【シェフが惚れるニッポンの肉を訪ねて】高座豚


かつては中ヨークシャー種が一斉を風靡

銘柄豚の生産が日本各地で盛んだ。生産者の名前を冠したものから「バームクーヘン豚」など餌由来の名前まで、全国各地に260種類はあるという。そのほとんどは企業の商標だ。こうした銘柄豚とは一線を画し、養豚の歴史が長い土地で、集団商標としての残ってきた名称がある。代表的なものでいえば、鹿児島県産黒豚や沖縄県産アグー豚。しかし首都圏近郊にも、めずらしく地域名称のついた豚がある。それが「高座豚」だ。神奈川県中部一帯は旧高座郡と呼ばれ、昔から養豚が盛んで、今も中小の養豚農家や豚肉加工業が根強く残っている地域だ。「高座豚」の名前も、旧高座郡に由来するらしい。一体どんな豚なのか、なぜ〝幻の豚〞と言われるのか。神奈川県横浜市泉区の横山養豚を訪ねた。

高座豚のかつてと今

明治時代、横浜港開港とともにたくさんの外国人で賑わった横浜周辺は、外国人の需要に応えるため、養豚が盛んになったといわれる。この時代に飼われていた豚の多くが、イギリスから輸入された中ヨークシャー種という小型品種だった。明治時代に輸入された中ヨークシャー種は、地元の雑種と掛け合わせながら品種改良が行われた。これらの豚が「高座豚」と呼ばれるようになったのは、昭和初期に実施された全国肉畜博覧会あたりかららしい。この大会で上位を総なめにした高座郡の豚は、「高座豚」として対外的に知られるようになる。しかし高度経済成長期を迎えた頃、養豚の様相は変わった。中ヨークシャー種は、成長の早いランドレース種や産肉性の高いデュロック種に取って代わられる。気難しい性格で成長も遅く、病気にかかりやすい。おまけに成豚になっても小型で歩留まりの悪い中ヨークシャー種は、昭和40年代以降にほぼ全滅した。しかし「高座豚」は旨いという名声は残った。現在の「高座豚」は、中ヨークシャー種の血統とはイコールでない。昭和59年、「高座豚」はある企業の登録商標となった。同企業は、昔ながらの「高座豚」を復活させたいという養豚家たちと提携し、中ヨークシャー種の血の入った「高座豚」も息を吹き返した。しかし、販売上主力になっているのは、安定的生産が可能なランドレース、大ヨークシャー、デュロック種の三元交配種だ。経済性を考えればやむを得ないのかもしれないが、かつて「高座豚」の黄金時代を築いた立役者、中ヨークシャー種は、今や風前の灯だ。

中ヨークシャー種と大ヨークシャー種を掛け合わせた仔豚。かつての旧高座郡では中ヨークシャー種の種豚に、地元の豚を掛け合わせる交配が中心だった。ヨークシャー種は肉のきめ細かさが特徴。

おいしいから守る

横山さんをはじめ、中ヨークシャー種に強い愛着を持った地域の養豚家は、現在グループ9人で純血種を数頭ずつ飼っている。病気に弱いため、誰かひとりで守るのは危険だ。仲間と持ち合うことでリスクを分散する。横山養豚では、100%の純血種と大ヨークシャーを掛け合わせた50%のF1を飼育する。ほかの豚と一緒に飼育すると弱くていじめられるので、独立した豚舎で育てる。通常の豚は約半年で出荷されるが、それより3カ月ほど時間をかけて成長し、背中に大理石のように真っ白な厚い脂身がのる。一般の格付けでは歩留まりの面で評価されないが、関係者の間では「白身肉」と呼ばれる幻の肉だ。87歳になる横山さんの実父は、「今も中ヨークシャーの脂なら食べられる」と言う。横山さんが中ヨークシャー種を作り続けられるのは、同じ地域でやはりこの品種に愛着を持つ食肉
店との契約があるからだ。100%買い取りという契約の下、両者ともおいしい豚を絶やしたくないという一心で飼い続け、売り続けている。どちらかが諦めれば種は絶える。実際のところ、中ヨークシャー種の販売だけでは商売にならなので、生産性がよく廉価に出荷できる豚肉や、その加工品のソーセージやハムが売り上げの中心を占めている。

「他県で中ヨークシャー種を売りにしているのを見ると、ちょっと悔しいなと思うことはあります。本当は旧高座郡に由来のあった品種なのに」。「高座豚」の名声復活の陰で、昔の品種にこだわり、おいしい肉を追求する人々の努力が今も続いている。

高座豚の歴史

明治維新期
横浜で外国種の豚が輸入され、その交雑種が神奈川県下在来種の元祖となる。
明治25年頃
一般農家に養豚が広がり、うち半数が高座郡で飼育されていた。
大正7年
神奈川県で養豚奨励規則が設けられる。
昭和初期
地域に種豚生産を奨励するため、イギリスより種牝豚の中ヨークシャー種を購入し、巡回の種付けを行う。全国肉畜博覧会で高座郡の豚が上位を占めたことから、地域の豚が「高座豚」と呼ばれるようになる。
昭和40年頃
豚の大量生産飼育化により、ランドレース種が主体に。中ヨークシャー種は激減する。
昭和58年
有志の養豚家が高座豚研究会を設立。イギリスで中ヨークシャー種を買い求め、地元での復活を試みる。100%純血種を維持しながら、食肉に適する掛け合わせや飼育方法を研究中

中ヨークシャー種をサポートする人々

(有)太田屋 代表取締役 佐藤良雄さん


「横山養豚さんと専属契約して、中ヨークシャー種主体(純潔度50%以上)の昔に近い高座豚を扱っています。豚の脂には品質の差があるんです。脂が旨い肉だということをもっとたくさんの人に知っていただきたいですね。野菜炒めやスープに使ったらいいだしが出る。この脂で揚げたメンチカツはうちの看板商品です。全部位をハムやソーセージ、揚げ油などで使い切ります。おいしい豚を、なくしたくないですね」

ここで販売しています

太田屋
神奈川県大和市福田 3595-7
● Phone 046-269-5133 
● 10:00~19:00 
● 火曜休
● http://www.ootaya.com

この真っ白な脂が「白身肉」と呼ばれる中ヨークシャー種の特色。脂の融点は低く、サラリとしながら味もしっかりある。一度食べたら忘れられない個性を持つ。

横山養豚代表 横山 清さん
高座豚研究会の大黒柱。地域の人々とのコミュニケーションを大切にし、豚舎も積極的に開放しバーベキューなども行う。

本記事は雑誌料理王国181号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は181号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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