日本食をリスペクトするカナダのトップシェフが金沢の料亭主人と表現するワイルドな「Satoyama」 ダレン・マクリーン×髙木慎一朗 コラボディナーイベント


4月8日、石川県金沢市の「A_RESTAURANT」で一夜限りの饗宴が開催された。カナダで「EIGHT」や日本食レストラン「shokunin」など3軒のレストランでオーナーシェフを務めるダレン・マクリーン氏と、金沢の料亭「銭屋」の二代目主人・髙木慎一朗氏のコラボディナーを味わうイベントだ。カナダと日本を代表する料理人がふたりで作り上げたコース「Wild Nature〜Canada No Satoyama〜」をリポートする。

昔はボウリング場だったという広い空間に足を踏み入れると、天井までそびえる酒棚を背にしたウエイティングバー。その前には明かりを落とした陰影あるホールが広がり、ホールの向こうには、銀色に輝く最新鋭の調理器具が居並ぶ明るいキッチン。そのキッチンは数段高い位置にあり、スタッフが動く姿が手に取るようにわかる。まるで舞台を見ているようだ。

「A_RESTAURANT」が、美食のまち・金沢にオープンしたのは、2019年。日本料理をベースにしながら、世界各国の料理や伝統料理、最先端の調理科学を駆使した料理で、実験的な食の体験ができるイノベーティブレストランだ。

この日、一夜限りのディナーで采配をふるうのは、2人のトップシェフ。カナダで3軒のレストランを経営し、いずれもカナダのトップ50にランクインしている、ダレン・マクリーン氏と、この「A_RESTAURANT」でエグゼクティブ・シェフを務める、金沢の料亭「銭屋」の二代目主人・髙木慎一朗氏。ダレン氏は日本食をリスペクトしているシェフとしても知られ、彼が営む3軒のレストランのうち2軒は、炭火料理の「shokunin」と、野菜の寿司を提供する「NUPO」。一方、髙木氏は農林水産省の「料理マスターズ」や「ルエ・エ・シャトー日本地区代表シェフ」として、世界に向けて日本料理を発信している料理人だ。

ふたりの出会いは、Netflixの「ファイナル・テーブル」。そこで髙木氏の食材の使い方にシンパシーを覚えたというダレン氏は、その後、髙木氏を自身の農場に招くなど交流を重ね、コロナ禍を経て、今回初めて金沢を訪れた。ふたりで金沢の市場を巡り、カナダから持ち込んだものも含めてさまざまな食材を味わいながら、この日のディナーを作り上げたそうだ。

前菜は3つのプレートで供された。

1つ目は、3種類の貝料理。帆立にはパクチーを、赤貝にはブラッドオレンジ、梅貝と万寿貝はトマト風味で仕上げている。独創的な組み合わせだが、どれもそれぞれの貝の甘味やうま味、苦みを引き立てる。日本食の食材の活かし方を踏襲しながらも、日本料理のセオリーから解き放たれた、ダレン氏の真骨頂だ。
2つ目は、トーストに鰯のマリネをのせて寿司に見立て、鰯の骨はローストしてスープに、芋のチップスの上には十勝牛のタルタル。ナスタチウムに忍ばせたソースで口直しを企む。
3つめは、髙木氏のプレート。ビーツとフォアグラのコルネに、蟹、米粉のチップス、ライスミルクと、グローバルな手法を取り入れた日本料理が並んでいる。

続いて登場したのは、カナダ産のバッファロー。赤身の牛のような味わいだが、力強い野性味がある。とろりと舌の上でとろける雲丹と、大粒の黄金キャビアを重ねた食感の妙。たっぷり添えた雲丹とマッシュルームのソースでうま味がたたみかけてくる。

続く「BBQ毛蟹」と名付けられたひと皿は、ホワイトアスパラとエシャロットにゴールドキャビア、金箔をのせ、仕上げに蟹味噌と蟹のからの出汁のエスプーマを絞る。「ゴールドキャビアと金箔で金沢らしい華やかさを出したかった」とダレン氏。隣はアスパラのソースに、表面だけをさっと焼いた毛蟹の脚というシンプルさだ。

次に運ばれてきたのは、「野菜と出汁」という名の椀。蓋を開けるとふわりと春の香り。筍とふきの吸物だ。「後半に出てくる山菜とかぶらないように、たけのことふきに。日本料理ならここで木の芽をのせるんですが、あえてはずしておろし生姜をほんの少し効かせました」という髙木氏。引き算の美意識が、かえって存在感を放つ一品。

「カナダ産うずら“YAKITORI”」は、思い描く「やきとり」とは全く違うものだった。もも肉のコンフィにぶぶあられをまぶし、レバーのソースをのせたもの。むね肉を赤味噌でマリネしたもの、砂肝は炭火の香り。パースニップのソースが添えられている。日本の焼き鳥をバラして再構築したような“YAKITORI”だ。そして魚料理は「鰆」。アサリのスープの中に、低温調理でふっくらと火入れした鰆。かぶのピューレやクレソンの青々とした香りが春らしい。

メインは蝦夷鹿。ふきのとう、うるい、こごみ、行者ニンニク…この時期、金沢で豊富に手に入る山菜が、肉を覆うようにたっぷりと添えられている。ダレン氏らしいワイルドな組み合わせ。チリや赤味噌のソースには、山菜の苦みを引き立てるようチョコレートを少し加えたところが、彼らしい味の組み立て方だ。

デザートは2品。1品目は、旬のいちごを使ったバスクチーズケーキにいちごのチュイールとアイス。もう1品は、シュークリーム。「シュー」の語源、キャベツをチップスの内側にカスタード、生クリーム、ピスタチオ。ソースはレモンバーベナで爽やかだ。

3時間余りの饗宴は、余韻を残しながら終了した。ダレン氏と髙木氏、お互いのリスペクトから生まれた料理は、食材の力強さを感じるワイルドさと、国境を越えたふたつのまちの食文化が交差する表現だった。また、金沢の小さなワイナリーのワインを取り入れたワインのペアリング、山の植物などを取り入れたノンアルコールのペアリングも料理を引き立てていた。そして何より、舞台のようなキッチンで働くカナダと金沢のスタッフの生き生きとした表情が、このイベントの意義を物語っているような気がする。

●ダレン・マクリーン
カナダのモザイク文化を料理に反映させた「EIGHT」、日本の炭火料理を中心とした「shokunin」、野菜の寿司を提供する「NUPO」のエグゼクティブ・シェフ兼オーナー。いずれの店も「Calgary’s Avenue Magazine(カルガリーアベニュー誌)」でベスト10に、またカナダトップレストランでトップ50にランクインしている、カナダでもっとも高い評価を得ているシェフのひとり。Netflixの料理番組「ファイナル・テーブル」のファイナリスト。

●髙木慎一朗
ミシュラン二つ星「日本料理 銭屋」の二代目主人で、「A_RESTAURANT」のエグゼクティブ・シェフ。2015年農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」受賞、2017年「日本食普及の親善大使」に任命。2023年「ルエ・エ・シャトー日本地区代表シェフ」および「World Culinary Council」20名に選出され、日本料理を世界に普及・発展させる一方で、地元金沢の小学校を中心に子どもたちの食育にも携わっている。

A_RESTAURANT
石川県金沢市片町2-23-12 中央コア2F
https://a.restaurant.co.jp/
今回のような世界各国のトップシェフとのコラボレーションやソムリエを招いてのペアリングイベント、そのほか、加賀野菜を守り継ぐ生産者にフォーカスしたコースや、子どもと一緒に楽しめるディナーにも取り組んでいる。

text : つぐまたかこ

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