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なぜバーモントカレーは永遠のベストセラーなのか?

ハウス食品 バーモントカレー

一般家庭のカレーに欠かせないルウ。その辛みには、体で感じる辛さ以外にも役割があった。 ここでは、ハウス食品研究所でカレーやシチューのルウの開発に携わる清水愼太郎さんにお話をうかがった。

家庭用カレールウでわかった「辛味」の役割は味のリセット

日本人が初めてカレーと出会ったのは幕末。そして文明開化とともに、カレーは日本列島に広がっていった。

 1903年に大阪の薬種問屋「今村弥」が国産初のカレー粉を作り、その3年後には、東京・神田の「一貫堂」が、お湯で溶くだけで食べられるという「カレーライスのタネ」を発売。1914年には、東京・日本橋の「岡本商店」が、元祖カレールウともいえる「ロンドン即席カレー」を発売して話題となった。そしてその後も、ハウス食品の前身である「浦上商店」が「ホームカレー」の製造販売を開始したり、東京・新宿の「中村屋」が高級カレー「純印度式カリー」を発売するなど、カレーは日本の家庭に浸透していった。

 1950年には、日本で初めて固形カレールウが登場。カレー人気はますます高まっていったが、家庭のお母さんたちにはちょっとした悩みがあった。子どもたちと一緒に食べられるカレールウがなかったのだ。そこで考え出されたのが、リンゴとハチミツを使ったまろやかなおいしさの「バーモントカレー」だった。
「これは今でも当社のカレールウのなかで一番人気の商品です」とハウス食品研究所の清水愼太郎さんは話す。テレビコマーシャルの影響もあって、発売直後から爆発的なヒット商品になった。幼い子どもからお年寄りまで、誰もがおいしく食べられる「バーモントカレー」の登場で、カレーは国民食になったのだ。しかも、発売から50年以上経った今も、辛みをはじめ味わいの構成要素はほとんど変えていないという。

「家庭では、いちばん辛みが苦手な人に味を合わせますよね。カレーもやはり、辛いものが苦手な子どもに合わせる。そこで、『子どもたちが喜んでたくさん食べてくれるから、ウチはバーモントカレー』ということになるのだと思います。ですから、基本的な味は変えていません。ただ、定期的にお客様に合わせて微調整はしていますから、当初の商品と比べて、時代に合った変化はしています」(清水さん)

時代は変わり、ニーズも変化でも、人気はいつも甘口

時代の変化とともに、カレールウも味を変えた。
1960年代になると、一般家庭でも西洋料理や中華料理が作られるようになり、外食をする人も増えた。そんななか「レストランで食べるような本格的なカレーを家でもつくりたい」というニーズが高まった。それを受けてハウス食品が開発したのが、スパイシーで深みのある「ジャワカレー」だ。1983年には、さらに上質なおいしさを求めるニーズに応えて「ザ・カリー」を発売。「ジャワカレー」と「ザ・カリー」の辛口は、いずれもハウス食品のカレーのなかでは辛みが強い。

加えて、1980年代中頃に起こった第1次激辛ブーム。現在は第4次激辛ブーム真っ只中だ。この30年で4回もあった激辛ブームを受けて、日本人の「辛さ」を求める傾向は強くなっているように見える。

 ところが、ハウス食品の調査によれば、バーモントカレーのなかで売上の比率が伸びているのは甘口なのである。その証拠に、2012年度の甘口、中辛、辛口の販売比率は約40対44対16。これに対して2018年度は43対44対13だ。
「家庭で食べるカレーには、それほど辛さを求めていないということなのでしょうね。カレーとして満足できる味がいい。バーモントカレーがいまだに弊社のカレーのベストセラーだというのも、カレーとしての満足感があるからだと思っています」と清水さんは言う。

味覚の設計図
清水さんが、目指す味の出方を「見える化」するために2006年に考案した。縦軸に甘味や酸味などの風味の強さを、横軸に時間を置いている。これによって目標が明確になる。カレーの設計図のイメージ。

辛みは味をリセットする役目食べ飽きさせない隠れワザ

それでは、ハウス食品は「辛み」をどのようにとらえているのだろうか。
「私たちは、『辛み』は味をリセットするものだと考えています」と清水さん。

カレーやシチューなどは、「ひと口食べたらまたひと口」といった具合に、飽きずに食べ続けてもらう必要がある料理だ。そこでポイントとなる要素のひとつが「辛み」だという。「私たちはまず、作りたい製品の味覚イメージを考えます。例えば、食べ始めは甘味が強く出て、中盤はこうなって、後半はこうなるといったように、目指す味の出方を考えていく。そのときに、組み立てたさまざまな味覚をいったん切るために、辛みを利用します」と清水さんは説明する。

 それまでの味わいを一度リセットしてくれるから、またひと口食べたくなる。つまり私たちは、〝辛みの術中〞にまんまとはまって、食べ続けるというわけだ。清水さんによると、食べ手には感じないほどのわずかな辛さでも、リセット効果はあるという。それこそが、辛みの知られざる役割のひとつらしい。
「辛み」は味覚ではなく、痛覚や温覚で捉えられる。だからこそ、果たせる役割がある。カレーが老若男女を問わず、いつの時代でも愛され続ける裏には、辛みを利用したこんな隠れワザがあったのだ。

 たかが辛み。されど辛み。「辛み」は、なかなか奥が深い。

ハウス食品株式会社 開発研究所 開発二部 次長 清水愼太郎さん
入社以来24年間、カレーやシチューなどのルウ製品の開発に携わっている。

山内章子=取材、文


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