激動の香港でポジティブに技術を磨く「タヴィ」


デモからコロナ禍、続く逆風を学びのチャンスに

香港 Ta Vie 佐藤秀明

去年6月に始まった逃亡犯条例への反対デモで飲食業が「かつての日常」を失ってから、1年以上が経っています。それが下火になり、年を越してから次は新型コロナ感染症が広がり始め、さらに最近の国家安全法の制定と、不安定な状況が続いています。政府の要請で、数日の猶予しかなく急に営業時間の変更をせざるを得ないなど、柔軟な対応が求められます。この期間、ランチを始めたり、休日を変えたり、テイクアウトもやったりしてきました。

レストランは常に景気の浮き沈みと連動するものですが、この1年私が思い知ったのは、政治、公衆衛生なども我々の仕事に大きな影響を及ぼすということです。具体的にはわかりませんが、今後も民主派や市民の抵抗は続き、政治的な不安は経済を足踏みさせ、飲食業も影響を受けるでしょう。また、政治的な変化を受けて、貿易、輸出入の制約が出てくることは想像できます。今までの、海外から何でも手に入るという状況は変わってくるかもしれません。

でも、今後はどうなるかは分かりませんが、香港には多様性という魅力があります。様々なバックグラウンドを持つ人々が、自身のアイデンティティを表現できる街。中国の食文化は奥深く、香港にいるからこそできる経験はいろいろとあると思い、「香港にいるのだから、素晴らしい中華のテクニックを学ぼう」とこの状況をむしろポジティブに捉えようと思っています。

去年7月からは、新メニューの開発とは別に「北京ダックチャレンジ」と称して、週に1回のペースで、北京ダックの試作に取り組み始めました。こういった、何年かかるかわからない試作は、まず普段はできないことです。納得する北京ダックができたら、北京ダックのコースを作る予定ですが、去年10月からその北京ダックを使って鴨ラーメンをリピーター限定で提供したところ、これが好評を博し、逆に鴨ラーメン目当てで来てくれるフーディーたちも増えました。900香港ドル(約13,000円)のランチのコースのメインディッシュとして、週に10杯ほどの限定で提供していますが、毎回すぐ売り切れてしまいます。

チャーシューのタレに漬け込んだ北京ダックの身を乗せ、鴨の骨の出汁で作ったスープと北海道小麦を使った自家製麺の鴨ラーメン。

ウィズコロナの新時代、ジビエの衛生管理にも新基準を

世界中を飛び回って美食を楽しんでいた香港のフーディーも、海外に行けない分、香港のレストランをサポートしようと足を運んでくれていて、これまで以上に彼らと親しくなったような気がしています。コロナ禍で、美食の世界は大きく変わりました。ミシュランガイドが発行された頃から続いてきた、「素晴らしい料理を提供すれば、どこであろうとも、世界中からお客様が来てくれる」という理念は、保留になっている状況です。
今は、やはり地元とのつながりを考えること。もう一度、「地元で愛されるお店」である必要があると思います。また、衛生観念の高まりで、レストランで、サービススタッフがマスクを着用するのは、コロナが終息しても残る習慣になるかもしれないと思っています。

この状況がどのくらい長引くのか、終息して大旅行時代が再び到来するのかはわかりませんが、一説には、コロナは元々、武漢の市場に食用として持ち込まれた野生動物から感染したという考えもあります。今回の件で忘れてはいけないのは、野生動物食の安全性の確認でしょう。ジビエ=汚れなき大自然の恵み、という幻想を改め、各国で流通の方法も含めた取り扱いや、調理の際のガイドラインを作るなど、その安全性を見直す必要があると思います。

text 仲山今日子 

本記事は雑誌料理王国2020年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2020年10月号 発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする