ペルーから発信。ヴィルヒリオ・マルティネス氏の新しいガストロノミー【前編】生態系と高度でペルーを表現する「セントラル」

「世界のベストレストラン50」で2位を獲得した、ペルーのリマにある「CENTRAL(セントラル)」を率いるヴィルヒリオ・マルティネス氏が7月、東京に姉妹店「MAZ(マス)」をオープン。来日した氏に行ったインタビューを3回に分けてお届けする。 初回の今回のテーマは、氏の本拠地であるセントラルとそのコンセプトについて。

南米ペルーの首都リマにある「CENTRAL(セントラル)」は、今年「世界のベストレストラン50」で2位を獲得するなど、ガストロノミーのシーンで存在感を発揮している店だ。そんな同店を率いるヴィルヒリオ・マルティネス氏が7月、東京に姉妹店「MAZ(マス)」をオープン。来日したマルティネス氏に行ったインタビューを3回に分けてお届けする。初回の今回のテーマは、氏の本拠地であるセントラルとそのコンセプトについて。

ペルーの自然や歴史を追究する責任が、私にはある

国土の中に海岸砂漠地帯、標高6000mを超えるアンデスの山岳地帯、高温多湿なアマゾンのジャングル地帯を有するペルー。セントラルでは、その変化に富んだ自然と文化を料理で表現する。
シェフのマルティネス氏は、料理人としてのキャリアの初期から海外で経験を重ねてきたが、ある時から、外側から自国ペルーを意識するようになったという。そして「自分がすべきことはペルーに戻り、ペルー人として自らのルーツに迫ること」と気がついた。そんな思いで2009年にリマに開いたのがセントラルだ。
ペルーから発信、ヴィルヒリオ・マルティネス氏の新しいガストロノミー 【前編】生態系と高度でペルーを表現する「セントラル」

セントラルの方向性を決めるにあたっては、旅が大きなインスピレーションとなりました。その旅とは、ペルーの各地をめぐり、自然の中に入り込む旅です。

ペルーには地域ごとに特徴を持つ豊かな自然があり、環境に応じて無数の生態系が形成されています。セントラルでは、そうした、それぞれの生態系の中で採れる素材を使いながら、一皿ずつの料理を作っています。ペルーの多種多様な風景や、生物の多様性を料理で表現しているのです。

「生態系」と「高度」という視点

セントラルでは12〜14品で構成されるコースを提供する。そして料理一品ごとで一つの生態系と高度を表現する。つまりゲストは料理を通して、ペルーの12〜14の地域を旅することになる。
photo:Shifumi Eto
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たとえば、高地に位置する、とある湖とその近辺を表現するとしたら、そこの生態系を形成する数々の素材——サボテンの根、山羊、ミルク、藻類、周辺のさまざまな植物を集めます。そして自分たちがその湖で見た風景、心にきざまれた記憶を生かしながら料理を作り上げていきます。

また、料理で表現している生態系が、それぞれ海抜何mの位置にあるかという視点も欠かしません。海抜4000mの湖とその近辺の生態系をもとに考えた料理なら、それは海抜4000mの表現なのです。メニュー名にも、海抜を示す数字を添えます。

photo:Shifumi Eto
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この「高度」という視点は、先住民族の人たちと話す中でひらめきました。彼らは、平面の広がりではなく高さで土地を捉えているのです。

私は、山岳地帯の高地で農業を営む先住民族の人たちと暮らしをともにしたことがあります。その時、高さが作り出す土の変化、植物の変化、作物の変化、風景の変化を感じ取り、人々の生活が高度とともに変わってくることを実感しました。ペルーの人たちは、昔からこのようにして土地を理解してきたのです。

ならば私も、高度で料理を考えることが自然の成り行きなのでは? と思うように。実際にそうしてみると、ペルーの自然、人々、生態系と自分自身の間に、非常に強いつながりを感じられるようになりました。

photo:Shifumi Eto
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現代ガストロノミーは、ハイエンドの食事を楽しむ以上の存在

ペルー国内のさまざまなエリアに足を運び、植物や生態系に関する知識を深め、先住民族の人たちとも交流するマルティネス氏。そんな氏は、ガストロノミーの意義をより広い視点で捉えている。

セントラルはガストロノミーのレストランです。そして今や、ガストロノミーはただハイエンドの食事を楽しむだけのものではありません。もちろん人々に喜びを感じていただくのは前提ですが、それ以上の責任を伴うようになっているのです。

photo:Shifumi Eto
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その責任とは、私の場合は、ペルーの自然や文化、伝統を理解し、広く伝えることだと考えています。ペルーの自然と文化は、世界に発信する価値があるものです。また私は、自分のルーツであるペルーの自然と文化を引き継ぎ、よりよいものにして次世代に渡したいと思っています。そのためにガストロノミーを活用しているのです。

たとえば、私は旅を通して貴重な植物や、先住民族の人たちの伝統を知ることができました。それを自分の料理の表現にただ取り入れるのではなく、取り入れることで世に発信し、それがペルーの自然や文化の保護や発展につながり、ペルーの伝統的なコミュニティに活力を与える結果も生む。そこまでをめざしています。

ガストロノミーには、さまざまなジャンルの文化を取り込む力があります。発信力もあります。こうした力を生かし、より豊かな未来をもたらす責任が、今を生きるシェフにはある。セントラルはその実践の場なのです。

次回は、セントラルでの活動を支える研究機関「マテル・イニシアティバ」と、アンデス山脈の高地に構えたレストラン「ミル」について伝える。

Virgilio Martinez ヴィルヒリオ・マルティネス
ペルー・リマ出身。カナダと英国の料理学校で学び、米国、欧州で経験を重ねる。スペインでシェフとして活躍後、ペルーに帰国。2009年、リマに「CENTRAL(セントラル)」をオープンする。その後2018年アンデス山中に「MIL(ミル)」、2022年7月東京に「MAZ(マス)」をオープン。また、2013年には研究機関「MATER INICIATIVA(マテル・イニシアティバ)」を設立している。

セントラル https://centralrestaurante.com.pe
ミル https://milcentro.pe
マス https://maztokyo.jp
マテル・イニシアティバ https://materiniciativa.com

interview, text:柴田泉 coproduced:江藤詩文

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