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トップシェフが再現するフランス古典料理「タイユヴァン」 ~ア・ニュ ルトゥルヴェ・ヴェー 下野昌平さん~


「実際に作ってみると中世の料理人の考え方がよくわかってきます」

ア・ニュ ルトゥルヴェ・ヴェー 下野昌平さん

タイユヴァンが書き残したルセットによって、中世末期の宮廷の食卓の様子を知ることができる。
肉は必ずゆでてから焼き、野菜、キノコ類はあまり入らない。香辛料を多用し、イタリアなどと異なり甘味を使わないのも特徴だ。

 フランス料理の歴史の幕開けは、中世の宮廷料理人、タイユヴァンによって14世紀末に書かれたとされる『ル・ヴィアンディエ』に始まる。その前にももちろん料理文化は存在していたと考えられるが、ルセットは親方から弟子に口伝で受け継がれていた。それを最初にフランス語で文字として書き残したのがタイユヴァンだ。これを見ると古代ローマ時代に比べ、中世の宮廷料理のルセットは大きく変化したことがわかる。

スパイスを多用し、甘味を好まず酸味を好む

 まず古代ローマ時代に頻出したガルムが消え、希少性が高く高価な香辛料は変わらずに多用。そしてブドウの未熟果から作る酸っぱい調味料ヴェルジュや、ビネガーの酸味を主体とした味付けとなり、甘味はほとんど入らない。また、煮込みにブイヨンは使用せず、水と前述のビネガーやヴェルジュ、白ワインなどを使った。嗜好性に加え、入手の困難さからバターの使用量は少なく、必要な時にはラードを使った。調理技術上の大きな特徴は、肉を火であぶる前にゆでていること。この調理法は、

世紀末まで残っていた。ブランシールによって、熟成期間中に肉の表面に繁殖した細菌から生じた臭みを落とし、おいしく食べるための工夫であったとされている。

 新しい感覚のフランス料理を提供する下野昌平さん。だが「ル・ヴィアンディエ」の、「イノシシ肉のブルビエ」を再現してみて「中世の料理人も現代の料理人である自分も、求めている結果や味わいがよく似ている」と気づいた。

余分な風味をつけず、素材のおいしさを味わう

 当時の料理といえば、香辛料と酸を好み、油脂の中でもバターと甘味が控えめなのが特徴。下野さんも、料理に多くのスパイスを組み合わせるが、ハーブは使いすぎると味わいが似てしまうので、あまり入れない。また、油脂については、ソースなど欠かせない場合を除き、バターの使用量を減らし、食材に余分な風味をつけないようにグレープシードオイルを用いる。中世の料理人にも、「素材の味わいをストレートに、おいしく食べたいという気持ちがあったのではないか」と、下野さんは推測する。実際、下野さんのルセットには、熊の背肉を焼いてスパイシーなソースを添える、「イノシシのブルビエ」と似た「熊の背肉の炭火焼き」がある。ただこの場合、酸味はソースに加えずにガルニチュールで表現、ソースを別添えにして、肉とソースのさまざまな味わいを楽しめるようにするなど、現代人の味覚に合わせたひと皿に仕立てている。

クマの背肉の炭火焼き エピスのソース
ソースには、ターメリック、アニス、クミン、マスタードシード、シナモン、ナッツメッグなど約12種類のスパイスが入る。付け合わせのハクサイはシードルビネガーで煮て酸味のアクセントにする。

タイユヴァン Taillevent 1310年頃-1395年
中世にフランス語で書かれた最初の料理書とされるのが、タイユヴァンことギヨーム・ティレルの『ル・ヴィアンディエ』(食物譜)。料理人であり、おそらく錬金術師でもあったとされるタイユヴァンは、口伝の料理を体系化して書き残した最初のひとりだった。14世紀末に出されたとされるが、印刷技術が生まれる以前の書物であり、原本は14世紀初頭に成立したとの説もある。ともあれ、この書物のおかげで14世紀末のシャルル6世の食卓に上った、宮廷料理のルセットを見ることができる。その後17世紀に、近代料理書が盛んに出版されるようになるまで、再版を重ねた当時の「ベストセラー料理本」であった。

text:Yukako Ito /photo:Fujio Takashima

本記事は雑誌料理王国第209号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第209号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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