去る2022年6月初旬、イタリアのアブルッツォワイン協会が、現地のワイナリーを巡るプレスツアーを主催し、私も参加してきました。この短期連載では、その内容を振り返り、アブルッツォワインの最前線をお伝えします。
今回は第3回目、テーマは「ダイバーシティ」に富むワイナリー。
ワイン造りの現場は男性社会で閉鎖的、それは過去の話です。今回巡ったアブルッツォのワイナリー6社のうち、1社は管理職の男女比率において女性が上回っており、多様な国籍のスタッフが働いています。また女性がオーナーを務めるワイナリーは2社ありました。今回は上記の3社、「タラモンティ」「チャボリック」「カンティーネ・ムッチ」に焦点を当てます。
2001年、アブルッツォ州のロレート・アプルティーノ村に誕生した気鋭のワイナリー「タラモンティ」。60haに及ぶ畑を所有し、モンテプルチアーノ、ペコリーノ、トレッビアーノ、メルローといった土着品種を中心に生産しています。
ツアーはまず、創業者でオーナーのロドリゴ・レドモンド氏、醸造家のパウロ・ベナッシ氏といっしょに畑の見学からスタート。二人は30年来の知り合いで、パウロ氏は2019年からタラモンティに加わったそうです。パウロ氏は醸造家であり農学博士でもあって、ブドウの基本的な性質、風土や気候がブドウやワインに及ぼす影響などを熟知しており、タラモンティのワイン造りの中心人物。ロドリゴ氏から絶大な信頼を得ています。
タラモンティでは、自然の生態系に配慮しながら、科学的理論に基づいた畑の管理を行っています。「例えば畑の土の中にセンサーを入れて、水遣りのタイミングをはかります。また害虫が卵を産みつけないように、女性ホルモンを畑にまいて雄を惑わせ、交配できないようにしたり、寄生虫の予防には雨の直前を予測して銅を噴霧したり・・・。雨の直前というのは、水で洗い流れるように、という狙いがあります」とパウロ氏。
そして、タラモンティでは多くの女性たちが働いています。オーナーのロドリゴ氏は「サステナブルへの投資」はとても重要で、そこには性差別をせずに女性が働きやすい環境を整えることも含まれると考えているのです。
「管理職の男女比率は、女性の方が上回っています。例えば瓶詰め作業の責任者は女性。土壌造りの技術者も女性。私は娘が2人いますので、女性の重要さは理解しているつもりです」とロドリゴ氏。またスタッフの国籍も、6~7カ国と多岐に渡ります。これはロドリゴ氏自身が、イタリア人とポルトガル人のハーフであることが大きく影響しているようです。その人が優秀であれば、性別も、国籍も、関係ないのですね。
畑や熟成庫を見学した後、ワイナリー近くにあるミシュランガイド1つ星掲載店「リストランテ・バンディエラ」の出張料理とともにワインを試飲しました。
そこで一番印象に残ったのは、ペコリーノ100%の白ワイン「Trabocchetto」(トラボケット、2021年)。酸が立ち、マンゴーやパパイヤなど南国のフルーツを思わせるアロマが感じられ、初夏にぴったりのさわやかな1本。「トラボケット」とは漁師小屋「トラボッコ」(写真右)から吊るす網のことを意味します。パッケージには、網にかかったタコが描かれていて、遊び心がありますね!合わせたのは、薄くスライスしたレアな状態のタコを使ったアペリティフでした。
もう1本、モンテプルチアーノ・ダブルッツォ「TRE SAGGI」(トレ サッジ、2018年)は、程良いタンニンと、黒コショウのようなスパイスの香り。全体的にバランス良い赤ワインでした。「トレ サッジ」は「3人の賢者」を意味します。これはワイナリーから4kmの場所にある教会のフレスコ画に描かれた、3人の総大司教から着想を得たネーミングだそうです。
タラモンティでは、ダイバーシティ豊かなスタッフたちが、ロジカルなブドウ栽培、ワイン醸造をしています。一方で、伝統文化や古典芸術からのインスピレーションも大切にしているのが印象的でした。
Talamonti
Contrada Palazzo, Loreto Aprutino, PE 65014,
TEL +39 085 828 9039
https://www.tenutatalamonti.it/ja/home-ja/
「チャボリック」はアブルッツォ州キエーティ県のアドリア海側、ミニアリコにある老舗ワイナリーです。チャボリック家は元々はブルガリアでテキスタイル商人をしていましたが、1500年代にイタリアへ移住。1853年からミニアリコでブドウ栽培を開始しました。そのとき開いたワイナリーは、現存するアブルッツォの中でも最古級とされています。
所有する畑は45ha。そこで栽培するブドウの半分は自社のワインになり、もう半分は他社へ販売しています。
そして現在、オーナーを務めるのは、先代の一人娘であるキアラ・チャボリック氏。
ワイナリーは家族経営で脈々と受け継がれていましたが、先代のオーナー、キアラ氏の父ジュゼッペ・チャボリック氏は、脳梗塞を患い急死してしまいました。先代が亡くなったとき、キアラ氏はまだ26歳。当時は、弁護士を志しており、ワイナリーを継ぐ気はなかったそうです。
「父が亡くなってから分かったのですが、ワイナリーの経営体制が複雑化していて、しかも畑に寄生虫が大量に発生している状況でした。自分が後を継げば、夢だった弁護士を諦めることになるし、畑を整備するために借金をする必要もあるし、本当に悩みました」とキアラ氏は当時を振り返ります。でも、第二次世界大戦後、父が必死でワイナリーを立て直したのも、1人娘であるキアラ氏はよく分かっていました。「今継がなければワイナリーは無くなってしまう。そこで私は覚悟を決めました。最初の目標は、しっかりとしたクオリティワインを造ること。まずはそこからのスタートでした」。
この地は山があるお陰で粘土質の土が水を吸収してブドウに複雑味をもたらす。また畑の形式を工夫すれば風の循環で寄生虫を防げる。そんな地の利を生かしたワイン造りを心がけ、小さな努力を積み重ねて、後を継いで7年後にやっと利益が出来るようになったといいます。
今年はチャボリックにとって嬉しい出来事がありました。天然酵母で醸す「FOSSO CANCELLI」(フォッソ・カンチェッリ)というラインの2019年トレッビアーノ・ダブルッツォが、経済誌「Forbes」イタリア版が発表するイタリアワインベスト50に選ばれたのです。
キアラ氏が招いてくれたガーデンディナーで、我々もフォーブスのベストワイン50に選ばれたトレッビアーノを頂くことができました。口に含むとまず酸を感じ、次にうま味が追いかけてきて、生姜やフェンネルのようなアロマが鼻を抜ける…。非常に個性的な白ワインに仕上がっていました。
さらに驚いたのは、上記のワインと同じライン「FOSSO CANCELLI」の2019年ペコリーノ。フレンチオーク樽で発酵後、スラヴォニアオークに移して熟成させるペコリーノは、まるでオレガノのようなアロマ。肉料理やトマト料理と相性ぴったりのワインです。
チャボリックのディナーで、小さくカットした羊肉を串に刺し、塩をあてて焼く「アロスティチーニ」という郷土料理に出合い、完全にノックアウト。この旅でアロスティチーニに出合う度、気が済むまで食べまくりました(これは記事最後のコラムで詳しく紹介します)。
Ciavolich
Contrada Salmacina, 11, 65014 Loreto Aprutino PE
TEL +39 085 828 9002
https://www.ciavolich.com/en/
最後に紹介する「カンティーネ・ムッチ」も、女性オーナーが率いる家族経営のワイナリーです。
アブルッツォ州キエーティ県の小さな村、トリーノ・ディ・サングロに位置するカンテーネ・ムッチ。創業者はルイジ・ムッチ氏。キエーティの農業学校を卒業後、1895年からワイン造りを始めました。
実際に会社が設立されたのは1982年。現在のオーナーは、5代目のアウレリア・ムッチ氏。醸造責任者は、アウレリア氏の兄、ヴァレンティーノ氏が務めています。
点在する畑は、合わせると20haほど。ブドウはモンテプルチアーノ、トレッビアーノ、ペコリーノ、ファランギーナといった土着品種から、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、サンジョヴェーゼも栽培しています。「ファランギーナ」は、古代ローマから存在するといわれるブドウ品種で、アブルッツォ州では、このワイナリーが初めてそれを醸造・瓶詰したそうです。
ワインの生産量は年間30万本。赤と白の比率は、赤が75%、白が25%です。土着品種100%のワインもあれば、数種類を混ぜて複雑味を持たせたワインや華やかなスプマンテも作っています。
熟成庫や全自動の便詰めマシンを見せて頂いた後、ブドウ畑を見渡せるテイスティングルームで、ランチを頂きながら試飲。この日はワイナリー近くにあるレストラン「Cantina Effendi」のマッテオシェフが、牛肉のタルタルやリコッタチーズのラヴィオリなど、アブルッツォの伝統料理を再構築したプリフィクスコースに、カンティーネ・ムッチのワインを合わせました。
特に印象に残っているのは、モンテプルチアーノ・ダブルッツォの「サントステファノ」(2020年)と低温調理した豚のアッローストの組み合わせ。ミディアムローストのアメリカンオークの新樽で8ケ月熟成させたこの赤ワインは、酸がおだやかで、ココアやコーヒーのようなアロマ。タイムを纏わせたジューシーな豚肉とは相性抜群でした。
そして「クバディ」は、モンテプルチャーノ、カベルネ・ソーヴィニヨン、サンジョヴェーゼ、メルローといった4種のブドウを使った赤ワインで、兄のヴァレンティーノ主導で作ったもの。ラベルに描かれたチェロの4弦は、4種のブドウを表しています。フレンチオークで18ケ月、瓶内で5ケ月熟成させたクバディは、タンニンが馴染み、ダークチョコレートを思わせるアロマがありました。
このワインの仕上がりから、カンティーネ・ムッチは、地道な研究を積み重ることを大切にできるワイナリーなのだと、実感することができました。
CantineMucci
Contrada Vallone di Nanni, 65, 66020 Torino di Sangro CH
TEL +39 0873 913366
https://cantinemucci.com/vini/
「カンティーネ・ムッチ」のスタッフの男女比率は半々。最初に登場した「タランティーノ」は管理職における男女比率は女性が上、2番目の「チャボリック」も女性がオーナーを務めています。アブルッツォのワイナリーでは女性活躍が目覚しいようですが、その理由を、フィレンツェ在住の食ジャーナリストであり、アブルッツォワインを長年取材し続ける池田匡克さんはこのように考察します。
「イタリアではワイン、料理界における女性の活躍がとても目立ちます。例えば、女性だけのワイン生産者協会があったり、ミシュラン3つ星女性シェフが2人いたり。イタリア社会は中小企業=家族企業が支えているとよく言われますが、その典型例がワイナリーです。
アブルッツォ以外にも女性オーナーのワイナリーは非常に多く、例えばトスカーナのBadia a Coltibuono(バディア ア コルティブオーノ)社のEmanuela Stucchi Prinetti(エマニュエラ・ストゥッキ・プリネッティ)女史はキャンティ・クラッシコ協会の会長まで務めました」。
このような事象も、アブルッツォワインの進化を支えている要因の1つです。
以上、3回に渡ってお送りしてきたアブルッツォワインプレスツアーのレポートもこれで最終回となります。お楽しみいただけたでしょうか。
今年の秋には日本で「ヨーロピアン・サステイナブル・ワインズ:モンテプルチャーノ・ダブルッツォ・バイ・ザ・グラス・キャンペーン2022」を開催予定。様々な飲食店でモンテプルチアーノ・ダブルッツォを飲めるチャンスです。
もし皆さんがアブルッツォワインを飲む機会があったならば、その背景にある作り手たちの物語を思い浮かべながら、その進化と深化を味わってみてください。