革新の料理を極め、エレガントなどぶろくの造り手としても著名な佐々木さんだが、その根底にあるのは、日本の農業を根本から変えるための地道な努力だ。スタイリッシュな料理を生み出すその同じ手で、佐々木さんは根気よく畔の雑草を抜き、土にまみれて田を守り続ける。
見た目はシンプルだが、その中にさまざまなストーリーが幾重にも折りたたまれている。「とおの屋 要」を営む佐々木要太郎さんの料理にはこんな表現がしっくりくる。
「柳田國男の『遠野物語』に象徴されるように、遠野は静かで不思議で、どこか暗いイメージがつきまとう。それと同じく僕の料理も決して明るい色彩ではないし、複雑さもある。でも、それが遠野らしさというか、僕はそれでいいと思っています」と言う。しかし、全体的に落ち着いた色合いのお皿だからこそ自生のミントの緑が際立つ。しかもそのミントの圧倒的な清涼感、強い香りに驚かされる。
「抽象的な言い方ですが、僕が料理を通して伝えたいのは、このミントのような個性と言うか、食材の喜怒哀楽。たとえば遠野でとれるウドとほかの土地のものを比べた場合、風味が同じであるはずがない。遠野のウドが喜びに満ちていたらいいのですが、もしかしたら何かに憂いているかもしれない。おいしさとともに、そうした食材の声や表情を伝えるのも僕の務めと思っています」
なかでも伝えたいのが「土」に関する情報だ。現在、佐々木さんが借り受けている田んぼは約3ha。当初は農薬まみれで「死にかけていた」と振り返る。「今でも農薬や肥料なしに米は育たないと思っている農家さんは多いです」
誤った固定観念を崩すべく、佐々木さんはていねいに土を耕し、無農薬・無肥料で米を育てている。畔がフカフカになるには約20年を要したが、実った米の味が土の蘇りを伝える。さらにその米で造ったどぶろくはエレガントな味わいで、スペインの一流店「ムガリッツ」を訪れるグルメをも唸らせている。
農作業やどぶろく造りもあって、「とおの屋 要」の宿泊客は1日1組(6名まで)に限定されるが、それでも宿泊業を続けるのは、「お客様と、若い料理人にも、僕達が地方で土にこだわる理由をわかってほしいから。土を健康にするには、次代を担う人の理解と協力が絶対に必要なんです」。特に「将来、地方で独立したい」という人は、絶対に土のことを学び、生産現場を自らの足で歩く必要があると佐々木さんは強調する。
「それが地方に求められる独自性につながると僕は思います。不思議なもので、その人の料理を食べると、生産現場を知る人か知らない人かがわかる。知らない人の料理には味の領域に狭さを感じてしまう
んです」
自身の料理の独自性について佐々木さんは、「食材の個性と個性をぶつけ合うことで生まれる新しい調和」と分析する。だが無茶なぶつけ方はしない。土の再生に尽力して米を育み、酒を醸す日常がそのさ
じ加減を教えてくれるのだ。「自然から学ぶことはまだたくさんありますが、40歳を超え、それを後輩に伝えていく立場にもなってきました」と語る佐々木さんにとって、「とおの屋 要」は貴重な情報発信の場でもある。
佐々木要太郎
1981年、100年以上続く民宿「とおの」の4代目として遠野市に生まれる。和食の料理人である父親から調理の基礎を学んだ後、独自の料理スタイルを築く。2011年には、民宿の隣に1日1組限定のオーベルジュ「とおの屋 要」をオープン。一方、醸造家としても実力を認められ、2017年には、スペインの世界的レストラン「ムガリッツ」にどぶろくのペアリングコースが誕生して注目を集める。
岩手県遠野市材木町2-17
TEL 0198-62-7557
チェックイン 16:00
(最終チェックイン18:30)
チェックアウト 10:00
text: Kurumi Kamimura photo: Hiroyuki Takeda