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「パリ」における日本人シェフブームの先駆者 中山豊光さん


パリで〝77年組〟が活躍する中、「レストランTOYO」の中山豊光さんは、そのひとつ上。1990年代にフランスで修業時代を過ごした。「フレンチと和食のフュージョン」と評価され、パリ11区の人気店「クラウンバー」の渥美創太さんを誕生させるなど、パリの〝日本人シェフブーム〟の先駆的存在。2016年10月「楽天ジャパンオープンテニス2016」の期間中、会場内に開いた「ラドーレストランRADO RESTAURANT 2016」のシェフとして帰国した中山さんに話を聞いた。

素材から始まる料理はジャンルを越え、ひとつの皿に向かうのではないか。

「自分の料理を食べてもらう」のではなく、「こんな料理も良いと思うのです」という気持ち。

「お前のスペシャリテは何だ?」

 1994年、23歳でフランスへ渡って以来、今年で23年。長きにわたりフランスで料理人として働く中山豊光さんが、「自分のオリジナルとは何か?」、という問いに向き合うきっかけになった言葉である。「フランス人は『この皿は故郷の祖母の味です』と答えられる。その部分では、僕たち日本人はまったくかなわない。その時に、『日本人として日本料理を知らないといけない』と、思ったのです」

 96年、パリでは珍しかった日本人が経営する本格的な日本料理店「伊勢」に入り、5年間学んだ。

 そして2001年、中山さんに転機が訪れる。知り合いを通じ、ファッションデザイナーの高田賢三さんのパリの家で料理を作ってほしいという依頼が来たのだ。これを機に何度も声がかかるようになり、気が付けば7年間、高田さんの専属料理人として、世界中の政治家や財界人、アーティストをもてなしてきた。

「料理人というより、お手伝いさんに近かったかもしれませんね。旅行について行くこともあれば、家の中の花を生けることもありました」

 高田さんの家では、ゲストたちを観察した。旅の途中なのか、始まりなのか。明日の予定は、朝は早いのか、いつ帰国するのかーー。

「皿数を減らして早めに終わらせよう。フランスらしい料理にしよう。などと、ゲストの状況を見て、内容やペースもつねに変えていました」「日本人のオリジナリティ」の追求と「お客様の顔を見て作る料理」。この2つの経験を経て、2009年、38歳で中山さんはパリで独立した。

「TOYO風ニョッキ、白イカと水前寺菜のピュレ カラスミとボルディエバターソース」。イタリア人にから直に学んだニョッキと熊本の野菜がひとつの皿に集う。

素材とお客様のために最低限の一手で終わらせる

「レストランTOYO」は、パリ6区、モンパルナスにも近い地にある。カウンターが印象的な店内は、テーブル席も含めて34席。決して小さなレストランではない。テーブルには箸が置かれ、割烹料理店といった印象だ。開店から8年、世界の政治家や俳優といった客が、TOYOの味を求めてやってくる。初めは「KENZOのシェフが独立」という話題性もあっただろう。しかし、それだけで客は再訪しない。

「世界各国、好き嫌いがかなり違います。今『カルト・ブランシュ』(おまかせ料理)が流行っていますが、宗教上の理由もあるし、パリでは意外と嫌われると思います」

 中山さんは、自身の料理を「素材ありき」と断言する。食べてもらいたい素材に最低限の調理を加える。「例えば、最初のお皿で、必要以上の塩を入れたら、次の料理ではもうひとさじ塩を足すことになる。それを何回も繰り返せば味はぼけて、最後には、食べている方もしんどくなる。永遠に味もまとまらない」。だから"、最低限の一手"で終わらせる、とも言う。そして「この素材にはこんな料理も良いと思います」、という気持ち――。

 レストランガイドによっては「日本料理店」と記載されることもある。素材を活かすために、調理を最低限に留める中山さんの料理が、パリでそう映るのも理解できる。

「僕が好きな料理や料理人を見ると、フランス料理でもイタリアンでも、和食でも、どれも一緒に見えます」と、中山さん。日本料理だからといって醤油やみりんに頼らない。イタリアンなら、トマトやニンニクに頼らない。そんな料理人は、世界に多くいる。素材から始まる料理を展開していけばいくほど、ジャンルを超え、同じ料理になっていくのではないか、と中山さんは言う。

 2016年、中山さんの故郷・熊本は大地震に見舞われた。遠くパリから故郷を憂い、被災地へ飛ぶ。地元の菊池市の生産者を訪ね歩き、食材の素晴らしさを改めて実感した。「自分たちで考えて商品を開発し、売り出している。しかもどれもおいしい。すばらしいと思いました」

 2017年は、熊本のことを想いたいと中山さん。故郷の素材との出会いは、さらに中山さんの皿を深め、パリを訪れる世界中のゲストたちの魂を揺するだろう。

「鮑、菊池産の茄子マリネ 香草野菜のジュレ寄せ」。築地で仕入れた鮑と中山さんの故郷・菊池市のナスの前菜。
「TOYO特製黒トリュフアイスモナカ 24ケ月熟成のミモレットと福岡産〝とよみつひめ〞イチジク」。芳醇なトリュフの香りのアイス最中。

Toyomitsu Nakayama
1971年、熊本県菊池市生まれ。神戸のフランス料理の伝説的名店「ジャン・ムーラン」に勤め、94年に渡仏。95年の阪神淡路大震災を機に一時帰国するも、同年夏に再渡仏。ロアールのオーヴェルジュで修業した後、96年からパリの日本料理店「伊勢」、2001年からデザイナーの高田賢三氏の専属料理人として腕を磨く。 09年にパリ6区「レストラン TOYO」で独立した。


江六前一郎=取材、文 富貴塚悠太=撮影

本記事は雑誌料理王国271号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は271号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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