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慶応元年創業。硬水で引くだしが「和田屋」の味を作り出す


和田屋の歴史と霊峰白山の「水」

白山神社の総本山、「しらやまさん」と呼ばれ、地元の人たちから親しみと厚い信仰を受ける白山比咩神社の境内に、「和田屋」はある。そこは低い山を背に芳醇な空気が漂い、ときに霧やもやが立ちこめ、いかにも「豊かな水」とともにある場所だ。

創業は慶応元年(1865年)。当初は、ここから少し離れた手取川のそばで店を構えていたそうだ。「この手取川は、文字どおり“手と手を取り合わないと渡れない暴れ川”で、私どもの店も幾度となく水害に見舞われました。見るに見かねたのでしょう。白山さんの四代目の宮司さんからお声がけいただき、昭和25年にここに移ってきたのです」と語るのは、五代目当主の和田英夫さん。「手取川のそばにあったころは、井戸水を使っていたのですが、その土地を離れれば、当然その水は使えません。ここに来て30年近くは、水のおいしい土地でもありましたし、料理にも水道水を使っていました」。

そんな和田屋に転機が訪れる。「ここはいい水脈がある」というアドバイスを受け、和田さんは井戸を掘ることにしたのだ。70メートルほど掘り進めると、地下水にたどりついた。水道水に比べてカルシウムをはじめとするミネラルが多い、「やや硬水」の水。白山比咩神社に流れる水と同じで、その成分は、白山に降った雨や雪が幾層もの砂利や貝殻などの層を経たことを物語る。硬水でありながら、口に含むとやわらかい。地元の酒蔵の仕込み水としても知られる「霊峰白山の伏流水」だ。

吸物
硬めの水でじっくりと旨味を引き出した昆布と鰹のだしで作る、吸い地。夏の加賀野菜・加賀太きゅうりに岩魚、山菜のカタハをのせ、カリッと焼いた岩魚の皮がアクセント。山の恵みを受け止めるのは、山の水のだし。

井戸を掘ると決心した理由を尋ねると、和田さんは笑顔で答えた。「そりゃあ。井戸水のほうがいいですよ。以前の店があった手取川も、白山から流れ出る川でしたし、同じ水系なのだと思います。日本料理は水が命。水商売というだけに、料理屋にとって水はとても重要ですからね」。

真夏でも、雪に埋もれる冬も、一年を通して水温は15℃前後。すべての料理はもちろん、川魚のいけすにも、風呂にもこの水を使っている。客室に向かう廊下の脇、建物の中に清らかな水が流れる様は、白山の水とともに歩んできた和田屋の歴史を物語るようだ。30年以上たった今も、この水は涸れることがない。

硬水で引くだしが和田屋の味を作り出す

日本料理は多くの水を使う「水の料理」と言っても過言ではない。その日本料理の基本となるのは、言わずもがな“だし”である。そして、日本の水の多くは軟水である。

一方、硬水は成分が出にくい特徴がある。当然、だしも一般的な引き方では旨味を引き出すことができない。和田屋では、やや硬水の「白山の伏流水」で、どのようにだしを引いているのだろうか。

打ち水された玄関では、和田屋の命ともいうべき「水」が流れるつくばいが出迎えてくれる。

「確かにだしが出にくいというのはあります。その分、時間をかけてじっくりと旨味を引き出すことを念頭に置いています」と料理長の関直斗さん。

「昆布には切れ目を入れて前の晩から水に浸しておきます。翌朝一番の仕事は、1時間あまりかけてだしを引くこと。水に浸した昆布を火にかけ、じわじわと温度を上げていきます。60℃になったら、この温度を1時間保ちながら旨味を引き出すのです。一応温度計は使いますが、毎朝やっているうちに、昆布から出る泡の具合など、見た目でもわかるようになりました。ほかのお店でも、60℃前後で出すことはあると思いますが、その場合は10分ぐらいで昆布を引き上げます。1時間というのは、この水だからこそ、の引き方ですね」。

旨味が出たら温度を上げ、沸騰直前に昆布を引き上げる。差し水をして90 ℃ぐらいに温度を下げたら、削り鰹を投入し、2分ほど置いて漉す。1時間も火にかけ続けたとは思えない、淡い黄金色の澄んだだし。香り高いが、すっきりして、カドのない味だ。

「最初は料理をしながら『なんか違うなぁ』と少し違和感がありました。でも、いろいろと調べていくうちに納得することも多くて。だしを引くのには時間がかかるけれど、いいこともたくさんあります。硬水は、軟水に比べ煮崩れしにくいんです。また、臭味を抑えたり、アクと結びついて苦味を和らげたりする効果もあるようです」

猪の角煮(上)と金時草のおひたし(下)
猪の骨を焼いてコトコト煮出した甘味のあるだしで、猪肉を炊いた角煮。加賀野菜の金時草のおひたしは、自家製鮎の焼き干しのだしで。だしをとったあとの鮎は、味を含ませてから、和えることで、風味と食感に奥ゆきが。

山の恵みとともに山の水とともに

関料理長は、この日、基本となる「昆布と鰹のだし」のほかに、2種類のだしで料理を作ってくれた。猪肉の角煮は、「猪のだし」。焼いた骨をコトコトと煮込んで旨味を抽出した、豚骨ならぬ「猪骨」だ。夏の加賀野菜、金時草のおひたしに使ったのは、「鮎のだし」。鮎を塩水で洗い、カリカリになるまで天日干しにして焼いたもの。猪も鮎も山の恵み。どちらも野性味あふれる素材だが、成分が出にくく、臭味や苦味を抑える硬水を使うことで、やわらかな風味のだしになる。

女将の和田智子さんは言う。「お客さまは、私どもの料理はやさしい味だと言ってくださいます。この山の水が和田屋の味を作っているのだと思います。料理だけではなく、お茶もそう。お着きのお茶を出す際には通常の2倍の時間がかかりますので、スタッフには『ゆっくりとね』と伝えています」。和田屋に流れるゆるやかな時間も、水が作り出しているのだろうか。

「“山菜と川魚、ジビエ”という、ある意味特殊な料理屋なのものかもしれませんが、これからもこの白山の恵みでやっていきたい」。水の大切さを知る五代目当主、和田さんの言葉だ。

硬水でだしを引く

旨味をじっくり引き出すため昆布は前日から準備する。
昆布は、旨味のしっかりした利尻のものを使っている。硬水は、軟水に比べてだしが出にくいため、切れ目を入れたものを前日から水に浸けておく。

60℃~65℃に保ち、ゆっくりと1時間かけて旨味を抽出。
一晩水に浸した昆布を火にかける。じわじわと温度を上げ、60℃に達したらそのまま温度を保ちながら、1時間かけて昆布の旨味を抽出する。

沸騰直前に昆布を引き上げ差し水をして削り鰹を投入。
昆布の旨味が充分出たら、沸騰直前まで温度を上げ昆布を引き上げる。差し水で90℃に温度を下げ、削り鰹を投入。澄んだだしができ上がる。

Hideo Wada

和田屋五代目。1936年、和田屋四代目和田栄夫氏の長男として生まれる。高校卒業後、京都の料理旅館と大阪の料理屋で4年半修業。22歳のとき家業を継ぐため実家に戻り、厨房で料理を担当したのち、亡くなった四代目の跡を継いで当主に。現在は第一線を退き、実務を料理長や女将に任せながら、和田屋を見守っている。能をたしなむ風流人でもあり、金沢能楽会理事を務める。

和田屋
Wataya

石川県白山市三宮町イ55-2
☎076-272-0570
●11:00~14:00、17:00~20:30L.O.
●第2・4火休、12~3月は毎週火休
●コース 昼6500円~、夜8500円~(サ席別)、
1泊2食30525円~
www.tsurugi-wataya.co.jp

つぐまたかこ=取材・文 水野直樹=撮影

本記事は雑誌料理王国300号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は300号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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