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コロナ禍があったからこその会社設立「sio」鳥羽周作さん


続くコロナ禍で多くの企業が店舗を減らしたり、業務縮小を重ねる中、昨年4月のコロナ禍を逆手にとり、2店を新規開店、2021年9月にはさらにもう1店舗出店予定、気炎を吐くシェフがいる。

#おうちでsio でお馴染みの、ミシュラン一つ星レストラン、「sio」オーナーシェフ、鳥羽周作氏だ。コロナ禍でいち早く、店で提供しているレシピを惜しみなく公開。家庭で、手軽に再現できるおいしさがSNS上で話題となり、テレビに取り上げられるなどして、一躍有名人となった。今年5月末に始めたレシピ動画のYoutubeチャンネルは開設後わずか2ヶ月弱で7万人に届こうという人気ぶりだ。そんなシェフが、「コロナ禍があったからこそ」と語る「飲食業をサステナブルにする」答えとは。

「幸せの分母を増やしたい」つまり、おいしいもので、より多くの人を幸せにしたい、が、コロナ禍でシェフとしての原点を見つめる中で気づいた鳥羽氏の流儀だ。レシピ公開も、元々は、家で料理しなくてはならず困っている人を、「簡単でおいしいプロのレシピで助けたい」とスタートしたもので、それが結果として「今みんなが求めているもの」を知る手がかりともなった。

コロナ禍は、様々な分野で、物事の本質を浮き彫りにした。「お客さんがいて、求められるものしかマネタイズできない。しかも、選択肢がシビアになっているから、選ばれるためには相当お客さんのことを見ていないと難しい」(鳥羽氏)。そんな時代性に、元々「自分の作りたいものを作るより、求められるものをおいしく作りたい」タイプの鳥羽氏のスタイルがピタリとはまった。例えば、SNSの活用にしても、あくまでもお客さん軸。僕が大切にしたのは、お客さんの期待に応える事。単純に、シェフ本人から返事が来たら、嬉しいじゃないですか」

Twitterでは#おうちでsioと入った投稿をリツイートするだけでなく、できるだけたくさんの方にリプ(返事)を返してエンゲージメントを高める。ツイッター、YouTube、インスタも全部自分で返信している。「メッセージは自分に来ているものだから、そこは自分の責任。多店舗展開やコンサルティングを増やした事で、なかなか店で会えなくなった分、そこは手を抜きたくない」

コロナ禍で生み出した新しいスタイル

では、料理はどのように作っているのか。鳥羽シェフを中心に、数店舗を統括する実績あるシェフと共に開発チームを組み、レシピ開発の生産性や精度を上げている。それぞれの強みを分担するチーム戦で、商品コンサルティングを含めて、月に数十以上もの新メニュー作成を行う。

自らの強み、コミュニケーション力と、オリジナルの「味の方程式」、そしてロジカルな説明力を最大限生かして役割を明確にし、チームで料理を作ること。目指すのは「シェフを店から解放する」つまり、自分がその場にいなくても店が成り立つ、新しいスタイルのレストランだ。

しかし、そんな数々の取り組みを始めたきっかけは、実はコロナ禍なのだという。その異色の経歴は多く語られているところなので割愛するが、2018年に独立して、オーナーシェフとしてsioをスタート、コロナ禍前まで、店は順調に客が入っており、レストラン経営について深く考えることは少なかった。しかし、突然の第一回の緊急事態宣言で気づいたのが「レストランのビジネスモデルというのは、外食と内食、そして中食。そのニーズに何ができるか、という部分以外に、マネタイズのポイントがない」という事実。

自己資本100%。新会社の設立

では何ができるのか。「外食する人が減っても、人口が減ったわけではない」そう考え、去年4月、緊急事態宣言の発令2日後には、自宅にこもり、「中食」のテイクアウトや弁当の試作を開始。sioでメニュー開発の基準にしている、独自に編み出した「五味の組み合わせ」を生かし、店の「おいしさの方程式」を盛り込んだだけでなく、店で食べるのとは違う「弁当としての味の構成」つまり、冷めても美味しく食べられるようにするには、どうしたら良いかを徹底的に考えた。

単価も、毎日普通に食べられる価格帯に絞り込んだ。つまりは薄利多売、決して利益率が高いわけではない。レシピ公開に至っては、手間がかかるだけで利益ゼロだ。しかし、「店にきてもらうための名刺」と捉えて丁寧に取り組んだことが、「共有することが価値を生み、結果としてビジネスとなる」時代の価値観とぴったりとマッチした。

しかし、何よりもコロナ禍がもたらした大きな変化は、自己資本100%の「シズる株式会社」の設立と、大幅なビジネスモデルの変更だ。「今後、コロナ禍のようなパンデミックが再度起きる可能性はある。そうなった時に、今のままのレストラン経営では生き延びられない。新しいレストランのあり方を模索しなくては」という切実な思いと、「多くの人を幸せにしたい」という本質的な思い。その二つを束ねた先にあったのが、「ワンストップクリエイティブカンパニー」と呼ぶ、チームでオールラウンドな食の課題の解決をする、食にまつわるプロ集団をつくることだった。

「幸せの分母を増やす」シェフへ

「これまでのレストランビジネスといえば、10年修業して独立し、人気店にするというスタイル。でも、コロナ禍で、そのスタイルはあまりにリスクが大きすぎると気づいたのです。外食だけでなく、中食にも対応するECサイトやコンサルティング、大企業とのコラボレーションなどの仕事を受けることで、レストランビジネスをサステナブルにしなくては」と思ったのがきっかけだ。

「確かに、僕が厨房に立たなくなったから味が落ちた、という人はいます。でも、自分では同じレベルは実現できていると思う。それに『幸せの分母を増やす』方向に舵を切った以上、自分一人では、幸せにできる人が少なすぎる。『シェフがいないと成り立たない』という部分をブレイクスルーしないと」。「幸せの分母を増やす」モットーから、厨房は信頼するヘッドシェフに任せるチーム戦に切り替えたのだ。

「シェフの能力を、レストランで料理をつくる、に縛る必要は全然ないと思うのです。僕は、みんなが普通に食べるものが今よりおいしくなる、そんな食文化を作りたい。どっちが良いか、という話ではないのですが、一代で終わってしまうのではなくて、僕がいなくなっても、ビジネスとクリエイティブ、どっちの意味でもサステナブルなレストランの文化を残していきたいのです」

そのためには、チームの教育も不可欠だ。sioには、鳥羽氏が考えた、いくつもの「味の方程式」がある。例えば、「酸味と塩味は近いところにあるから、塩を6割に落としても酸を立てれば、塩分の輪郭を作れる」といった理屈を共有し、それぞれのスタッフが独自に応用してレシピを考えられるような仕組みづくりを行っている。具体的な数値に落とし込んだレシピではなく、考え方で理解させ、鳥羽氏が現場にいなくても状況に対応できる人を増やすという教育方針だ。

sioはミシュラン1つ星レストランでもあるが「海外では、ガストン・アクリオのように、ガストロノミーをやりながらも、社会問題を解決していくシェフがいる。星の数やランキングそのものを目的にするのではなく、それを得てから何をするかが大切だと思うのです。成功する人は、いつもその先の『世の中のために何ができるか』を見ていると感じます」と語る鳥羽氏が目標に据えたのが、「おいしいに対するリテラシーをあげていくこと」。

「コロナで色々なことが変わったと思います。コロナ禍が落ち着いた後には、きっと揺り戻しで多くのお客さんが来るでしょうけれども、それでよかった、ではなく、飲食は経営者、働くスタッフ、お客さん、その3者が全て変わっていかないといけないと思います」。

鳥羽シェフが理想と考える変化とは?

経営者は、マーケティングも学び、しっかりと未来のビジョンを見せていくだけでなく、雇用する人にとっていい環境を作らなくてはならない。例えば、きちんと休みが取れるような仕組みを作り、そして逆に努力したいという人にはチャンスを与えるなど、個人がライフスタイルを選択できる環境を整備すること。

働く側は、なぜ給料もらえているかをきちんと知ること。自分が何をすれば会社に貢献できるか、その貢献が自分の給料にも跳ね返ると理解すること。

お客さんは、ランキングサイトの数値ではなく、おいしい、の本質的な理解をすること。調理と調味でいうならば、単価の高いものは食材を生かしたものになるので、調理、単価が安いものに関しては、調味での評価ということになっていく。そういう目利きができる世の中になっていくこと。

「みんなを幸せにする料理って尊い。ファインダイニングも牛丼も。食べものを全部おいしくするのが、料理人の仕事だと思うのです」

編集後記

「ハッシュタグから作る」のが、クリエイティブカンパニーのやり方。未来は、TikTokのような短い動画が人気を博すはず、という考えから、寝る前には「エモい伝え方」を学ぶために、研究を怠らない。鳥羽氏のスタイルは、徹底した未来主義。つい先日は、未来のサステナブルな健康食材として注目される、ユーグレナのコーポレートシェフにも就任した。

華やかに見える活動の背後にあるのは、「料理の本質を知って欲しい」という思いだ。確かに、料理人の仕事は、気づかれない部分も少なくない。食材原価だけでなく、どんな技術で、どう手間をかけたかにも大切な価値がある。それを、きちんと感じてもらえる世の中になれば、「安いのが正義」ではなく、丁寧に作られたものに、正当な対価が自然と支払われる、より豊かな世の中になり、技術の継承も進んでいくのではないか。

コロナ禍で、必要に迫られて自宅で料理をする人は確実に増えた。実際にレシピを見ながら調理をしていく体験が、料理そのものを知ること、つまり鳥羽氏のいう「味のリテラシー」を上げたのは間違いないだろう。

限られた人への、限られたサービスであった「レストラン」から、より多くの人に届く「食のワンストップクリエイティブカンパニー」へ、という、鳥羽氏の取り組み。インターネットの出現が、多くの人をつなげたように、外食が制限されたコロナ禍が「共有が価値になる」というネット世界の価値観を加速し、シズる株式会社のような、レストランと人をつなぐ新しいモデルが生まれて行っていることは、とても興味深い。

もちろん、全てのレストランがそうあるべき、という訳ではないし、一人のレストラン愛好家としても、様々な形のレストランが選べる世の中であって欲しいとも思う。鳥羽氏も「みんなが、YouTubeやTwitterを始める必要もないと思いますし、大切なのは、自分自身を知る、つまり、自分のお客さんが、店に何を求めているかを知ることだと思います。コロナ禍で生活スタイルが変わったことで、普段夜の営業しかしていないお店が、昼も営業してくれたら、お客さんは嬉しいかもしれない。そういった想像力を、前より一層、徹底的に働かせること。それが、このコロナ禍を乗り越える一番の鍵になる、と思っています」と語る。

危機においてこそ、本質が見える。料理に多くの人が触れることになった「ウィズコロナ」の先にあるはずの「アフターコロナ」の世界はまだ見えてこないが、鳥羽氏の提唱する「味のリテラシー」が向上した本質主義の世の中は、そう遠くないうちにやってくるのかもしれない。

取材・文・撮影= 仲山今日子  写真= 山崎野原

仲山今日子
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。


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