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料理人の独創性が光る。唯一無二の店!Part8 ドン チッチョ・石川勉さん


とことん現地の味を貫く感覚は間違っていなかった

 イタリアにイタリア料理はないと言われるほど、地方により異なる郷土食が親しまれている。そのなかでも、日本人になじみのなかったシチリア料理にいち早く焦点を当て、日本における普及の立役者となったのが「トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ」の石川勉さんだ。

料理にはすべてが表れる 平田勝さんのようになりたい

 上京を目的に専門学校へ進学。当時は主流のフレンチを専攻した。卒業後、フランス料理店に入る予定が、同じ系列のイタリア料理店が人手不足で、3カ月だけ手伝うことに。その店こそ、平田勝さんがシェフを務めていた「ラ・パタータ」だった。

 最初は皿洗いから始まった。当時は食洗機などない。一枚でも洗い方が甘いとすべての皿を洗い直し。蹴っ飛ばされるほどの勢いで怒られた。「平田さんはお皿ひとつ取っても、お客さまに対して真剣な人。毎日たくさんのお客さまが来店し、食事を楽しまれる。そのグラスや皿やシルバーを自分が洗っている。それを実感できたのは嬉しかったですよ」

 厳しい厨房だったが、そのすべてがお客さんのためだということに気づいた。直接料理にかかわらない作業も皿には表れる。すべてがお客さんに伝わる。イタリア料理は食べたこともなかった石川さんだったが、平田さんの仕事ぶりや姿勢を間近で見て、漠然とこういう人になりたいという思いが芽生えた。3カ月で戻る予定だったフランス料理店の話は無くなり、イタリア料理人として生きる決意をした。

「楽しくするには基本が必要。きちんとした仕事の延長線上に楽しさがある。お客さまが笑う顔や『おいしかった』という言葉もそのひとつ。そう思えるとまた仕事が楽しくなる。スタッフたちのお手本になるべく、人一倍楽しんでいます」と、石川さんは笑顔で語る。

日常で味わえる楽しさこそ、イタリア料理

現地で毎日楽しまれるシチリア料理を日本で

 数年後、先輩シェフのイタリア研修に同行した。「ローマ到着の翌朝、散歩をしていると、街角のダクトからニンニクやトマトなど嗅いだことのある匂いが……。それが『ラ・パタータ』と重なった。この匂いだと思ってイタリアでの修業を決意しました。」

 当時、イタリアに渡る日本人はごくわずか。そのほとんどがピエモンテやトスカーナを行き先に選んでいた。どうせ行くなら、当時渡航制限されていたシチリアへ行ってみたい。映画「ゴッドファーザー」が好きだったことも手伝い、シチリア島パレルモへと渡った。

 3年間のイタリア滞在では、フィレンツェやボローニャでも修業を積んだ。日本のごはんを思い出すこともなく、毎日食べていて飽きないのはシチリア料理だけだった。

「無償で働いた修業時代の楽しみは、休日に食事を許された系列店でのまかないで出してくれる『ナスのカポナータ』でした。ナスがこんなにうまいと思ったのは初めてで、自分にとってごちそうでしたね」

 思えば、「ラ・パタータ」で提供したイタリア料理も泥臭いなかに繊細さがある料理だった。楽しそうに食事をするイタリア人も印象的だった。自分もこういう店を出そうと、石川さんは決意する。

ナスのカポナータ
シチリア全土にあるカポナータだが、地域によりメインの野菜を変える。ケッパー、グリーンオリーブ、ソテーしたタマネギ・セロリを加え、トマトペーストで煮込んだ素揚げのナスを合わせる。庶民の味であり、石川さんにとっては修業時代のごちそう。

人気のなかったイワシのソースが、ある時から看板料理になった

やりたいと思ったことは間違っていなかった

 帰国後は、数店で料理長を務め、開業資金や顧客を増やしたのちに独立。 2000年に「トンマズィーノ」をオープンするも、当初はシチリア料理がなかなか受け入れられなかった。パレルモ名物の「イワシのパスタ」も、思ったような反応が得られない。「当時は、ウイキョウなどのシチリア食材にもなじみがなかったんですよね」

 自分がおいしいと思うものが受け入れてもらえない。再度、イタリアへ渡り、自分が間違って覚えていないか再確認した。伝えたいのは、あくまでも現地で食べられている郷土料理。日本では手に入らない野菜の強い香りや味など、手に入る食材で補い、現地の味へと近づけていく調整を重ねた。そのうちに、イワシのソースを目的に来てくれるお客さんが増えだした。

 2006年には場所と名前を変え、「トラットリアシチリアーナ・ドンチッチョ」を開店。現地の食材がぐんと手に入りやすくなり、メニュー内容もよりシチリア色を強めた。

 昨今は、イタリアに限らず、さまざまな国の地方料理を出すレストランが増えてきた。「最近ようやく、続けてきてよかったなと思えるようになってきた」と笑みをこぼす石川さん。予約のとれない料理店として評判になった今も、年に1、2度はシチリアを訪れて、現地の味の確認を怠らない。

「シチリア料理とひと口に言っても、場所によって違いがあって、行くたびに新しい料理に出合える。現地の空気に定期的に触れることできちんと軌道修正をして、これからも新たな郷土料理を提供し続けていきたいですね」

私の道標
平田 勝
「最初は、イタリア料理人になりたいというよりも、平田さんみたいになりたかった。料理・人柄・姿勢、そのすべてがかっこいいと、ハマってしまった。直接教えるというよりは見て覚えろという人。シェフの教えは今も自分の基礎です」と石川さん。

Tsutomu Ishikawa
1961年、岩手県生まれ。専門学校卒業後、「ラ・パタータ」に勤務。4年勤めたのち、84年渡伊。シチリア島パレルモ「チャールストン」で1年、その後フィレンツェ、ボローニャへと移動し、計3年研鑽を積む。帰国後「クッチーナヒラタ」「ラ・ベンズィーナ」などを経て、2000年「トラットリア ダ トンマズィーノ」にて独立。06年に同店を閉め、同年10月に「トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ」を開店。

トラットリア
シチリアーナ・ドンチッチョ
Trattoria Siciliana Don Ciccio

東京都渋谷区渋谷2-3-6
03-3498-1828
● 18:00~25:00(24:00LO)
● 日休(祝日の月曜は休み)
● 60席

君島有紀=取材、文 土岐節子=撮影 

本記事は雑誌料理王国第272号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第272号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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