むと、シェフは厨房に戻っていった。

空間の細部に宿るアイデンティティ

レストランの建物は約400年前に建てられ、農家が自家栽培の農産物を加工する工場として使われていたという。石の欠けや割れが一つずつ補修され、往時の姿を極力残す形で改装された建物の入り口には、ミシュランガイドの一つ星とともに、スペインのレストランガイド「ギア・レプソル(Guía Repsol)」の1ソル(Sol)のプレートも掲げられている。

柔らかいな採光でリラックスした空気を醸す、魅力的なラウンジ

スタッフに案内されたラウンジは、庭に面して二つの窓が開けられ、アーチ形の横長の窓からは、絵画のようなランドスケープを楽しめる。もう一方の窓際に置かれていたのは、日本の花器に生けられたセイヨウノコギリソウ。笠間焼の素朴な風合いと土色が、この空間にしっくりとなじんでいた。

この席で出されるのは、日本の漆器に入ったマテ貝のアミューズだ。日本品種のキュウリとレモンバームを合わせてあり、傍らにだしも添えられていた。塩と酒を加えただけのシンプルなだしは、とろりとした旨みがあり、食欲を刺激する。

シャンパンや白ワインのグラスが空になる頃、スタッフに促されて店の奥へと進む。古い柱や梁、土壁などをそのまま生かしたダイニングを通り過ぎ、最初に招かれたのは、オープンキッチンのすぐ隣に設けられたカウンター席だった。
刃渡り40cm以上ある刺身包丁で前田シェフが切り出したマグロを、スタッフが手早く調理していく様子を眺めていると、いつのまにか目の前に木箱が置かれていた。枝ごと収穫し、氷でしめた涙豆だ。ぴんと張った若々しい葉や弦を目で楽しみつつ味わう、プチっと弾けるような新鮮な豆の食感。それが30mも離れていない土の上から収穫されたばかりであることを、喜びと驚きをもって実感する。

とれたてを生で食すナミダ豆

400年前、この場所に日本人がいたとしたら、何を作っていただろうか――。この問いに向き合うことが、チスパの始まりだったという。前田シェフは、バスク地方の歴史と日本の食文化を探求することで、日本の料理のルーツとバスク地方の食材の融合を試みてきた。

続いてカウンター席で出される「タコケタ」は、たこ焼き風味のクロケタ(コロッケ)だ。紅ショウガではなく、庭にあるプラムの赤い葉と一緒に漬けこんだショウガを使っている。さらには、クラッカー状に揚げた米の上にトマトとビンチョウマグロのスライス、赤ピーマンをのせた「エウスカル寿司」。バスクの伝統料理「マルミタコ」をもし日本人が作ったら、という発想が生んだ一品だ。エウスカルという言葉は「バスクの」という意味を持つ。

「タコケタ」は、タコのクロケタという意味のシェフの造語
パプリカ、トマト、玉ネギ、ジャガイモ、マグロなどが入ったバスクの煮込み料理「マルミタコ」をベースに、日本の寿司のスタイルを表現

「あるものを使う」日本人の表現

厨房の周りのキャビネットには、一目で発酵食品とわかるガラス容器がいくつも置かれていた。「Higado y corazones(肝臓と心臓)」「Nakaochi(なかおち)」「Maiz(トウモロコシ)」などと手書きしたラベルが張ってある。醤や麹、味噌、ビネガーなどの調味料は「100%厨房で仕込んでいる」と前田シェフは言う。
「ただ、バスクには大豆を生産する伝統がないので、それ以外のたんぱく質で醤を作っています。鶏肉とか、マグロ、イカ、エビ。魚の養殖業者に『要らないところを全部くれ』と言ったら、なかおちとか、目玉が送られてきた(笑)。もちろんそれも使います。牛タンとか、砂肝の醤もありますよ」

味噌は、ヒヨコ豆、カボチャ、グリーンピースなどを材料にする。ビネガーの材料は、畑で採れるイチゴ、キウイ、リンゴ、ナシ、柿、サクランボ、ビワなどのフルーツが中心だ。麹菌を使って酒も醸造している。
「400年前の日本人なら、ここでどうするか。ものを買うという選択肢ではなく、ここにあるものを、日本人らしい方法で料理するだろう。それが、ぼくたちの今だと思っています」

客の目に入る場所に置かれた醤やビネガー類が、店のコンセプトを反映している

後編へ続く

Text & Photo:成見智子

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