2022年6月初旬に開催された、イタリアのアブルッツォワイン協会が主催する、現地のワイナリーを巡るプレスツアーを振り返る短期連載。第2回目は、伝統を受け継ぎながらも、テクノロジーやサイエンスを駆使して、環境にも人にも優しいサステナブルワインを造る3社を紹介します。
ワイン大国イタリアの中でも、屈指のワイン生産地と知られるアブルッツォ州。近年の造り手たちは個性豊かなワインを次々と生み出し、かつての「アブルッツォワイン=量産型」というイメージから脱却しつつあることは、前回の記事でも書きました。この変化の理由のひとつは、造り手の世代交代が進み、柔軟な考えのもと、ワイン造りに新しい風を吹き込んでいるから。
今回の旅の中で出合った3社「ヤッシ・エ・マルケザーニ」「マッラミエロ」「テヌータ・セコロ・ノーノ」は、伝統を受け継ぎながら、テクノロジーやサイエンスの力も借りて、自然にも人にも優しいワイン造りを行っています。
アブルッツォ州キエーティ県にある「ヤッシ・エ・マルケザーニ」。ここはオーナーのニコラ・ヤッシ氏、妻のフェデリコ氏が運営する家族経営のワイナリーです。二コラ夫妻の実家はかつて、どちらもワイナリーを経営しており、二人の結婚をきっかけに統合。現在の「ヤッシ・エ・マルケザーニ」の「ヤッシ」は夫の父方、「マルケザーニ」は妻の父方の名前から由来しています。
ヤッシ氏の祖父は1960年にワイナリーを創業。1978年からヤッシ氏の父が2代目オーナーとなり、有機栽培のブドウでワイン造りを始めました。
「他人に迷惑をかけるような生き方をするな。これが父からの教えです。生き方だけでなく、ワイン造りにも通ずると思っています」とヤッシ氏。
今でも父の教えを忘れず、自然や人に優しいワインを造ろうと、所有する約40haのブドウ畑はすべて有機栽培。除草剤も不使用。そして自社栽培のブドウを100%使用してワインを醸しています。
かつては誰もが農薬を使わずに作物を育てた時代があった――。「有機栽培は流行りやマーケティングのための言葉ではなく、父からの教え。そして人生そのもの」だと話すヤッシ氏。その心がけは、ブドウ栽培や醸造だけに留まりません。
ワイナリーで使用する電力は、自社での太陽光発電や風力発電でまかなっています。ワインのガラス瓶、コルク、ラベル、輸送用ダンボールに至るまで、全てリサイクル素材を使用。さらにガラス瓶は、一般的には1本(750ml容量)で600gのところ、30%以上軽くして400gと、使用量を大幅に削減しているそうです。
さらに、ブドウ畑にGPSつきの気象小屋を設置したり、長年の研究によりブドウの質を高めるために木1本になるブドウの房を少なく抑えたりすることは、収穫を担当する作業者の負荷軽減にも繋がっているでしょう。
「今日は快晴で気持ちが良いから!」と、ニコラ夫妻はブドウ畑が見渡せるワイナリーのガーデンで試飲会を開いてくれました。
そこで参加者の皆さんから驚きの声があがったのが「Classica Cerasuolo」(クラシック・チェラスオーロ、2018年)。海風を受けて育った影響か、心地良い塩味が感じられ、その味わいはまるで「スイカに塩」とったイメージでした。
口に含むと笑みがこぼれる、そんなワインの数々は、テロワールはもちろん、ニコラ夫婦の人柄をも表しているように感じられました。
Jasci & Marchesani
Via Colli Albani, 3/c – 66054 Vasto (Ch)
TEL +39 0873.364315
https://www.jasciemarchesani.it/
続いてアブルッツォ州ペスカーラ県にワイナリーを持つ「カンティーナ・マッラミエロ」。約100haの広大な畑を持ち、年間約40万本のワインを生産する、今回取材した中では一番規模が大きなワイナリーです。
マッラミエロ家はもともとブドウ栽培農家で、1960年代から本格的なワイン生産を始めました。メイン商品のモンテプルチアーノ・ダブルッツォ、トレッビアーノ・ダブルッツォといったアブルッツォではお馴染みのワインから、インターナショナルワインコンクールでNo.1を獲ったシャルドネ100%、専門誌で高い評価を得ている瓶内二次発酵のスプマンテなど、豊富なラインナップと安定した品質で知られる実力派です。そのワイン造りの極意を、オーナーのエンリコ・マッラミエロ氏に聞きました。
「まず、畑に化学肥料は使いません。『Agricoltura completa』(完全農法)でブドウを育てています」とエンリコ氏。完全農法を実施するには、細やかな畑の状態のチェックが必要ですが、広大な畑において全てを人間が行うのは負担が大きい…。そこで、オペレーティングルームで温度や湿度を管理したり、ドローンを飛ばして畑の状態を視覚的にも確認したり、人が行うと過重労働になってしまいがちな作業に、テクノロジーの力を活用しています。
ブドウの収穫後には、最新の選果システムを採用。集めたブドウの中から、潰れたり未熟だったりするものはセンサーが作動して、水のジェットで弾くシステムになっています。
また発酵・熟成の際には、特殊なステンレスタンクを使用。このタンクが画期的で、果汁が発酵する際の炭酸ガスを循環させることで、上部に浮いてきた果房を壊すことができます(かつては棒を使って人力で果房を崩した時代もありました)。自然発生の炭酸ガスを活用するため電力は不用。生産コストを削減でき、作業者の負担も軽減できます。
そして「畑にとって一番のエレメントは水」と言い切るエンリコ氏。その命の水は、ワイナリーの排水を浄水し、再利用しているそうです。
テクノロジーの恩恵を大いに受ける一方で、「伝統から学ぶことも大切。イノベーティブである前に、人として何をすべきなのか、考えなければならない」とエンリコ氏。テクノロジーの活用の目的は、伝統的な完全農法を実現させるため、自然環境に配慮するため、人の働く環境を整えるため。その大前提にあることを忘れないでいたい、とエンリコ氏は語ります。
こちらでも様々なワインを試飲しましたが、参加者たちがひと際目を輝かせたのは、「Marramiero Brut Spumante」(マッラミエーロ・ブリュット・スプマンテ)。シャルドネ65%、ピノネロ25%のスプマンテで、瓶内二次醗酵後、36ヶ月間の熟成を経ています。ツアーに参加していた東京・西麻布のワインバー「Vinoda」のオーナーソムリエ小田誠さんは、自身のお店で取扱ったことがあり、「果実味が豊かで美味しいですよね。シャンパーニュが好きな方にも受け入れられるスプマンテだと思います」とのこと。ぜひ一度味わってみていただきたい1本です。
MARRAMIERO
Contrada Sant’Andrea, 1, 65020 Rosciano PE
TEL +390858505766
https://marramiero.wine/en/
ペスカーラ県の山間部にワイナリーを持つ「テヌータ・セコロ・ノーノ」。このワイナリの成り立ちはとてもユニーク。この地で9世紀から存在し、絶滅に瀕していたブドウの木を再興させるために、25年前、ワイナリーが誕生したというのです。
創業者は先代のオーナー。ワイナリーに一番近い街で生まれ育ち、もともとは機械業を営んでいました。定年を迎えて、元々のワイナリーは息子にゆずり、小さいころからの夢だったワイン造りを始めたそうです。そこで一番やりたかったのが、地元に伝わる古代ブドウの再興。
ワイナリーから2㎞の場所にある「サン・クレメンテ・ア・アカサウリア修道院」では、9世紀からローマ帝王に捧げるためのワインを造っていました。そのワインのブドウが「モスカテッロ」。13世紀以上に渡って、地元で愛されたブドウですが、近年は絶滅の危機に瀕していたそうです。
地元で愛されてきたこのブドウを再興させようと、先代のオーナーが立ち上げたのがこのワイナリー。「モスカテッロの苗木を見つけてきて、地元にあるキエーティ大学の協力を得ながら、クローンを生み出すことに成功しました」と、セールスディレクターのステファノ・ズケーナ氏は話します。
2018年、ワイナリーを現オーナーが買い取ることになりますが、モスカテッロは大切に受け継がれ、現在もモンテプルチアーノやトレッビアーノ、ペコリーノなど土着品種と共に育てられています。
モスカテッロからは華やかな辛口白ワインと、上品な甘さのデザートワインが作られ、特にデザートワインが作られるのは出来が良い年のみ。ブドウの峰を選び、収穫もつぶすのも手作業、と強いこだわりが伺えますね。
「2021年、イタリアソムリエ財団(FIS)が主催するオスカー・デル・ヴィノの甘口ワイン部門で、2015年のモスカテッロが最優秀賞を受けたときは本当に嬉しかった。街で授賞式を開き、涙を浮かべてくださる市民の方もいらっしゃいました」とステファノ氏は振り返ります。
クローン技術で再興したブドウを、手作業でひとつひとつ収穫して潰す……。日本でこのワインに出合ったときには、完成するまでの物語を思いながら、大切に味わおうと思います。
Tenuta Secolo IX
Quarantasei SRL Cantina Contrada Vicenna、5 / A・65020 Castiglione A Casauria(PE)
TEL +39 085 799 8193
http://www.tenutasecoloix.it/
ビオワインの先駆者であり今も地道な研究を続ける「ヤッシ・エ・マルケザーニ」、テックを活用して豊富なラインナップの高品質ワインを生み出す「マッラミエロ」、クローン技術で再興させたブドウを看板に掲げる「テヌータ・セコロ・ノーノ」。これらの造り手たちは、先代の想いを受け継ぎ、時代に合わせた新しい技術をとり入れながら、より高いクオリティのワインを造ろうと努力しています。その中で、自家発電や排水の再利用、畑の管理や選果のシステム化など、自然環境への配慮や、従業員の負担を減らして働きやすい職場環境を作る、といったサステナブルな取り組みにも注力していました。こういった取り組みは、アブルッツォの新世代ワイナリーではスタンダードになりつつあるようです。
次回、第3回目のテーマは、ダイバーシティに富むワイナリー。食の現場はどうしても力仕事が多く、男性社会の印象が強いですが、アブルッツォのワイナリーでは女性がオーナーを務めていたり、管理職の比率において女性が男性を上回ったり、女性たちが生き生きとワイン造りに取り組んでいます。またワイン造りの現場で働くスタッフの国籍も多様化しているようです。次回もどうぞお楽しみに!