日本酒や醤油、味噌に欠かせない「種麹」を育てる『もやし屋』をご存じですか?


和の食文化に欠かせない味噌や醤油の麹を作る種麹

日本の食文化に欠かせない味噌や醤油、酒といった発酵食品の原料となる麹は、米や麦などの穀物にコウジカビを繁殖させたものだ。米麹は米を、麦麹は麦を使って、麹菌を培養するのだが、この培養のもととなる種菌、すなわち「種麹」を生産し、酒蔵や醤油蔵などの各メーカーに卸すのが「種麹屋」、別名「もやし屋」だ。

現在、種麹屋は日本に数件しか存在しないなかで、種麹屋の発祥の地とされる京都・轆轤町にある「菱六」は、360年の歴史を持つ老舗だ。種麹にもさまざまな種類があり、仕上がる発酵食品の出来を左右する。メーカーの要望によっては、複数の種麹を組み合わせて提供することもある。代々受け継がれている種麹を守る一方で、一般消費者向けの販売やワークショップの開催などにも力を入れている。

「菱六」の米麹の製造

麹造りでは、ドラム型甑(こしき)が使用される。

「洗い」「浸漬」「水抜き」「蒸し」を経て40℃まで放冷したのち、蒸した米に種麹をふりかける「種切」が行われる。

「種切」ののち、品温・室温ともに30℃に保たれた室に「引き込み」をし、ひと晩寝かせる。翌日、米の塊をほぐして温度を均一にする「切り返し」を行う。

切り返した米を盛るための杉製の麹蓋。盛り分けた米は室に戻し、さらに麹菌を繁殖させる。品温が38℃近くに上昇するまで米を混ぜて、温度を均一にする「仲仕事」を行い、「仕舞仕事」を経て、通風冷却する。

菌糸が白く見えて米から栗のような香りが出ていれば麹のでき上がり。麹を室から出す「出麹」へ。米麹は48時間かけて造られる。

醸造メーカーの要望に応じてカスタマイズして作られる種麹

「京の酒造りで使われていた言葉に、米に麹菌を生やして熟成させた状態を「よねのもやし」と言うことから、古くから種麹屋は別名『もやし屋』とも呼ばれています」

そう話すのは「菱六」当主の助野彰彦さん。『もやし屋』の仕事は、清酒や味噌、醤油、焼酎などの醸造メーカーからの要望に応えるために、数多くある麹菌を単独または何種類かを培養し、保存できるように乾燥させた、麹の種(種麹)を生産すること。各醸造メーカーはその種麹を使って、米麹や麦麹、醤油麹を造り、清酒や味噌、醤油などの発酵食品を造る。

種麹となるのは、コウジカビという菌類の胞子だ。菌類の繁殖は胞子または分生子によって行われるが、アスペルギルス属に属する麹菌は、完全世代をもたないため有性胞子は造らず、一般的に胞子と呼ばれているのは分生子部分のこと。

種麹屋の目的は、できるだけたくさんの種をとること

「菱六」では酒用の種麹は3〜4月の春に作り、発芽率の高い状態の種麹を提供できるよう、酒蔵の秋の仕込みに備えているという。「酒蔵では蒸米に散布する種麹の量が少なく、そこに発芽率の低い種麹を提供してしまうと、麹の温度が上がりにくくなってしまので」と助野さん。また、逆に麹の段階で麹菌の繁殖が多すぎると、今度は米麹に脂肪分が蓄積してしまい、酒の香りの邪魔をしてしまう。麹菌とは実に繊細な生き物で、良し悪しのちょっとした違いは種麹の製造過程にまでさかのぼる。「種麹を作る際に糠などの栄養素を残して3%ほど削った玄米を室に入れて、製麹する工程ではアルカリ度の高い椿や樫などの木炭を使用。リンとカリウムが多い環境を作り、他の雑菌を寄せ付けないための工夫です」。そして、この環境は麹菌の気中菌糸が短くなることを可能にし、胞子が早くできるサイクルも生み出しているという。

日本における麹の歴史は古く、麹を使用した酒造りが初見されるのは『播磨国風土記』に、「神様にお供えしたご飯にカビが生えたので、それでお酒を醸して宴会をした」との記述から、お酒造りに米麹が使われ始めたとされている。平安時代には麹の独占製造販売権を持つ「麹座」が存在したが、室町時代の1444年、自分たちで麹造りを始めた酒蔵との麹騒動を経て、現在では数軒ほどしか残っていない種麹屋。その中でも老舗の菱六が扱う種麹には、代々受け継がれている麹菌がある。それらは職人的な勘と技術で、今も大切に植え継がれている。

酒や醤油造りに使われる「黄麹菌」、味噌に使われる「白麹菌」、泡盛や焼酎に使われる「焼酎用麹菌」など、使い道によってさまざまな種類の麹菌が用いられる。

菱六の種麹は業務用・一般家庭用にも販売。
パンやお菓子作りで使える「米麹パウダー」100g(500円)・1㎏(3240円)

甘酒・塩麹造り用「乾燥米麹」500g(700円)

「醤油作り用小袋粉状」20g(500円)、白味噌ができる「改良長白菌小袋粉状」20g(500円)

代表取締役
助野 彰彦さん

1977年京都生まれ。早稲田大学卒業後、東京農業大学で醸造について学ぶ。蔵向けの種麹造りのほか、市販向けの商品開発や米麹造り体験のワークショップを開催し、麹の魅力を広く知ってもらう活動も行っている。

菱六
Hishiroku

京都市東山区松原通大和大路東入
2丁目轆轤町79
☎075-541-4141

白石亜矢子=取材、文 井原完祐=撮影

本記事は雑誌料理王国294号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は294号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする