ニッカウヰスキーのおいしさの秘密


水は、酒にとって切っても切れない縁の深いもの。その土地の風土が味わいに表れる酒づくりの中で、水は大きな役割を担っている。日本酒、ビール、焼酎、そして近年人気が高まり続けているウイスキーもまた然り。
“世界の5大ウイスキー”と呼ばれているスコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本。そして最近は台湾のウイスキーも評価を高めているが、いずれも水量が豊富で清らかな水に恵まれた土地に蒸溜所が建てられていることが多い。では、ウイスキーの製造工程に水はどのように関係しているのか。アサヒビール株式会社でニッカウヰスキーを担当している桐山修一さんにウイスキーと水の関係について伺った。

アサヒビール株式会社 マーケティング本部 洋酒・焼酎マーケティング部 桐山修一さん

水と麦芽。
ウイスキーはこのふたつからつくられる 

今回お話を伺った桐山修一さんは、アサヒビール株式会社マーケティング本部で、2011年からニッカウヰスキーを担当。桐山さんによると、ニッカウヰスキーと水は、その発祥からつながりの強いものだったという。
「ニッカウヰスキーの『ヰ』は、『井戸』の『井』をもとにした表記です。創業者の竹鶴政孝が自然への敬愛を込めて、ウイスキーと水は切っても切れない、水を大切にし続ける会社であり続けてほしいという思いを込めてこの字を使いました。生家が造り酒屋だったこともあり、幼い頃から水の大切さを教えられていたようです。このエピソードひとつからも、ニッカウヰスキーと水の縁の深さが感じられます」
ウイスキーづくりにはきれいな水が不可欠だ。日本はもちろん世界でも、蒸溜所は川の近くなど豊富な水、清冽な水がある場所に建てられることが多いという。では実際のウイスキーの製造工程の中で、水はどのような役割を担っているのだろうか。
「まず、『仕込み』という工程があります。モルトウイスキーの場合、ここで使うのが麦芽と水。原料はこのふたつだけですから、麦芽の製造方法もウイスキーの個性を方向づけますが、きれいな水を使うことが非常に重要です。ニッカウヰスキーでは、蒸溜所の近くを流れる川から取水したものを使用しています。その水をさらに温水にした『仕込み水』を麦芽と合わせることで、麦芽に含まれるでんぷん質が糖に変わります」

天からの恵みである清冽な水がウイスキーをつくる

続いてこれに酵母を加え、糖をアルコールと二酸化炭素に分解する「発酵」を行う。この工程でアルコール7パーセント程度の麦汁(酒母、またはもろみともいう)ができる。ここまではビールと同じだが、ウイスキーはこのあと「蒸溜」の工程に移る。ポットスチルといわれる釜で麦汁を炊き、 60〜70パーセントのアルコールを抽出する。ポットスチルは蒸溜所によって形が異なり、どんなポットスチルでどのように蒸溜するかもウイスキーの味わいを決める要素のひとつとなる。
次に「熟成」。「蒸溜」でつくられた原酒を樽に詰め、数年から長いものは20年、30年と自然の中で熟成させる、ウイスキーならではの工程だ。その後、酒質の異なるモルト原酒を混ぜ合わせる「ヴァッティング(ブレンド)」を経て、最後の「瓶詰め(ボトリング)」を行う。 「この『瓶詰め』の段階でも水を使います。蒸溜してできるウイスキーの原酒は、ニッカウヰスキーの場合アルコール63パーセント。実際に販売されるウイスキーのアルコール度数は40〜43パーセントですので、加水をして調整します。つまり、ウイスキーづくりでは 『仕込み』と『瓶詰め』のふたつの段階で、水が登場することになります」

清冽な水を求めて選ばれた蒸溜所の歴史

余市蒸溜所
北海道にある、ニッカウヰスキー最初の蒸溜所。蒸溜所建設地を探し求めていた時にちょうど余市川の開削が行われたこともあり、この地が選ばれた。現在でも「石炭直火蒸溜」が行われ、力強く重厚な、深味のあるウイスキーがつくられる。

ウイスキーの製造過程で大きな役割を担う水。したがって、いかに水のきれいな場所に蒸溜所を建てるかということも大切だという。「竹鶴政孝は単身スコットランドでウイスキーづくりを習得し、帰国して蒸溜所を建てるにあたりスコットランドと似た冷涼・湿潤な土地を探し求めました。候補地のひとつだった北海道・余市郡でちょうどその時余市川が開削されたこともあり、この地が選ばれ余市蒸溜所が誕生しました。ニッカウヰスキーの年史にも、『余市川の新川開削によって、清冽な湧き水が豊富で醸造用水の天恵地といえた』とあります」

余市蒸溜所が生まれてから35年後の1969年、ニッカウヰスキーのふたつ目の蒸溜所として、仙台市に宮城峡蒸溜所が開設される。この地が選ばれたのも「水」が決め手となった。「竹鶴政孝はふたつ目の蒸溜所の地を求めて仙台市の山奥を探索し、山形県との県境にほど近い緑の渓谷の中、広瀬川と新川(にっかわ)の合流地点に行き着きました。水温の違うふたつの川が出合う場所で、しっとりともやが立ち込める中、竹鶴は持っていたウイスキーを新川の水で割って飲み、その水に惚れ込んでこの場所に即決したといわれています」
宮城峡蒸溜所では現在もこの新川の伏流水を使い、ウイスキーを製造している。ウイスキーの個性には麦芽の製造法や蒸溜法なども大きく関わるが、宮城峡蒸溜所でつくられるウイスキー原酒の華やかでやわらかな味わいは、新川の水の美しさがあってこそといえるのではないだろうか。何年もの時を経て作られるウイスキーと水との縁に思いを馳せ、改めてその味わいを楽しみたい。

宮城峡蒸溜所
仙台市の渓谷にあるニッカウヰスキー第2の蒸溜所。広瀬川と新川の合流地点で、竹鶴政孝が新川の水でウイスキーを割って飲み、その水質に惚れ込んで蒸溜所建設の地に即決した。華やかでフルーティなウイスキーがつくられる。

ウイスキーと水は切っても切れない
つねに水とともにある酒

ウイスキーの製造工程では、最初の「仕込み」と最後の「瓶詰め」の段階で水を使う。 麦芽と水だけで作られるウイスキーにとって、「水」は重要な存在だ。

1. 仕込み

ウイスキーづくりの原料は麦芽と水のみ。麦芽と温水にした「仕込み水」を合わせ、麦芽に含まれるでんぷんを糖に変える。

2. 発酵

酵母を加えて、糖をアルコールと二酸化炭素に分解させ、アルコール7パーセント程度の麦汁(酒母、またはもろみという)をつくる。酵母の種類や発酵条件によっても香りなどに特徴が出る。

3. 蒸留

ポットスチルで麦汁を炊き、65~70パーセントのアルコールを抽出する。アルコールが約80℃で沸騰する性質を利用し、発生させた蒸気を冷却・液体化させることでアルコールを抽出している。

4. 熟成

蒸溜してできた原酒を樽に詰め、長期間寝かせる。この熟成によって原酒が琥珀色に染まり、奥深い味わいが生まれる。熟成期間は数年から、長いものは20年、30年と熟成される。

5. ヴァッティング(ブレンド)

蒸溜所ごとに異なる製造法やその年の気候など、さまざまな条件によってでき上がる原酒の酒質は異なる。それらをブレンドして求める味わいに整えることをヴァッティングという。

6. 瓶詰め

アルコール度数65パーセント前後に蒸留されたウイスキーを40~43パーセントで販売するため、瓶詰めの際に加水を行う。


写真提供:アサヒビール株式会社
河﨑志乃=取材、文 平石順一=人物撮影 

本記事は雑誌料理王国2019年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2019年8月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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