――そのササニシキを使って、群馬「土田酒造」で清酒「稲とアガベ」の委託醸造を始めるわけですね?
「土田酒造の杜氏である星野氏とは、彼が新政酒造で修業していた頃からの付き合いなんです。自然栽培のササニシキを低精白で醸してみたいと打診したら、快く受け入れてもらえて」
――具体的に、どんな酒造りをしていったのでしょうか?
「土田酒造の『イニシャルM』という酒があるんですが、酵母無添加の生酛で、なおかつ温度コントロ―ルしない酒なんです。アミノ酸も酸度も高くて、常識的にそんな酒はおいしくないと決めつけて飲んだら、驚くほどおいしくて。精米歩合90%で酵母無添加生酛の酒は他にもありますが、一線を画していました。優しく、燗にしてもうまいのはなぜか。『イニシャルM』には、昔の種麹が使われていたんです。焼酎用黄麹ですね。つまり、江戸時代の酒と非常に近い造りということです。江戸時代の製法を踏襲した日本酒が、明治から昭和初期の財政を支えていたということは、滅茶苦茶おいしい酒だったと僕は確信していて。でも、江戸時代の酒と比べて、『イニシャルM』にはひとつだけピ―スが欠けていた。それが原料米です。土田酒造の原料は慣行農法米なのに対して、僕が持ち込んだのは自然栽培のササニシキ。この米で醸せば、僕が理想とする江戸時代の酒に近づくと思ったんです」
――結果はどうなりました?
「非常に面白いことが起こりました。精米歩合90%で酵母無添加生酛という同じ条件で仕込んだ酒母の中でも、僕の『稲とアガベ』の酒母だけ明らかに香りが違ったんです。7号酵母系の香りがしたので調べたら、野生型酵母ときょうかい系酵母が共存していた。これはファンタジ―の世界ですが、自然栽培米だと寄ってくる菌が違うという見方もあります。『とおの どぶろく』を醸す佐々木要太郎さんは『自然栽培米じゃないと酵母無添加のいい酒は作れない』ともおっしゃっていました。つまり、他の酒母は90%以上が野生酵母だったのに対し、『稲とアガベ』の酒母にだけ違う酵母が来た理由は、原料米の違い、それと自然栽培が生む力だと僕は思っています」
――「稲とアガベ」は低温発酵で醸す酒なので、江戸時代の誠実な製法と現代の技術が融合したハイブリッド日本酒ということになりますね。現在、醸造長を務める「木花之醸造所」でも実験的などぶろくを醸していますが、これから岡住さんはどのような酒を醸していきたいと思っていますか?
「僕がいま、取得している免許は『その他の醸造酒』です。実はこのカテゴリ―が面白くて、ビ―ルの醸造免許に対する発泡酒免許のように、いわゆるクラフトビ―ルのような立ち位置になるんじゃないかと思っていて。清酒の定義は米、米麹、水、限られた副原料を用いて濾したもの。その清酒の範囲を少しでも逸脱すれば、『その他の醸造酒免許』で酒を搾ることができます。例えば全麹仕込みも該当します。つまり、清酒に限りなく近い醸造酒を造ることができるんです。自分の醸造所で清酒を醸したいという夢はまだ捨てていませんが、清酒に対するクラフトサケといったアプロ―チに、今は非常にモチベ―ションがあがっています」