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料理人の独創性が光る。唯一無二の店!Part9 オステリア ラ チチェルキア 


大好きなマルケの地を、味を、自分の料理を通じて知ってほしい

大阪・京町堀にあるマルケ料理専門店「オステリアラチチェルキア」。マルケはイタリアを南北に走るアッペンニーノ山脈とアドリア海に挟まれた、イタリアをブーツにたとえるなら、ふくらはぎの辺りに位置する街。豊かな土壌に恵まれたマルケには豆を使った料理が多く、スローフードを継承する街のひとつでもある。そんなマルケ料理に魅了され「マルケと日本の架け橋になる店を目指しています」と語るのは、オーナーシェフの連久美子さん。

「作ることがとにかく楽しい」から始まった料理への道

「私が育った家庭は両親共働きで、食事といえば手軽にできるもの、時にはレトルトで済ませることも。小学生の頃に、友達の家で食べた手作りのハンバーグと、一緒に手作りしたスイートポテトが料理に興味を持つきっかけでした」。それからは、手作りの料理を両親が喜んでくれたことが料理人への原点になる。
「進路を考える中で、つねに料理の道は私の頭の中にありました。教師だった両親の助言もあり、大学に通いながら将来を模索することにしました」
 ちょうどその頃、ティラミスを始めとした「イタ飯ブーム」がくる。「これまで食べてきたものとはまったく違ったパスタ料理や、シェアして食べる感じが楽しくて、やっぱり料理の世界っていいなと」
 アルバイトでお金を貯め、大学卒業後は辻調理師専門学校に入学を果たす。

“気になること”があればまっすぐ突き進む修業時代

 辻調理師専門学校で講師を務めていた落合務さんに出会い、進むべき道が決まったという連さん。
「考え方やお話されることすべてがおもしろくて、絶対にこの人の下で働きたい!と、その場で雇ってほしいと直談判。その時は空きがないと断られてしまいましたが、どうしても思いが捨てきれず、往復ハガキに思いを書き連ね、無理やり面接してもらいました」

 その熱意を買われた連さんは、「ラベットラダオチアイ」で約3年修業したのち、長野県にある農家を訪ね、野菜作りについて学ぶ。
「そこでは食材はもちろん調味料もすべて地産地消を超えた自産自消。

そういった考え方と自分が求めていたものがリンクしました。スローフードという言葉が世に出始めた頃で、実はイタリアが発祥と知り、すぐにイタリアでの修業を決意しました」

 マルケの州都、アンコーナの山手のイエージにあるスローフード認定料理学校「イタルクック」に籍を置き、語学と本場イタリア料理を習得。その後、リストランテ「コークス・フォルナチス」に住み込みで働き、マルケの自然と生活にどっぷり浸りながら地産地消の郷土料理を徹底的に学んだという。

マルケ州では小麦粉とトウモロコシを乾燥させて粉にしたポレンタを一緒に混ぜて作るパスタもある。レシピによってはソラマメや栗の粉を使うことも。

店作りでこだわったのは自分ひとりで仕切れる場所

 帰国した連さんはシニアソムリエを取得し、2012年に「チチェルキア」をオープン。店はカウンター6席とテーブル席ひとつのみ。自分ひとりでまかなえる場所にこだわったというだけあって、料理をする連さんとの会話が楽しめる温もりあふれる店内だ。

「食べてももたれない、老若男女が楽しめるのがマルケ料理の特徴。かつて貧しい村だったということもあり、小麦粉にソラマメやトウモロコシの粉を混ぜたパスタや、スーゴ・フィントといった肉の代わりに香味野菜や豆を使ったソースなど、ヘルシーな料理が多くあります。その分、食材本来の味や旨味がしっかり味わえるのが魅力です」

人との出会いがすべての始まり。国を超えて繋がれる店でありたい

 なかでも、イタリアのスローフード協会のプレシディオ(守るべき産品)に指定されているマルケ特産の豆「チチェルキア」は店名にもなり、多くのレシピで使用している。マルケ料理の優しさとおいしさをそのまま再現することにこだわり、ワインやビールもすべてマルケ産。

「決めたことを迷わず進み、人との出会いでここまで来られたので、これからもそうしていきます。失敗しても道がなくなるわけではないし、やるかやらないかは自分次第。人々の知恵や豊かさが詰まったマルケ料理で、もっと多くの人にマルケを知ってもらいたい。決めているのは、そのくらいですかね」と連さん。急ぎ足や背伸びをすることなく、ありのままを受け入れる。それが、「マルキジャーニ」の生き方そのものなのかもしれない。

日常で味わえる楽しさこそ、イタリア料理

現地で毎日楽しまれるシチリア料理を日本で

 数年後、先輩シェフのイタリア研修に同行した。「ローマ到着の翌朝、散歩をしていると、街角のダクトからニンニクやトマトなど嗅いだことのある匂いが……。それが『ラ・パタータ』と重なった。この匂いだと思ってイタリアでの修業を決意しました。」

 当時、イタリアに渡る日本人はごくわずか。そのほとんどがピエモンテやトスカーナを行き先に選んでいた。どうせ行くなら、当時渡航制限されていたシチリアへ行ってみたい。映画「ゴッドファーザー」が好きだったことも手伝い、シチリア島パレルモへと渡った。

 3年間のイタリア滞在では、フィレンツェやボローニャでも修業を積んだ。日本のごはんを思い出すこともなく、毎日食べていて飽きないのはシチリア料理だけだった。

「無償で働いた修業時代の楽しみは、休日に食事を許された系列店でのまかないで出してくれる『ナスのカポナータ』でした。ナスがこんなにうまいと思ったのは初めてで、自分にとってごちそうでしたね」

 思えば、「ラ・パタータ」で提供したイタリア料理も泥臭いなかに繊細さがある料理だった。楽しそうに食事をするイタリア人も印象的だった。自分もこういう店を出そうと、石川さんは決意する。

クレッシェタイヤータ
もちもちとした食感が印象的なポレンタのパスタにトマトや香味野菜、白インゲン、グァンチャーレのソース。ソースの重さは一切なく、素材が持つ旨味をストレートに楽しめる。毎日食べても飽きないと人気のひと品。

私の道標
落合 務

かつて連さんが直談判をして修業の場として身を置いた「ラ ベットラ ダ オチアイ」オーナーシェフ。「『ひとりで回せないような店なら持つな』という落合さんの言葉が『チチェルキア』の店作りのこだわりに反映されました」と連さん。

Kumiko Muraji
1975年、大阪市生まれ。大学卒業後、辻調理師専門学校を経て「ラ ベットラ ダ オチアイ」をはじめ数軒で経験を積む。イタリアに渡りスローフード認定料理学校「イタルクック」で学び、2007年帰国。シニアソムリエの資格を取得し2012年に「オステリア ラ チチェルキア」をオープン。

オステリア ラ チチェルキア
Osteria La Cicerchia
大阪府大阪市西区京町堀2-3-4サンヤマトビル 3F
06-6441-0731
● 18:00~24:00LO 日14:00~23:00LO
● 火休(月不定休)
● 10席

白石亜矢子=取材、文 瀧本峰子=撮影 

本記事は雑誌料理王国第272号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第272号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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